九百九十六 志七郎、戦場の習いを思い降伏勧告する事
「て、手前ぇ等! 卑怯だぞ! あんな酷い罠に騎兵の待ち伏せなんざぁ、何処の戦場でもヤる奴ぁ居無ぇぞ!」
そんな事を叫びながら鈍色に光る大剣振り回す、板金鎧を纏ったサモンズ。
技と言う程の技は無く、只々力任せにブン回して居るだけの大味な攻撃では有るが、腕力と体力が並の人間よりも優れているらしく『いかれた狂犬』の名に恥じない激しい取り回しは、間合いで劣る俺達では一寸相手にするのが難しい程である。
刀に十分な氣を込めれば受け止める事は出来るだろうが、如何せん未だ子供の範疇を出ない俺や武光の身体では目方が足りず、先ず間違い無く勢いを殺す事が出来ずに弾かれるのが関の山だ。
ソレに加えて肉厚で重量の有る大剣と言う武器と、細身で扱い方を間違えると割と簡単に折れたり曲がったしてしまう火元刀の性質を考えると、打ち合う事自体が悪手といえる。
前世の世界の日本刀と比べ火元刀は鬼や妖怪等の魔物の素材を刃金に混ぜ込む事で、様々な超常を宿す事が出来るし頑丈さでも比べ物に成らない程に上と言えるが、魔物素材を使って居るのは外つ国の武器とて同じなのだ。
故に個々の武器が持つ性質自体は向こうの世界と相対的には変わらないと言う事に成る訳である。
「倍以上の人数で夜襲を仕掛けて来る様な輩が卑怯などと抜かすとは……片腹痛いわ! そもそも戦場では卑怯も卑劣も戦の作法、『恋と戦争は手段を選ばない』とは西方大陸の格言であろう!」
蕾の騎乗突撃で倒れ伏した者達に止めを刺す様な真似はせず、真正面から首領であるサモンズへと向かって行った武光が、大剣を紙一重で躱しながら反論の言葉を口にする。
アレだけ踏み込んでいって尚も反撃の糸口を掴めないと言うのだから、サモンズは只人とは言え二つ名を持つだけの実力は有るようだ。
そして俺の方は何時でも武光の援護に入れる間合いを維持しつつ、蕾の突撃で吹き飛ばされる事の無かったもう二人の男を相手に刀と銃を使って牽制して居た。
恐らくは此の二人がサモンズの他に居ると言う二つ名持ちなのだと思う、なんせ他の奴等が視界の大外から突っ込んで来た蕾に全く対応出来ていない中で、此奴等だけは咄嗟に身を躱す事が出来て居たのだから。
連中もサモンズに対して加勢したいのだろう動きを見せているが、上手く四煌戌の巨体を間に割り込ませ、拳銃と刀を使って相手の動きを制限する事を優先に仕掛けて居るのだ。
俺がそんな選択をして居るのは一対一を維持すれば武光は絶対に負けないと信じていると言う他に、少しでも時間を稼げばお忠か蕾が支援攻撃を加えて、勝ちを確定させるだろうと言う判断をしての事で有る。
個人的な感想を言うので有れば、連中を皆殺しにして一件落着……と言うのは避けたい。
『人の命は地球よりも重い』と言う向こうの世界の価値観は、此方の世界では通用しない事は間違い無いのだが、だからと言って敵対したなら即皆殺しと言うのは蛮族と呼ばれても仕方の無い所業だろう。
いやまぁ既に最初に突っ込んで来た斥候と思わしき黒豹の獣人族の首を刎ねて置いて、何を虫の良い事を……と自分でも思わなくも無いが、出来る事ならば死人は最小限にした上で捕らえた連中はワイズマンシティの司法に丸投げしたい。
民間の牧場に対する夜襲……強盗未遂が此処だとどれ位の罪に成るかは解らないが、被害者側に死人が出ていなければ全員問答無用で死刑と言う事は無いとは思う。
コレが俺達が居らず対応に失敗して死人多数に軍馬と言う値千金の財産を丸っと持って行かれたと成ると、火元国ならば櫓櫂の及ぶ限り追いかけ草の根を分けても探し出し、現場で切り捨てならば運の良い方で、捕らえられたなら市中引き回しの上で死罪と成る筈だ。
ちなみに火元国で『死罪』は六種類有る死刑一種で、単純に斬首で殺すだけの『下手』より一段重く、斬首の後遺体を試し斬りに使用した上で埋葬も弔いも許さないと言う物である。
死罪よりも重い死刑はどれも埋葬や弔いが禁じられるのだが、死後の世界が実在する事を知った上で、神々が実在する此の世界では向こうの世界でソレを知った時よりもずっと重い刑罰の様に思えて仕舞う。
なお俺は今回の案件を無事に制圧すれば『強盗未遂』と判断するが、此方の世界の基準で言うならば『行動に移した時点で既遂』で有り『自衛の為の戦闘で殺したとしても殺人罪には問わない』とするのが一般的らしい。
「大人しく降参して治療すれば未だ助かる奴も多いんじゃぁ無いか? 何なら俺の持つ霊薬を融通してやっても良い。お前等二人じゃぁ俺には勝てない、頭領が参戦してギリって所か? んでも彼方も勝ち目が無い事は解るだろ?」
俺が勝負を付けに行かず牽制に終始して居るのは勝てないからではない、一人を倒している間にもう一人が頭領に助太刀する事で武光を危険に晒さない為だ。
ちらりと横目で別の戦いの方を伺えば、流石にそろそろ息が切れて来たのかサモンズの動きは鈍り始めており、対して武光の奴は極めて冷静に大剣の嵐を躱し、息の乱れも身体の振れも全く無いと言って良い状態である。
戦いの置いて被害を受ける以外で、一番疲れが出るのは無駄な攻撃を繰り返す事で有り、特に空振りを繰り返すのは繰り出した動きを止めたり戻したりを完全に自分でやらなければ成らない為に持久力をガリガリ削って行く行為なのだ。
大人と子供で体力の差は当然有るだろうが、此処でも俺達が氣を纏えると言う事実が効いて来る。
氣功使いの纏う氣はその者が持つ能力を何倍にも高める効果が有る訳で、ソレが作用するのは単純な身体能力だけでは無く器用さだとか物覚えの良さだとか、『センス』としか言い様の無い物すら強化する事が出来る万能の異能だ。
当然、体力や持久力を強化する事だって出来るし、回復力を高めれば消費する以上に回復する事だって可能なのである。
故に時間が経てば経つ程に有利に成るのは俺達なのだ。
武光とサモンズの戦いに割って入るだろうと思っていたお忠と蕾は、騎乗突撃で倒れ伏した者達の中で比較的軽症だった者達が立ち上がり、再び参戦する事が無い様に何処からか縄を持ってきて拘束して回っている様である。
「五月蝿え! こうして突っ込んだ以上は殺らずに引く訳にゃぁ行くめぇよ! 戦場で死したるは戦士の常! くたばった所で戦死者の宮殿に行くだけだ! だがとっ捕まって首を括られたなら行き先は地獄じゃねぇか!」
推定二つ名持ちの一人、黒い胸当てと面甲の無い角付兜を被った隻眼の人間が俺の言葉を否定する様に吠える。
……どうやら奴の信仰する戦神は、戦場で死んだ者はどんな悪党でも自分の配下の兵士として使う、とでも教えている様で捕まる位ならば此の場で死んだ方がマシと考えているらしい。
「馬鹿野郎! 死んで花実が咲くものか! 俺は下るぞ! 他の連中だって未だ生き残れるなら挽回の余地は有る! 此のワイズマンシティじゃぁ死刑になんざぁ余っ程じゃなけりゃ成ら無ぇって頭が言ってたじゃねぇか!」
けれども相方の銀色に輝く鎖帷子で顔以外の上半身を覆った山人と思しき小柄で太めの方は、俺の降伏勧告に応じる事に前向きな様で死ぬ積りで居る相棒に対して逆に否定の言葉を投げかける。
そりゃ同じ傭兵団で仕事をして居たとしても、生まれ育ちが完全に同じでも無けりゃ、信仰する神や教義だって違うやなー。
「時間はソッチの味方じゃぁ無いぞ? それにウチのお嬢さん方は惚れた男に敵対する奴に優しくする程甘い連中じゃぁ無い。見ろよあのエグい縛り方、一寸でも変な真似すりゃ首が絞まる様にしてあるぜ?」
お忠の持つ忍術技能の中には捕縄術と呼ばれる縄抜けされない様に捕らえた者を縛る技術も含まれているらしく、亀甲縛りの様な凝った縛り方では無いが手足を縛った縄を首にも掛ける事で無駄に抵抗すれば首が絞まる様に縛っている。
「何方にせよ、頭が戦ってんのに手下が勝手に降伏する事なんざぁ出来やしねぇ! 勝つにせよ負けるにせよ全てを決めるのは頭だ。くたばった奴は運が無かっただけだ! 犬に乗った坊主、悪いが向こうの決着が付くまでは俺達に付き合って貰うぜ!」
……あのサモンズと言う男、思った以上に配下に慕われているらしい。
徹底抗戦を訴える男がそう言うと、降伏したがっていた男も、改めて得物である両刃の斧を構え直したのだった。




