三者三様の不幸
初投稿です。よろしくどうぞ。
どうやら、夢を見ているらしい。
気づくと俺は、見覚えのない家の中にいた。
やけに古めかしい作りで、古ぼけた大きな木の机と暖炉が印象的だった。
旅行に行くならこういうところに行ってみたいな、などと思っていると、背後から急に声をかけられた。
「ねえ」
可愛らしい声に思わず振り返ると、その声に相応しい容姿の女の子が立っていた。
「こんにちは」
黒い衣装に身を包んだその少女は、屈託ない笑みを俺に向けてくれた。
「あ、ど、どうもこんにちは」
返事をしつつ、その女の子の姿をマジマジと見つめる。
記憶の中にあるどの顔とも一致しない。
密かな願望が夢に現れたのだとしたら、俺はこういった女の子が趣味だったのだろうか。
十秒ほど悩み、そうなのかもしれないと結論付けて、俺は軽く三回うなづいた。
「あなたに頼みたいことがあるのだけど、良いかしら?」
美少女にこう頼まれて、即座に拒否できる男は数少ないことだろう。
「もちろん、何でも言ってくれ。出来うる限りは協力するよ。」
「ほんとに?ありがとう、あなた良い人ね!」
「はは、それほどでもないさ。」
どうせ夢だ。格好つけたところで誰に迷惑がかかるでもない。
夢の中とはいえ、女の子に喜ばれるのは悪い気分じゃない。
女の子は目を輝かせながら、そのお願い事を口にした。
「じゃあ、私のものになってくれる?」
「喜んで」
女の子のまた可愛らしいお願いに、俺は殆ど即答と言って良い速さで答える。
女の子が笑う。
しかし、それは先ほどの笑いとはまた種類が違うものだった。
可愛らしい、無邪気なものではなく、ズル賢い悪戯っ子が浮かべるような…
それを認識した瞬間、俺の意識は強い光に包まれた。
◇ ◇ ◇
まだ惰眠を欲しているらしい頭を右手で軽く叩く。脳内では先ほどの麗しき夢が繰り返し再生されていた。
あそこからが良いところだというのに、気の利かない夢め。
自分でも若干理不尽と思わないでもない怒りを抱きながら、まぶたを開く。
そこには、夢で見た光景と全く同じものが広がっていた。
やけに古めかしい作り、古ぼけた机、暖炉…
「どうやら、召喚には成功したみたいね」
背後からの声に思わず振り返ると、そこには夢で見た美少女が、夢で見た姿のまま立っていた。
「…なんだこれ。一体、何がどうなって…」
「あら?覚えていないの?私のものになってくれるって約束したのに」
確かに約束はした。
しかし、それはあくまで夢の中の話であったはずだ。
何で夢の中の話をこの女の子は知っているんだ?
「私、アリシアって言うの。今日からあなたのご主人様。よろしくね」
「出来ればよろしくしたくないなぁ」
俺は頭を抱えながらポツリと呟く。
そんな俺の様子を意にも介さず、アリシアと名乗った女の子は上がるテンションを抑えきれないといった様子だ。
「さあ!ちゃんと召喚できたわよ。クルスさん、どうどう?」
「慌てなさるな、召喚獣は逃げりゃあせんよ」
その声を聞き、初めて俺はその男がいることに気づいた。
何かの獣の皮を使っているらしい茶色い服に身を包んだ長身痩躯の男だ。歳は40くらいか?妙に疲れた顔をしている。
「ふうむ。良い体つきをしとるな。肉の強度はかなりのものだ。ウォルグとでも、素手で戦えそうだ。これだけで、60万ティルほどの値がつくだろう。」
「ふふん、私の観察眼も中々のものでしょう?200万ティナの巻物を使っているんだもの、そりゃあ本気になるってものよ」
…どのように解釈しても、心楽しくなりそうもない会話だ。アリシアは、悪戯っ子のような笑みを浮かべて俺を見る。いや、正確には俺の身体をだろうか。
身長192cm体重105kg。
今やその伝統の古さの他に誇るものの無くなりかけた実家の道場で鍛え上げた身体は、どうやら異世界に召喚される切っ掛けになってしまったようである。幸運と言うべきか、不運というべきか。
「それでクルスさん、合計のお値段はいくらくらいかしら?」
「そうさなぁ...」
ごくり。
俺は思わず生唾を飲み込む。
なんだかんだで、俺に付けられる値段だ。
ふざけるなと思いつつ、どうしても気になってしまう。
「ごくり…」
そんな俺の100倍も真剣な表情でアリシアは男の言葉を待っている。この表情は知っている。競馬場でよく見かける表情だ。
クルスは、その表情を気にした様子もなく、さらりと言葉を続ける。
「60万ティナだな」
「…」
「…」
言葉もない、とはこういうことを言うのだろう。
たちまちアリシアは先ほどの表情と同じくらい見たことのある表情…
大穴を外し、大金をすった者と同じような表情になった。
「何で!?身体だけで60万ティナの価値があるって言ったじゃない!どうしてそれが60万ティナなの!?」
「そりゃ、身体以外が全くの無価値だからさ」
バッサリとそう切り捨てる。
「そ、そんな…そ…」
「アリシアよ、お前さんも魔法使いなんだから魔力探知くらいしてみろ。魔法学校で習ったろう?」
「…つ、使えないのよ。探知系の魔法は苦手で…」
クルスは軽くため息をつき、アリシアにとって残酷な真実を告げる。いや、俺にとってもかもしれない。
「じゃあ教えてやる。そいつのMPは全くの0だ。長いことこの仕事をしてるが初めてのことだよ。そいつは一切、魔法に関する才能がないんだ」
…三種類のため息が、その部屋で同時に起こった。