九百九十四 志七郎、爆音に目を覚まし夜襲に対応する事
夜襲に備えて俺は鎧を纏ったまま来客用の納屋で四煌戌の腹を枕に仮眠を取って居た。
連中が真正面から攻めて来たので有れば此処が最前線に成るし、四煌戌が気づいて起こしてくれる筈なので、切った張った担当の俺は此処に居るべきだと判断した訳だ。
そして柵を壊すなり乗り越えるなりして稜線超えで攻めて来たならば、武光が仕掛けた罠を一切鳴らさずに入り込むと言うのも、凄腕の斥候でも混ざって居なければ難しい。
鳴子を結んだ縄は何処か一箇所でも引っ掛かれば当然音が鳴るし、その存在に気が付いて切ったとしてもその際には落下する時に音が出る。
武光の奴は大量に有った縄でぐるりと牧場の周りを囲った上で、母屋にも縄を引っ張って来たので、鳴らさずに稜線を超えるには完全に跨ぐか潜るしか方法は無いらしい。
忍術が本業では無い武光が仕掛けたと言うだけならば、完全に信じて安心するのは一寸不安が有るが、戻って来たお忠がきっちり確認した上で『これ以上無い防衛線です』と断言したのだから大丈夫だろう。
唯一そうした罠が無いのが此の真正面の入り口なので、俺が四煌戌と一緒に警戒に当っているのである。
ちなみ熟睡はして居ないが四煌戌は四属性全ての精霊を宿している所為も有ってか、どんな気温でも丁度良い暖かさに成る為、眠らない様にするのは割とキツい。
四煌戌の腹は夏涼しく冬暖かい最高の寝具なんだ……。
ワイズマンシティは同じ海沿いの街だと言うのに、江戸と比べて大分暑い上に乾燥した気候だったりする。
なので今の四煌戌の腹は感覚的には冷感枕に顔を埋めて居る感じなのだ。
いかんいかん、このままじゃぁ眠ってしまう、ぐぅ……と、一瞬気が遠く成りかけた瞬間。
牧場の奥側の方から、軽い地響きと共に明らかに火薬が破裂したであろう轟音が聞こえて来た。
一寸……いや、大分派手な音がしたんだが、コレマジでヤバい奴じゃないか?
いや、向こうの世界の地雷の実物は見た事は無いが、音を聞いただけだと子供の頃に友人の家で見た特撮ヒーロー物の映像に使われていた様な爆発と、同等かそれ以上の規模に思える。
少なくとも踏んだ本人は良くて片脚欠損、悪くすれば即死だろう。
向こうの世界で使われる対人地雷は敵兵を殺すのが目的では無く、負傷させる事で後送や治療等に手を使わせ、少しでも多くの戦力を削る為に使われると聞いた覚えが有る。
戦場では即死したり明らかな致命傷を負った者は捨て置かれるが、治療すれば助かるだろう者を見捨てるのは下策中の下策だ。
それは玉砕前提の万歳突撃が罷り通った旧日本軍でも無ければ、士気を維持するのも困難に成るからである。
対して武光が仕掛けた埋火は、殺意マシマシの高火力設定だったらしい。
いやコレは多分鳴子を何らかの方法で鳴らさずに乗り越えられた時に、爆発音で確実に此方が警戒態勢に入れる様にする為の警報機にする為、態と火薬を多く使ったと言う可能性もあるか?
少なくとも俺は今の爆音で完全に眠気は飛んでおり、立ち上がった四煌戌の背に飛び乗って直ぐに厩舎を飛び出す事が出来ていた訳だしな。
「兄者! どうやら連中そこそこ良い腕の斥候が居るらしい、鳴子は見事に無効化された様だ。だがソレを越えて安心したんだろうな、足下への警戒が御留守に成って見事にドカンだ!」
と、四煌戌の足ならば然程の時間も待たずに牧場の中心部へと入る事が出来たが、其処に居たのは悪辣な罠を仕掛けた武光だけだった。
呵々と嬉しそうに笑う奴の言に拠ると、罠と言うのは単体で仕掛ける物では無く敢えて解り易く解除し易い罠を仕掛け、ソレを突破して安心した所に本命の罠をぶつけるのが基本なのだと言う。
今回の場合は後方からの奇襲が最も確率が高いと踏んで、入り口と丁度反対側の稜線に三重の厚みを持たせた鳴子縄を仕掛け、其処を突破した所に複数の埋火を仕掛けて置いたのだそうだ。
「しかし埋火の間隔はもう少し広く取っても良かったな。あの轟音から察するに仕掛けた分が全部誘爆したのだろうな」
……敢えて火薬の量を増量したとかそう言う事では無く、此の馬鹿がやらかしたポカが地響きまで伴った爆音の原因だったらしい。
「お忠と蕾はどうしたんだ? 此処の連中は多分建物の二階窓から射撃する前提でそれぞれの持ち場に付いているんだろうが……」
冒険者組合の職業別けで、何でも出来るが器用貧乏な遊び人がとされた武光よりも、近接戦闘能力が低いだろう牧童達が建物に篭って銃を主体に援護射撃をするのは理に叶っている作戦と言えるだろう。
「お忠は身を隠して敵陣の偵察に行っている。アレは忍術の隠形に加えて精霊魔法の姿隠しを併用する事で、上忍並の潜伏力を得て居るらしいからな。お蕾の方は連中が姿を表したら騎馬突撃を仕掛けれる様に位置を調整して居る筈だ」
『姿隠し』は消属性の魔法の一つで、その名の通り術者の姿を人の目では捉える事の出来ない状態にする効果が有る魔法だ。
ただし完全に無色透明に成ると言う訳では無く、其処に居ると思って見れば何と無く空間が歪んで居る輪郭を捉える程度の違和感は有るが、ソレは陽の光の下でよくよく目を凝らして見れば気が付ける程度の物でしか無い。
その見た目はSFやサイバーパンクなんかを扱うアニメや映画なんかで使われる『光学迷彩』の表現と言えば解り易いだろうか?
それに加えて足音や匂いを限りなく抑える事が出来る忍術の隠形を組み合わせれば、まともな明りの無い夜ならば余程の手練で無い限りは、彼女が直ぐ隣に居たとしても気付くのは困難なのは間違いない。
蕾の方も騎乗射撃と言う仁一郎兄上ですら自分よりも上と言わしめる彼女の特技だけに注目が行きがちだが、『武勇に優れし猪山の』と謳われる我が家に来て近接武器の扱いを習わない訳も無く、兄上の十八番である騎乗突撃模倣位は出来る様に成っている。
なお彼女が使うのは槍では無く槍の横に三日月型の月牙と呼ばれる刃を追加した様な『青龍戟』と言う武器を悟能屋のお抱え職人に作らせていた。
火元国では余り使う者の居ない武器では有るが、東方大陸では割と良く使われている武器だと言う話だった。
ちなみに反対側にも月牙を追加すると、三国志最強の武人として有名な呂布が使ったとされている方天戟に成る。
種族的な物なのか蕾は単純な腕力だけなら俺や武光よりも大分強いんだよなぁ……まぁ完全な人間である筈のお連程じぁ無い辺り、種族差と言うよりは個人差の範疇なのかもしれないが。
なおお花さんや御祖父様の見立てではお連の腕力は、人間と言う種族の最大値に限りなく近い辺りに有るそうで、成人した暁には氣を用いない純粋な腕力比べならば義二郎兄上をも上回る逸材らしいので、比べる相手が悪いと言う事なのかも知れない。
兎角、助走するには十分な距離を走ってから繰り出される騎乗突撃に依る一撃は、突きでも薙ぎ払いでも生半可な鎧ならば、諸共に葬るだけの威力を秘めて居るのは間違いないだろう。
「武光様、志七郎様、確認して参りました。敵数三十二名、内五名が埋火の爆発に巻き込まれ瀕死の重症、恐らくアレは志七郎様の持つ最高の霊薬を投与せねば助からぬ傷、故に連中はソレを捨て置いて進軍して来る物と思われます」
音も無く唐突に聞こえて来たお忠の声、氣を目に回して無理矢理見ようとして、やっと其処に誰か居るかも知れないと思える程の隠形は忍術と精霊魔法の合せ技故である。
「あの爆発で五人死んでも諦めずに突っ込んで来ると? 随分と肝の座った連中だな」
普通に考えれば罠一発で六分の一近い被害が出れば、ソレ以上進むのに躊躇する物だと思うのだが、見栄や面子とか『仲間の仇』とか考えると、死地と分かって居ても進まざるを得ないのだろう。
「人を斬るのは余り好きでは無いが、己の欲の為に他者を害する事を是とする様な輩が相手ならば同情の余地は無い。兄者、余が先陣を切る故に背中は任せるぞ?」
個人的には弟分を前に出して自分が後ろに控えると言うのは好みでは無いのだが、何か不測の事態が有った場合に、上手く手助け出来るのはその陣形だろう。
そう判断した俺は、坂を駆け下りてくる野盗に堕ちた傭兵達に視線を向けたまま、
「応」
と、短く答えたのだった。




