九百九十二 志七郎、罠を知り調査不足を後悔する事
「取り敢えず余が仕掛けて来たのは、柵を飛び越えた辺りの脛丈に縄を張り巡らせソレに木っ端を細工して作った即席の鳴子を付けたのと、爆薬が其れ也の量有ったからソレを使って簡単な埋火の類を仕掛けて置いた。コレで入り口以外の何処から来ても直ぐ解る」
国土の狭い火元国でも牧場とも為れば其れ相応の広さが有り、其処をぐるっと囲う程の縄なんて持ち歩くのは不可能な筈だ……そう思ったのだが、武光の言に拠るとジェームズ氏が『必要な物は何でも使って良い』と言った為に牧場に有った物を使ったらしい。
当然縄も一本のとんでもなく長い物が有る訳では無く、一巻き百米の物が山ほど納屋に有ったので、ソレを上手く使って隙間を殆ど作る事無く鳴子縄を仕掛けたと言う事の様だ。
そして爆薬の方も此の牧場に大量に備蓄されていた物だそうだが、戦争をする訳でも鉱山の採掘をする訳でも無いのに何故そんな物が有るのだろう?
「火薬は軍馬の調教には必須なんだよ。鞍の上で銃を使った位で暴れる様な馬は当然軍馬として不適格だし、戦場では大砲だって使われるし、下手すれば大規模な魔法が飛んでくる事だってある。そんな時に馬がパニックに成るようじゃ騎士は死ぬしか無いからね」
言われて見れば道理と言えば道理なのか?
向こうの世界の日本でも織田対武田の合戦で織田方の使った鉄砲で、武田方の馬が驚き足が止まった所を釣瓶撃ちにして快勝した……なんて話も有った気がする、いや単純に鉄砲の面制圧力で勝ったんだったか?
兎にも角にも馬と言うのは元来臆病な動物で、専用の調教を受けていなければ爆音一つで大混乱を起こして、乗り手を振り落とす様な事は普通に有るらしい。
けれども西部劇なんかで馬に乗った鉄砲撃ちが、馬を走らせながら銃を撃つなんて姿が描かれていたり、西洋史の中には馬に乗り銃で武装した者達を竜騎兵と呼んだり……と銃と馬は絶対に相容れない物と言う訳では無い。
ソレを可能にするのがズバリ『調教』である、字面だけ見ると何やら艶話めいた印象が有る言葉だが、元来は馬や犬等の動物に対して目的に有った成長を促す訓練を指す言葉で艶話の方は其処から転じた物だ。
実際前世の日本で『調教師』と言うのは競馬馬にソレを施す立派な職業で、艶本なんかに出てくる『性奴隷に様々な躾を施す者』と言うのは空想上の産物でしか無い……筈である。
俺が向こうで良く読んで居たネット小説なんかでは、奴隷と言えば其の用途は先ず『性奴隷』と言う程にソッチ方向の人物ばかりが登場するが、歴史上奴隷は成人男性>成人女性>男児>女児と労働力として優秀な順で値付けされて来た筈だ。
実際、火元国で借金の形として売られた者が売買される人市でも、女児は余程見目が良いとか武家や公家等の良家出身とかの付加価値が無い限りは、可也の安値で買い叩かれるのが普通なんだとか。
と、話が逸れた本題は馬の調教に爆薬をどう使うのかと言う話だ。
ソレは馬が混乱して暴れても振り落とされる事の無い程に馬術に長けた者が乗った状態で、鉄砲を撃ったり火薬を使った小さな爆発から徐々に大きな爆発を聞かせたりと、段階を踏んで慣らして行くと言う方法らしい。
そんな調教が行われるならば、火薬が倉庫に山ほど有っても不思議は無い。
「埋火って確か火を付けてから暫くしたら地面の下から爆発するって奴だろ? 何時来るかも解らないんじゃぁ意味ないんじゃないか?」
向こうの友人の家に有った忍者に関する蘊蓄を面白可笑しく描いた可也巻数の有った漫画で読んだ記憶では、確か埋火と言うのは壺に火薬を詰めて其の蓋に火縄を付けた物を地面に埋めると言う原始的な地雷とでも言うべき物だった筈だ。
その知識に間違いが無いならば、蓋の部分に細工がしてあって踏んでも爆発するが、火縄が付きた時点でも爆発すると言う『地雷』と『時限爆弾』両方の性質を併せ持った物じゃぁ無かったか?
「其処は火縄を使わず点火の術具を組み合わせる事で、踏んだ時にしか爆発しない様に工夫をしてある。コレは火元国に居る間に余とお忠に桂太郎が合作した、云わば錬玉術と忍術の間の子とでも言うべき新技術だ!」
点火の術具は『火属性の素材』と燃料となる『鬼の角』を組み合わせる事で作る事が出来る術具版の『点火器』の様な物で、錬玉術を多少齧った事が有る程度の人間でも火力と燃料消費の効率さえ気にしないので有れば割と簡単に作る事が出来る物だ。
ただコレ効率や火力に凝ると際限無く凝る事が出来る術具でも有り、俺程度の腕前だと百円点火器程度の火を十秒灯すだけで小鬼の角一個を消費仕切る程度の品しか作れないが、智香子姉上が作った物だと同じ角で同じ火力なら丸一日灯す事が出来る程である。
つまりそれだけ錬玉術師としての腕前が試される術具と言う事も出来る物だが、今回の場合は埋火が踏まれた瞬間に発火する事さえ出来れば問題無いので、武光が即席で作る事が出来る程度の精度の物でも十分以上の効果を見込めると言う訳だ。
「うん、確かにソレは効果が有るだろうが……ソレを埋めた場所はきっちり把握してるんだろうな? もしも襲撃が無かった時や襲撃が有っても踏まれなかった物が残ると撤去しなけりゃ割と危険だと思うんだが?」
戦場跡が地雷原になり其処を開発する為の障害に成ったり、生活圏に残っていた地雷を子供が踏んでしまった……なんて話は向こうの世界で散々聞いた覚えが有る。
「勿論、その辺の抜かりは無い。埋火の火薬には余の相棒である黒江の鱗粉を混ぜたからな。燃え尽きて居なければ黒江が感知する事が出来るから、後から掘り返すのは簡単だ」
それは武光が契約して居る霊獣の闇翅妖精固有の能力と言う訳では無く、翅妖精全般が持つ能力だそうで、己が気に入った者に鱗粉を振りかける事でどんなに離れていてもその者を追いかける事が出来るのだと言う。
なおそんな便利な能力も多くの場合『悪戯した時の反応が面白い者』に対して使われるらしく、翅妖精に気に入られた者は何としてでもその個体を討伐するか上手く交渉するかしなければ、延々と悪戯され続ける事に成るらしい。
しかも厄介な事に翅妖精の悪戯は、徐々に過激化して行くのが普通らしく、何時までも放って置くと悪戯の結果命を落とす事にも成り兼ねないと言うのだから洒落に成らん。
それでいて翅妖精達に悪意は全く無く、単純に反応が面白いから悪戯を続け、面白さに慣れて仕舞うから更に過激な方へと走る……と言う感じらしい。
うん、無邪気だからこそ危険な者は火元国の妖怪にも其れ也に居るから、俺も翅妖精に好かれる様な事が無い様に注意しなければな。
取り敢えず地雷汚染の心配が無いなら良しと思って良いのかな?
「錬玉術って……ウチはそんな高価な物を買い取る事が出来る程資金に余裕は無いぞ? いや最悪親父に集ればなんとか成るが、出来ればソレは避けたい」
あー、うん、そーいやワイズマンシティでの錬玉術師の価値に付いて調べて無かったな。
「なに、余が手遊び程度に作れる物しか使って無いし、材料は其方の所に有った物を使っているのだから、実際に事が起きた場合には常識の範囲で防衛に冒険者を雇ったのと変わらぬ程度の謝礼が出れば良い、な? 兄者」
呵々と快活に笑いながらそう言う武光だったが、錬玉術の本場は北方大陸で有り、精霊魔法の総本山とも言える此のワイズマンシティでは、錬玉術師の技術は恐らくは希少な物なのだろう。
火元国でも錬玉術を用いて作った術具は、点火の術具の様な極めて簡単な物ですら、売ると成ると相応の値段が付く程度には『希少価値』と言う物が有る。
今後、術者育成の令に依って北方大陸に留学した者達が火元国へと帰り、様々な術具が供給される様に成れば値段が下がる事も有るだろうが、今現在霊薬を作れる薬師では無く術具を作れる錬玉術師は智香子姉上と望奴の二人だけなのだから高いのは仕方が無い。
此の街に既存の錬玉術師がもし居たならば、俺達が廉価商売をした事でその者の縄張りを荒らしたと難癖を付けられる可能性は零では無いのだ。
「……錬玉術に絡む道具を使ったと言うのは此処だけの話にしてください、仕掛けたのは飽く迄も忍術に依る罠、そうで有れば武光の言う通り冒険者に護衛を一晩依頼する相場程度の謝礼が出れば十分です」
軽く溜息を吐いてから、俺は肩を竦めつつジェームズ氏に口止めを依頼するのだった。




