九百八十八 志七郎、新たな想いを見つけ危機を感知する事
「だからあんな破落戸に馬をくれてやるに私は反対したんだよ! 恩を恩とも思わない様な輩が世の中には多いんだからね!」
俺達が客として遇される理由を聞いたマギーさんは、顔を真っ赤にしてジェームズ氏を叱り付ける様な口ぶりで怒声を上げた。
「彼奴も行きがかり上、罪を侵さざるを得なかっただけの者で、犯罪組織共の被害者だと思っていたし、軍で一緒に戦ってた時には一寸短気な所は有るにせよ、割と気の良い奴だったんだよ。傭兵家業で変わっちまったんだ、きっと」
それに対して溜息混じりにそう言う彼の言に拠れば、サモンズと呼ばれていた彼奴は破落戸や与太者と呼ばれても仕方の無い様な男では有るが、自分よりも弱い者を積極的に虐めたりする様な下衆の類では無かったと言う。
実際、奴が懲役刑を受ける事に成った傷害致死も、犯罪組織の側から彼の舎弟とでも言うべき者が絡まれて居るのを助けに入り結果として殺めてしまったもので、彼自身から犯罪組織を相手にどうこうする意志は全く無かったらしい。
ソレに加えて軍での懲役時代も、実力の無い上役には割と反抗的な態度で強く当る一方、ジェームズ氏の様に何らかの形で実力を認めた者や目下の者に対しては真摯に振る舞い、戦いの場では誰よりも前に出て危険な壁役を引き受ける様な男だったと言う。
そうしたジェームズ氏の言から察するに、サモンズと言う男は自分に自信が有りソレに見合う実力を持ち同時に他者の能力にも敬意を払う事は出来るが、肩書だけの人間は軽く扱う『実力主義者』とでも言うべき性質の男らしい。
事件にさえ巻き込まれなければサモンズも学会へ入学し精霊魔法を身に着け、持ち前の高い身体能力と合わせて『魔法騎士』の称号を得て、何処かの国に士官していた未来も有った筈だとジェームズ氏は言う。
「私が街で聞いた話じゃぁ今の彼奴は『いかれた狂犬』なんて二つ名で呼ばれる様な、悪名高い残虐な傭兵らしいじゃ無いのさ。まぁ噂で流れてくる奴が乗ってた『漆黒の巨馬』ってのは、貴方があげたあの馬の事なんだろうけどね」
傭兵の世界でも冒険者同様に二つ名が付けられるのは相応の活躍をした者だけで、例えソレが奴が言われている『いかれた狂犬』なんて蔑称の様な物だとしても、有象無象に付けられる事は無いらしい。
ソレが言われる様に成ったのは此処から大分東に離れた国での戦争で、奴が自分の率いる傭兵団の先頭で敵陣へと突撃し、馬上で狂った様に大剣を振り回し無数の敵を叩き切った、その姿から名付けられた物だと言う。
狂った様な剣筋から『いかれた』と付けられるのは理解出来るが、犬と言うのは何処から来た物かと思えば、彼の率いる傭兵団が『葉巻を咥えた犬』を紋章として用い、団の名前もそのまま『シガー・ドッグス』として居るかららしい。
ちなみにその犬の犬種は一応は『パグ』と言う物だと言う話である。
「にしても今回の一件を逆恨みして傭兵団を連れて仕返ししに来る……なんて事があったら家だけで無く街にも迷惑が掛かるし、義父さんの選挙にも影響が出るかも知れないからね。悪いけれどもコレ片付けたら私がひとっ走り街まで知らせに行くよ」
自分の分の兎肉に刃物を入れながらそう言うマギーさん。
選挙と言う言葉が出た事で、なんと無く察して居た事が確信に変わった。
此処マクフライ牧場は市長選挙に立候補して居ると言う、先日会ったドナルド・マクフライ市議の経営する場所だ。
恐らくはジェームズ氏は彼の息子なのだろう。
ただマギーさんが『義父さん』と口にした瞬間、ジェームズ氏が苦い顔をした所を見ると、親子間に何か問題が有るのかも知れない。
「……まぁ確かに市街地に迷惑を掛ける訳には行かないし、親父や議会……後は市長にも話を通して置いた方が良いだろうな、マギー面倒を掛けて悪いけれども頼むよ」
先程よりも深い溜息を吐き、それから軽く頭を振って嫌な気分を追い出そうとして居るかの様な仕草の後、乱暴に兎肉に肉叉を突き立て持ち上げると、切り分けることもせずに丸齧りした。
「あー、パパ行儀悪―い! 駄目なんだよ、ちゃんとお肉は切って食べないと!」
父親のそんな姿を見て可愛らしい非難の声を上げたのは、俺達より少し下位の金色に輝く髪を二つに分けて結った少女だった。
「御免、御免、そうだよね。パパが悪かったよ、許しておくれサリー」
サリー・マクフライちゃんはジェームズ氏とマギーさんの長女で、この牧場に居る従業員の子供達も含めた、年少組の纏め役とでも言うべき立場に居る子らしい。
……ジェームズ氏は嫁だけで無く、娘さんにも尻に敷かれて居るのか。
「でもパパが無事で良かったよ。それにパパが人殺しもしなくて済んでそっちも良かったよね。偶然通り掛かってくれて有難うね」
続けてそう言いながら、俺達の方に微笑みを……いや、俺の隣に座って居る武光に向かって微笑みを向けて居る。
ああ、うん、成る程な、コレは間違い無くあのサモンズは手下を率いて戻って来るな。
……禿河の血筋は放って置くと不幸に成る女性を引き付ける不思議な魅力が有るのだと、御祖父様から耳にタコが出来る程に言い聞かされている。
其の血を色濃く受け継ぐ者である武光に対してサリーちゃんが惹かれて居る様な素振りを見せて居ると言う事は、放って置けば彼女が不幸に成ると言う事だろう。
成る程な……こうした騒動の種を数えるのも馬鹿らしく成る程に予見し、ソレをきっちり全て綺麗に片付けたからこそ、御祖父様は上様から盲目的とも言える信頼を得て居る訳だ。
さて……そうと解ったので有れば、俺達はどう動くべきだろうか?
彼奴は直ぐに手勢を連れて戻って来るのか?
一人で此の街に戻ってきているので有れば、自分の馬が居ない以上は配下と合流するまでに多少は時間も有るんだろうが、もしも此方に皆で来ているので有れば、時間の猶予は然程無いと言えるだろう。
「お忠、悪いんだがお前もマギーさんと一緒に街に戻って彼奴と其の仲間の情報を集めて貰えるか? 彼奴が一人で戻ってきてるなら兎も角、仲間を連れて来ているなら街の方に噂の一つも有るだろうしな」
俺達の中で情報収集なんかを最も得意として居る彼女に俺はそうお願いする。
「はむ? はむはむ……ごっくん! 御意に御座る」
丁度、兎肉を頬張って居たお忠は俺の言葉に慌てて肉を咀嚼し嚥下してから返事を返してくれた。
「兄者……何か起こるとそう判断したと言う事か?」
俺からお忠に情報収集を依頼した事など今まで一度も無いと言うのに、此処に来て急にソレをしたが故に武光は疑問と確信の混ざった風にそう問いかけて来る。
「念の為だ、何も無ければ良し、何か有ったとしても一度顔見知りに成った者の不幸を後から知ってただ後悔するよりは、自分に出来る事を全部やって置いた方がまだ後悔は小さくて済む」
正直な所、禿河の血が持つと言う不幸になる少女感知能力とでも言うべき物が、本当に有るとは今一つ信じる事は出来て居ないのだが、氣や魔法なんて言う超常の能力が日常に存在するこの世界では有っても不思議は無い。
ただ……それ以上に御祖父様が経験した上様と女性に係わるアレコレの数々を聞いていれば、話半分だったとしても其の頻度と的中率の高さは割と信用に値する数値に成るのではなかろうか?
……なお前世の俺基準で見ればサリーちゃんは極々普通の白人幼女と言うだけで、特別可愛いとかそう言う印象は抱かないが、向こうの友人の一人が喜びそうな見た目をして居るなぁとは思う。
まぁ彼奴は現実世界の幼女には興味無いと断言して居たから、実際にそう言う事をする事は無い筈だが先入観と言うのは怖い物である。
「んだらオラはお忠を連れて一旦街に戻った方がええって事だな? お忠が一人で走るよか輝騎に乗ってった方が早う着くだらな」
俺達の会話を聞いて蕾がそう言ってくれる、比較的受け身で指示を待つ性質の有るお忠に対して、彼女は割と積極的に自分から動いてくれる方の子だ。
「ああ、そうだ。お忠が情報を集めている間に蕾はお花さんに此処で有った事を話して置いてくれ。彼女が出張る程の大事に成るとは流石に思わないが、ソレでも万が一の時の事を考えたら話を通して置くに越した事は無いからな」
それでも彼女がまだまだ経験の浅い幼子である事は間違いないので、俺はそう指示を出したのだった。




