九百九十五 志七郎、会敵し痛打入れる事
「怯むな! 進め! 進め! 卑怯な罠でくたばった奴等の分まできっちりと御礼をしてやらにゃぁ彼奴等は只の犬死にに成っちまう! 仕掛けた以上は頂く物を頂いて帰らなけりゃ俺達だって御飯食い上げだぞ!」
全身を板金の鎧に包んだ男が大剣を振り翳して仲間達を鼓舞する声を上げる。
その見た目から昼間見た男と同一人物だろう其奴以外は、良くて鎖帷子ソレすら身に纏って居ない者は脂で煮堅めた革鎧で身体を鎧って居る。
得物は千差万別で長剣を持つ者も居れば、船の上でも無いのに舶刀を握る者も居たり、徒歩にも拘わらず取り回しが難しそうな長い槍斧を振り回しながら丘を駆け下りてくる者も居た。
建物の二階から散発的に放たれる小銃に依る銃撃で、多少人数が減るかとも思ったのだが、どうやら奴等の防具も単純な鉄や鋼と言う訳では無く、魔物素材が練り込まれている様で、至近距離なら兎も角距離が有れば弾いて仕舞うらしい。
とは言え流石に頭部への射撃が決まると、その衝撃は無視出来る物では無い様で、何人かは下り坂で転倒し転がり落ちる羽目には成って居るが……ソレで命を落とす程では無い様だ。
前世の世界で鎧と言う防具が廃れたのは、銃と言う武器に対しては身に纏える程度の厚さの金属では効果が薄く、重さで動きが緩慢に成る事が不利に働くからだ、と歴史の授業中に先生がそんな話をしてくれた覚えが有る。
対して此方の世界で銃器が『女子供の武器』と蔑まれてさえ居るのは、超常の存在である魔物の素材を用いた防具に対しては、銃器が決定的な武器には成り得ないからだ。
なんせ元に成る魔物の時点で銃弾無効とか、下手すりゃ反射なんてとんでも無い能力を持つモノが居たりする上に、そうした魔物から獲った素材を使った防具はその手の特性を引き継ぐ事が割と有る。
と言うか、上手く素材の特性を引き出す事こそが職人の腕の見せ所だったりする訳だ。
実際、今突っ込んできている連中も銃弾を恐れて腰が引けている様な様子は一切無く、恐らくは戦場でも銃弾の雨霰の中を駆け回って手柄を立てて来た連中だと言う事なのだろう。
……女子供の武器の筈の銃器が戦場で使われると言うのは矛盾してないか? とも思われるだろうが、戦場で動員される兵士の大半は強い魔物を自身で倒したり、高い銭を払って素材を買う事も出来ない一般の農民が徴兵されただけの雑兵だ。
そんな連中でも銃を持たせれば其れ也の戦力に成り得るのだから、手練の傭兵や騎士なんかには効果が無いとしても、軍として銃を運用する利益は相応には有るのである。
火元国でも千田院藩が誇る『千両備え』は武芸が盛んでは無い彼の土地で、鬼や妖怪の害を少しでも減らす為に大量の銃器で一山幾らの屁垂れ侍を武装させ『銭で殴る』戦術を構築して居たりする訳だ。
そしてそんな銃弾の雨霰の中に切り込んで行く事が出来る者だけが、武人として手柄を上げる事が出来ると言うのがこの世界の戦いなのだろう。
「子供を二人ばかり並べて俺達の相手が出来るとでも思ってんのか? その上大の大人はコソコソ隠れて銃を撃つだけたぁ……此処の男共は腰抜けしか居ねぇのかよ!」
と、そんな事を考えて居る内に敵の先頭が下り坂から平地へと差し掛かり、目に見えた目標に成り得る俺達へと真っ直ぐ突っ込んで来る。
先陣を切ったのは黒い光沢の有る革鎧に身を包んだ黒猫か黒豹と思しき面構えの獣人族だ。
手にした得物は『くの字』に曲がった鉈程度の長さの刃物と、左腕に持った小さな丸盾である。
盾で頭を庇いながら身を低くして駆け寄って来る其奴は、此の牧場の牧童達を煽る様な言葉を吐きながら、誰よりも疾く駆け抜けてその手にした刃物で俺達の首を取る算段だったのだろう。
しかしそうは問屋が卸さない……俺達が得物を抜くまでも無く、奴の真後ろから飛んできた手裏剣が後頭部を強襲したのである。
兜を被って居るのに盾で態々頭を守って突っ込んで来たのは、頭を撃たれた際の衝撃に備えてと言うのも有るだろうが、そもそも兜が銃弾に耐えられる程強固な物では無かったと言う可能性もあるのだろう。
事実として身を隠したままで俺達よりも先に押し寄せる敵の中へと忍び込んだお忠が放った手裏剣は、兜に弾かれる事も無く見事にその頭を貫いて居たのだ。
とは言えその一撃で即死したと言う訳では無い様で、前のめりに倒れ込みながらも黒豹の獣人は前転の要領で立ち上がろうとする。
「遅い」
だがソレは明確な隙だった、俺は小さく一言呟きつつ四煌戌の腹に踵を入れると、騎乗居合の一太刀でその首を薙ぐ。
その間に武光は豹人の横を抜けて纏まった数の敵が居る場所へと躍り込む。
銃弾を完全に防ぐ事が出来ない程度の革鎧では氣を十分に乗せたその一撃を防ぐ事は叶わず一撃で命脈を絶つ……そして四煌戌達は一瞬遅れて吹き出す鮮血を浴びぬ様に俺が指示を出さずとも即座に前へと加速する。
「な!? ロデム!? 畜生! 殺せ! あの子供を殺せ! 此処に居る奴は女だろうが子供だろうが家畜以外は皆殺しにしろ!」
直接仲間を討たれて、更に激昂する連中を目の前に、俺は冷静さを失う事無く、只々命を奪う事に対する虚しさだけを感じて居た。
「兄者! 此奴等、弱いぞ? コレが外つ国の傭兵と言う物なのか?」
俺が一人片付けている間に三人程纏めて叩き斬った武光がそう言うのも無理は無い、氣を纏う事が出来るのが当然の火元国の武士とは違い、彼等は戦場での戦いを生業とはして居る物の所詮は只人なのだ。
無論、中には義二郎兄上に仕える事を選んだ元冒険者の虎男の様に、只人の身で有りながら圧倒的な技量で武士と同等以上に戦える者も居るが、ソレは飽く迄も『例外枠』である。
対して連中の大半は二つ名を頂く事すら出来ぬ雑兵でしか無いのだから、比べるのは可哀想であろう。
「バビル!? ロプロス!? ポセイドン!? 糞なんであんな子供が……真逆草人の冒険者でも雇ったってのか!?」
本の一瞬で先陣を駆けて居た仲間四人が討ち取られた事で、少しだけ連中の足が鈍る。
けれどもソレは恐れからではなく、単純な暴力で押し潰せると言う侮りが消え、組織的に戦うと言う方向へ戦術を変化させたが故らしい。
てんでバラバラだった奴等は大将であるサモンズを中心に陣形を組むと、盾を持った者を前に出し飛んでくる銃弾を丁寧に叩き落とし、ゆっくりと此方へと歩を進める様に成ったのだ。
……残念ながらソレは俺達の想定通りの対応だ。
一塊に成った奴等に対して蹄の音も高らかに横から突っ込んでくる一騎の騎馬、風の行軍の魔法を用いる事で、只でさえ普通の馬よりも疾い耀一角獣が、その名の通りの光の速さとまでは言わないが可也の速さで突っ込んでくる。
百貫を軽く超える馬体がそんな速度で突進してくれば、引っ掛けられただけでも重症は確定、まともにぶつかりでもしたら余程良い鎧を着ていない限りは即死は免れないだろう。
その上で鞍上の蕾は愛馬に余計な負担が掛からない様に、手にした青龍戟をブン回して敵を引っ掛け弾き飛ばしている。
馬の速さでドン、蕾の腕力でドドン、青龍戟の重さとソレを作るのに使われた魔物の素材が持つ効果が合わされば、生半可な防具等用を為さずに一巻の終わり……御陀仏だ。
正直な話、お忠や蕾の様な年端も行かぬ少女に人殺しをさせる事に葛藤が無い訳では無い、けれども彼女達自身が自分達が『戦士』であると自認して居る以上は、ソレを咎める方が余程本人達の矜持を傷付ける事だと思う。
武光の様に男児だから人を殺しても良いのかと言えばソレも違う訳で……結局の所、世界が違うと諦めるしか無い話だ。
「良し、良い感じに陣形が崩れた! 一気に畳み掛けるぞ!」
蕾の突撃で纏まりかけていた連中が再び浮足立つのを見て、俺は武光にそう声を掛け一気に勝負を決める為に四煌戌を駆けさせるのだった。




