九百八十四 志七郎、雑魚狩りに飽いて冒険を志す事
ワイズマンシティでの冒険が許可されてから凡そ一月、俺と武光達は一つの一党として幾つかの依頼を受け、ソレを無事に成功させる事が出来て居た。
とは言っても受けた依頼は国境近くの放牧場に、家畜を狙って現れる豚鬼や小鬼に犬鬼なんかの雑魚の群れを始末する程度の、今の俺達からすれば極めて簡単な物で、此方の戦場に慣れる為に受けた仕事でしか無い。
まぁソレでも豚鬼は食用肉にも成り、此方の大陸でもそこそこの値段で買い取って貰えるので割と良い稼ぎには成ったがね。
豚鬼が普通に食用に成るのだから、小鬼や犬鬼も人の形をした魔物だからと言って食う事に忌避感を覚える者は、基本的に食料が乏しい此の世界では極めて少数派と言える。
にも拘わらず、小鬼や犬鬼から得られる素材は『角だけ』と言われるのは、極めて簡単な話で『不味い』の一言に尽きるだろう。
北方大陸や火元国最北部に有る龍頭島の様に寒い地域に出現する犬鬼は、全身がモフモフの毛皮に覆われて居り、織物の材料や防寒具としての需要は有るらしいが、江戸周辺やこの辺の様に温暖な地域に居る犬鬼はソレも無い。
コレは暑さ故に自分達で毛を刈って居るのか、それとも湿気にやられて皮膚病でも患って居るのか……原因ははっきりしていないが、全身疎らに禿げ散らかした様な毛皮には一銭の価値も無いのだ。
それでも角は錬玉術師や薬師が作る霊薬の材料として、此方でも一定の需要が有るので小鬼だって群れを潰せば相応の銭には成る。
……尤も同数の小鬼と豚鬼では稼ぎは十倍以上違うので、冒険者組合の依頼斡旋所では何時でも依頼の奪い合いが起きている訳だがな。
「なぁ兄者、この辺の戦場には其れ也に慣れたし、今日は依頼を受けるのでは無く少し遠くの遠駆要石を開拓しに行くのはどうだろうか?」
先日お花さんと訪れた冒険者組合の正面窓口が有る広間から一枚扉を隔てた場所に有る依頼斡旋所は、正しくネット小説でよく見る定番な酒場風の空間で、其処には毎日無数の依頼が掲示板に張り出される。
その中からやりたい仕事が書かれた依頼状を早いもの勝ちで引っ剥がし、酒場帳場を兼ねた場所で受付を済ませれば、その仕事はその一党の物になると言うのが此処の取り決めだ。
仕事は毎日決まった時間に張り出される訳では無く、別室で依頼主から組合に持ち込まれた依頼が、可能な限り早く冒険者の手に渡る様に依頼状が書き上がり次第、直ぐに此処に張り出される様に成っている。
その為、此の酒場の様な空間は自分達に取って丁度良い依頼が張り出されるのを待つ為の場所でも有る訳だ。
勿論此れから仕事を受ける者が酒を呑む事は許されておらず、一党の面子の誰かが麦酒の一杯でも引っ掛けた時点で、その一党は完全に酒が抜けるであろう半日後まで仕事を受ける権利を失う規定に成って居るらしい。
そんな訳で俺達も普段は適当な依頼が無い場合には、此処で甘い物を摘みながら牛乳を飲んで時間を潰し、仕事が入るのを待つのだが……今日も此処に来た時点で良さ気な依頼は無い状態だった。
ちなみに此処に来てすんなりと依頼を受けれた事は今迄一度も無く、大体は一刻以上時間を潰して、やっと張り出された依頼を氣に依る意識加速も駆使して誰よりも早く動いて手にした物だったりする。
とは言え依頼の数に対して冒険者の人数が多すぎて仕事が行き渡らない状態だと言う訳では無い、俺達が此処に来るのが他の冒険者達の生活の拍子よりも大分早い時間に来ているから依頼が無いのだ。
普通の冒険者と言うのは、日が登るよりも早く起きて稽古で一汗流し朝食をしっかり食べて食後の茶を飲んでから依頼を受けに来る、なんて健康的な生活はして居ないらしい。
多くの者は翌日仕事をすると決めたなら二日酔いする程深酒はしない物の、それでも此処や他の酒場で軽く一杯引っ掛けてから、拠点と成る借家なり宿屋なりに帰り床に就き、起きたら先ずは銭湯でゆっくり汗を流しそれから此処へと来ると言う。
その起きる時間が大体は俺達が此処に来る頃らしいので、本当の意味での依頼の奪い合いが発生するのは大体昼頃と言う事に成る訳だ。
勿論、依頼を出す側もその辺の事情はある程度理解して居るので、依頼人が多く訪れるのも昼前辺りの事で、俺達が受けた様な朝一で張り出される依頼は本当に緊急と言って良い案件と言う事に成る。
そしてそうした朝一緊急の仕事を取ろうとして居るのは、俺達だけでは無いが……その殆どは此方と同じくお花さんの屋敷で寝泊まりして居る火元国からの留学生達だ。
氣を纏う事が出来る者が殆ど居ない外つ国の冒険者を相手に、意識加速まで使って依頼状を奪い取るのは流石に公平じゃないし、やり続ければ恨みも買うのでソレをする積りは無いが、相手が火元国の侍ならば遠慮をする理由は無い。
「確かに依頼の関係で北と東の遠駆要石はある程度回収出来ているが、南の方は手付かずだったしそっちに手を出して置くのも有りと言えば有りだな」
此方の大陸でも遠駆要石は此の組合と国内各地を結ぶ重要な交通網としての機能を有して居り、その利用条件は火元国と同じく『一度現地の石を組合証に登録する事』で有る、勿論此の機能も鬼切手形は互換性を持っている。
ワイズマンシティでは北の海岸沿いや東側の国境沿いの森林地帯辺りが魔物の出現頻度が高く、南側に続く荒野では魔物の被害よりも街道を行く旅人や商人を狙った強盗団の被害の方が圧倒的に多いらしい。
故に南側へと向かう仕事の殆どは、行商人に雇われての護衛と言う事に成るのだが、此れは数日掛けて南方に隣接する別の都市国家である『イアコフ』まで護衛し続け無ければ為らず、事前に予定を組んでいるのでなければ受け辛い仕事と言えるだろう。
「先に確保すらそっちの仕事取ったら時に楽に行けるだらぁな。オラは武光様の意見に賛成するだよ」
「拙者としても情報収集が必要と成った際に、移動に掛かる時間が減らせればより多くの調査が出来る様に成るので賛成で御座る」
……うん、蕾とお忠が武光の言う事に積極的に賛成するのは、彼女達が口を開く前から知ってたが、自分の意志も無く単純に賛成するだけでは無い事に一寸だけ安堵する。
実際にそう成ると決まった訳では無いが武光が次期将軍を自称する以上、彼の周りに居るのが追従者だけと言うのは教育上宜しく無い、結果として賛成に回るとしても、ちゃんと自分達の意見を踏まえた上で賛成しなければ駄目だ。
「まぁ今は懐に余裕有るから急いで稼ぐ必要も無いし、今日の所はそう言う方向で動くか? 取り敢えず一箇所確保して置くだけでも、其処を起点に次の場所を取りに行く事も出来るしな」
北や東も組合が配っている地図に書かれた遠駆要石を全て回った訳では無いが、未回収地点に隣接する場所は確保して居るので、行こうと思えば直ぐに行ける状態である。
対して南側は一箇所も確保して居ないので、もしも南で緊急討伐の依頼が有ったとしても、移動に時間が掛かってしまうと言う点での不利が有るのは間違いないのだ。
「ならば今日目指すのは街道沿いの此の石と言うのはどうだ? 此処は南側のほぼ中心に有るし、此れを得て置けば街の南東や南西に向かうにも丁度良いだろうしな」
ちなみに街の西側は海なので船に乗らずに行ける場所は無く、幾つか有る島に遠駆要石が設置されては居るが、何方かと言えば船に何らかの問題が起きた時に街へと帰還する様に置かれている物だと言う。
「何かの用事でイアコフまで行く時にも此処を確保して置けば便利だわな。うん、皆がソレで良いなら今日は石まで行って帰って来るのを目標にして行くか」
火元国ならば何処の遠駆要石も必ず何処かの戦場に設置されており、其処に鬼や妖怪といった魔物が一切居ないと言う事は無いので、行って帰るだけと言う事は殆ど無いが、ソレは我が祖国が魔物の出現率が世界的に見て異様に高い故の事である。
外つ国の冒険者と言うのは遠駆要石を目指して移動し一旦街へと転移して帰り、十分な休息を取ってから次の遠駆要石を目指す……と言うのが一般的な旅の仕方らしい。
此れを軍事利用するとかそう言う事は無いのか? と、一寸不安には成るが便利に使える物は使った方が良いだろうと判断し、俺はそうした不安を棚上げする事にしたのだった。




