九百八十六 志七郎、逆転現象を見て傭兵を知る事
「「其処までだ!」」
俺と武光が声を揃えてそう叫びながら牧場の入り口近くに有る厩舎へと踏み込むと、其処には西部劇に出てきそうなカウボーイかガンマンかと言った感じの髭面の男が、如何にも重そうな板金鎧に身を包んだ男に拳銃を突き付けている姿が有った。
鎧の男は背中に背負った大剣を鞘から抜く事も出来て居らず、兜越しとは言え頭に拳銃を向けられた状態で、両手を顔の横へと上げている。
此処へと踏み込む事を決めた言い争う声から察するに、馬を奪おうとして居たのは冒険者か軍人辺りの『戦いを生業にする者』だった筈だ。
対して襲われそうに成っていたのは、此の牧場の主あるいは従業員と言った所だったと推測される。
しかし目の前に有るのは恐らくは冒険者と思しき鎧の男と、ソレに対して引き金を少し引くだけで命を奪える体勢に入っている牧場で働いているであろう男と言う光景だった。
「……運が良かったなサモンズ。俺は無関係の子供が見ている前で、汚い赤茄子を潰す様な下衆い真似は好みじゃぁ無い。さっさとその金入れを仕舞って此処から立ち去るんだ。そして二度とその鉄板頭を見せるんじゃぁ無い」
火元国では銃は其の性能で固定された威力した持たず、大物と呼べる様な鬼や妖怪には碌に被害を与える事の出来ない女子供の武器とされていた。
実際、俺の持っている小さい方の拳銃は、牽制や魔法の照準の為にしか使っておらず、被害を与えると成ると、氣を込めた刀とは比較するのも馬鹿らしい程に弱々しい物でしか無い。
更に言うならば氣を纏うのが当たり前である武士ならば、意識加速が使えれば銃弾を得物で叩き落としたり躱したりする事は然程難しい事では無く、ソレが出来ずとも鎧兜に氣を込めればソレを撃ち抜く事は不可能と言える。
しかし相手が只人と成ると話は別だ。
家安公が江戸での銃器規制を敷いたのは、武士に……幕府に対して使われるのを恐れたからでは無く、町人階級の者達に対してのみ有効な暴力を安易に使えてしまうソレを政道に反すると考えたからだと志学館では教えられている。
それに鬼や妖怪が相手でも江戸州に出る程度の格のモノならば、急所を確実に射抜く腕前が有れば、銃器が有効な被害を与える事が出来る事はりーちの奴が証明して見せた。
今この眼の前に居る男は板金の兜を被っては居るが、眼の前に突き付けられている状態では、完全に貫通しなかったとしても其の衝撃だけで命を落とす可能性は十分に有るし、運良く助かったとしても脳震盪は免れ無いのでは無かろうか?
「……畜生! 覚えてやがれ、此処で俺を殺さなかった事を絶対後悔させてやるからな!」
サモンズと呼ばれた鎧の男は、ゆっくりと立ち上がると丸机に乗せられた金貨が詰まってると思しき袋を手に取り、俺達を一瞥してから厩舎の外へと後退る様に振り返る事無く後ろ歩きで出ていった。
恐らくは完全に銃から視線を切った所でズドンとやられるのを警戒しての対応なのだろう事を考えるに、あの男は其処其処出来る部類の戦士なのだと思える。
対して気になるのは、あの男を怒らせた上で剣を抜く間も与えずに銃を突き付けて居たジェームズと呼ばれていた彼の技量だ。
「いやぁ……丁度良い所に通り掛かってくれたね。君達のお陰で余計な掃除をしなくて済んだ。此処は来客用の厩だけれども、だからこそ常に綺麗にして置かなければ成らない場所だからね」
拳銃をくるくるっと回してから腰帯の銃鞘へと仕舞うその仕草は、完全に伊製西部劇のソレである。
「俺は此のマクフライ牧場の牧場長で、ジェームズ・B・マクフライだ。君達は……見た所極東から来た留学生って所かな? でも彼方には草人や山人は居ないと聞いた覚えが有る。もしかして見たままの歳なのかい!?」
俺達の身に着けた装備を見て、東方大陸よりも更に東側である火元国を含めた一帯を指す極東から来たと見抜いたジェームズ氏だったが、其処には見た目で年齢を判断する事が難しい種族が居ないと思い至った様で、語尾に驚きの様子が伺えた。
「ええ、俺達は見たままの子供ですよ。女の子も居るので石榴を潰した様なモノをブチ巻けないでくれたのは本当に有難う御座いました。まぁ俺達が来た事自体は余計なお世話の類だった様ですが……」
言外にサモンズの発した『ぶっ殺す』と言う言葉を聞きつけて『助けに来た』事を匂わせて見る。
「ああ、一応俺も軍役に四年就いて荒事には多少慣れているからね。拳銃の早抜き撃ちには少々自信が有ってね。彼奴が幾ら戦場慣れした傭兵とは言え、あの馬鹿でかい剣を抜く前に此方が先に抜けるさ」
髭に覆われた強面故に年齢の判断が一寸難しかったが、話して見るとどうやら思ったよりも若い感じに思える、恐らくは三十路を回っては居ないのでは無かろうか?
「彼奴は此の街出身の傭兵なんだ。彼奴が犯罪組織の連中と揉めて人を殺し懲役を受けた時に丁度俺も軍に居てね。其の縁で顔見知りに成って奴が御勤を終えた際に祝いの積りで一度馬を譲った事が有ったんだが……真逆その恩をこんな形で返すとはね」
軍では同期の間柄と言える二人だったが、ジェームズ氏が軍役に就いていたのは四年だったのに対して、サモンズの懲役はソレよりも多少長い六年だったと言う。
人一人殺して六年と言うのは少々短い気がするが、殺意が有って殺した『殺人』では無く、喧嘩なんかの結果で運悪く殺してしまった『傷害致死』では、量刑が違うのは前世の日本でも同様の法律が定められていたので理解は出来る。
まぁ魔物が跳梁跋扈する此の世界で、国内に大物と呼べる様な魔物が出たならば懲役兵は、最前線で戦う事を強いられる為に刑期を全う出来る割合は可也低いとも聞いたので、ある意味遠回しな死刑と変わらない様な気もするが実力が有れば生き残る者も出るのだろう。
事実としてサモンズだけでなく、ドン一家のテンの様に娑婆へと戻って来る者も居るのだから、生き残る目の無い死刑よりはマシなのだと思う。
「奴の言い分だと、此の大陸の東側に有るショナシュって国に雇われ手柄を揚げて、可也の報酬を手に入れたが、その際に馬を犠牲にせざるを得なく、変わりの馬を買う為に態々此の街まで帰って来たって話だったが、何処まで本当の事か知れた物じゃぁ無い」
懲役刑を受ける様な罪を犯した以上は、冒険者組合に登録して冒険者に成る事は出来ず、犯罪組織と揉めたからには地元で奴等の庇護下で仕事をする事も出来やしない。
と成ると出来るのは国や組織に雇われ戦争に駆り出されたりや魔物退治の捨て駒として使われる傭兵に成る位しか選択肢は無いと言う。
この世界で冒険者と傭兵の大きな違いは組合と言う後ろ盾が有るか無いかだけでしか無いのだが、基本的に前者は『護る為に戦う者』で後者は『金の為に命を奪う者』と言うのが世間一般の認識なのだそうだ。
「お花先生の話では、極々一部の極まった傭兵は兎も角、そうでは無い大半の傭兵は山賊と兼業だと言う事だったしの。金の出所を疑われるのは仕方の無い話やもしれぬな」
冒険者に成らず傭兵で居ると言う事は、其の時点で脛に傷を持つ者で有る事は確定で、更に言うならば罪を雪ぐ様な功績を立て『免罪符』を何らかの神様から発行して貰う事も出来ていないと言う事だ。
例えソレが人間同士の戦争だとしても大きな手柄を上げたので有れば、雇っている国の護り神だったり君主の氏神、もしくは軍神に戦神と言った『戦争に纏わる神』が、その功績を称えて免罪符を発行してくれる事も有ると言う。
「まぁ……もしさっき持って来た金が、奴が真っ当に傭兵して稼いだ金だったとしても、売れる馬が居ないんだからどうしようも無い。本当にウチの馬が欲しいなら春先に来て、生まれたばかりの馬を買って調教待ちして貰うしか無いからね」
此の牧場で生まれる馬の大半は、母馬自体に馬主が居れば産まれる前から行く先が決まっているし、牧場所有の母馬の仔も産まれたばかりの頃は兎も角、四ヶ月程して母馬から離される時期には大体既に買い手が付いているのだと言う。
逆に言えば今の時期に買い手が付いて居ない馬は、何らかの欠陥を抱えた馬で有り、他所に売る事の出来ない馬だと言う事に成るらしい。
「兎にも角にも助けに来てくれた事は事実だし、此方としてもこの場所を必要以上に汚さなくて済んだ事にはお礼をしたい。丁度昼飯時だしウチの賄い飯には成るが食べて行ってくれ」
俺達が来た事が完全に無駄だった訳では無い、とそう言って昼食に誘ってくれたジェームズ氏の言葉に甘え、俺達は牧場の奥へと足を踏み入れるのだった。




