九百八十一 志七郎、古参を知り新参に尻寒く成る事
「あの子もねぇ……決して悪い子じゃぁ無いのよ? 此の街を想う思いならば多分ハガー市長にも劣っては居ないんじゃぁ無いかしら? ただ少し考えが性急過ぎるのよねぇ」
溜息混じりのお花さんの言に拠ると、あのドナルド・M・マクフライと言う人物は、此の街に学会が誕生する以前から郊外に牧場を構える最古参と言って間違い無い一族の当主らしい。
学会が出来る以前は小さな漁村でしか無かった此の街は、塩害等が理由で野菜類を得る事が難しかった事は以前も聞いていたが、その当時は海水から生成した塩を馬で内陸部の別の都市国家へと運ぶ事で其れ等を得ていたと言う。
と成れば馬を育てる牧場が有るのは当然で、其処では馬以外に山羊や牛に鶏なんかも育てられていたらしい。
しかし学会が出来て小さな漁村から人口十万を超える都市国家へと短期間に成長した事で、マクフライ牧場が生産する家畜だけで、人々の食事を賄うのは不可能に成った。
けれども学会が立ち上がるのと大凡同時期に世界でも一大勢力に成り上がった冒険者組合が、此の街にも支部を設置した事で『魔物の肉』を加工して食べると言う文化が持ち込まれる事に成ったと言う。
結果、ランチョンミートを最底辺とした此の街の食事事情が成立するのだが、そうなるとソレまで食肉を一手に引き受けていた牧場側は、そのままでは販売量が縮小し経営難に陥る事に成る筈だった。
だが彼の先祖は魔物の肉とは競合しない市場を開拓するべく、様々な努力を積み重ね『牛頭鬼よりも美味い牛肉』の生産と、その技術を開発する事に成功したと言う。
「帝王餐庁で食べた牛肉の湯引きが有ったでしょう? ソレに使われていたのがその『タネン』と名付けられた牛肉よ」
成る程な……ブランド牛を作る事で、有象無象の肉に負けない高級路線で勝負に出た訳か。
「そしてそうした育成の技術は馬の方でも生かされて、彼の代に成ってから牧場で生産された馬は西方大陸の様々な王侯貴族から高値を付けて買われていって、馬比べでの成績も目を瞠る程の結果に成っているわ」
火元国でも仁一郎兄上が馬比べの為にの馬を育成し、ソレに騎乗する事で稼いで居たが、外つ国の中でも西方大陸は特に馬比べが盛んな地域だそうで、名馬と呼べる様な馬ならば金貨を山程積み上げるのは当たり前の事らしい。
まぁ向こうの世界でも競走馬の値段は億行く事もザラに有るとは聞いた事が有るので、その値段に驚く事は無いが……此方の世界の良い馬の基準って『足が速い』だけで無く『体力が有り』『足も頑丈』で尚且つ『獰猛な程良い』とされる辺りやっぱり軍馬なのである。
「なぁ蕾お前の目からみて、さっきの馬車を引いていた馬はどう見えた?」
少なくとも俺の目にはあの馬は馬車馬にするには勿体ない程の良い馬に見えたのだが、馬のプロと言っても間違いでは無いだろう彼女に意見を求めて見る。
「身体は良かったけど、目の光が弱かっただな。アレは戦場で駆ける馬ではねぇべ」
とあっさり返って来た答えに拠れば、あの馬は十分に調教されては居るものの、覇気とでも言うべき物が足りず、軍馬には不適格な性格だった馬と言う事らしい。
向こうの世界で競馬に使われていた競走馬……所謂サラブレッドは、馬主や調教師の目に止まり買われる時点で一握り、更に勝ちを続けて種牡馬に成れるのは極々一部、牝馬ならば母体として飼われる事も有るが、そうでなければ行く先は割と暗いと聞いた事がある。
特に買い手が付かなかった様な馬は幼くして食肉用の肥育に回されて、一山幾らで買い叩かれ肉はランチョンミートの材料にされ、革は財布等の革製品に加工される事に成るらしい。
経済動物で有り利益を産まないソレを、愛玩動物よりも高い金を払って飼い続ける事が出来ない以上、何処かで処分するしか無い事は理解出来るが、一部の人間の趣味の為『だけ』に品種改良を続けた人間の業の深さは中々の物だと思う。
その辺の事を考えれば、ああして軍用として売れなかった馬を自分の馬車に使う辺り、お花さんの言う通りシーフー党と対立しては居るが悪い人間と言う訳では無い様には思えるな。
「まぁ余達は留学生でしか無く、此の地の政にどうこう言う資格が有る訳でなし、直接害を被る事さえ無ければ気にする必要は無いと言う事だな!」
一通りの話は終わったと判断したらしい武光がそんな安易は台詞を口にすると、
「一応、先輩方からの情報収集が終わったら、拙者は此方の殿方に化けれる様に準備して、武光様と志七郎様が厄介事に巻き込まれない様に注意を払うで御座る」
絶対何かに巻き込まれるだろうと言う目で此方を見ながらお忠がそんな事を言ってくれる。
……うん、火元国に居た頃もそうだったのだが、基本的に俺は自分から騒動に首を突っ込む性分では無く、騒動の方からやって来たので仕方なく対処して来たと言うのが本音である。
対して武光はお忠に悪徳幕臣の不正や強欲商人の悪行なんかを探させて、ソレを解決する為に自分から騒動の中に突っ込んで行く性質だったので、他所の土地の内政に干渉しないと宣言した事で彼が騒動の種に成る事は無いと判断したのだろう。
「さてと……御昼も食べ終わった事だし、次の見世に行くわよ。其処は此方での私の御用商人見たいな物だから、必要な物なんかが有ればその見世に相談すれば大体何とか成る筈よ」
此処でやるべき事は済んだ……と言うか、マクフライ氏との邂逅自体が偶然の産物なのだから、本来ならばもっと早く次に行く筈だったのだろう、そう言うとお花さんは俺達を促し次の場所へと案内するのだった。
その街区へと足を踏み入れた瞬間、俺は西方大陸から火元国へと一気に移動したかの様な錯覚を覚えた……其れ位、その街区の街並みは隣接街区と掛け離れた作りだったのだ。
「此処が小さな江戸よ、基本的には此処に来れば火元国由来の品物が手に入ると思って良いけれど……見世に依っては酷く阿漕な値付けをしていたり、逆に向こうの金銭感覚で買い物しようとする事自体が間違ってたりするから、私の行き付けを教えるわ」
此処は京の都に有る奇天烈百貨店を運営する彩重屋が転移の魔法を使える者を育成する為に送り込んで居る多数の留学生の内、ある程度の魔法が使える様には成った物の、高難易度魔法である転移まで辿り着けなかった者達が主に商売をして居る場所だと言う。
彩重屋自体は此の地で見世を構えては居る物の、基本的には仕入れの為に有る支店で、小商いは行って居ないらしい。
そんなお花さんが贔屓にして居るのが、小さな江戸の少し奥まった所に見世を構える『足下屋本舗』と書かれた看板の見世だった。
「あら赤の魔女様様、態々こんなむさ苦しい所までようこそいらっしゃいました。使いを出して頂ければ何時でも商品を持って参上致しますのに。ああ……成る程、お弟子さんに当店を御紹介下さいますのですね。有難うございます」
見世に入る成り姿を表したのは、顔を真っ白に塗った馬鹿殿様……風の装いに身を固めた少々衆道家臭い雰囲気を纏った一人の商人だった。
いや、多分俺此の人と一回会ってるぞ? うん、京の都で開かれたオカマ祭りで見た記憶の有る顔だ。
「あの……人違いでしたら失礼ですが、前回のオカマ祭りで京の都に来ていませんでしたか?」
此方が一方的に覚えているだけならば問題無いが、向こうも此方を覚えて居たならば、その話題を出さないのは不自然だし失礼にも成るだろう、そう思ってそんな言葉を口にした……が、
「京の都のオカマ祭り? 多分、兄弟の誰かじゃないかしら? ウチは五つ子でしてね、兄弟みーんな同じ顔のオカマなのよ。火元国のお祭りに参加してたなら本店を任された兄貴じゃないかしらね? ちなみにアタシは三男のさぶと申します宜しくお願いしますね」
語尾にハートマークでも着いてそうな科を作りながらそう言う足下屋の姿に俺は尻の穴がヒュンっと成るのだった。
週末に掛けて遠征の用事が入っている為、申し訳ありませんが次回更新は月曜深夜と成ります
ご理解とご容赦の程宜しくお願い致します




