九百七十五 志七郎、達人を見て冒険者の行く末を知る事
「お久しゅう御座います赤老師、前にいらしたのは娘の成人祝いの時でしたか? 今日の料理はあの時よりも良い出来栄えと自負しておりますが、御口に合ったでしょうか」
俺達が食事を終えたのを見計らい、そんな言葉と共に姿を表したのは黒い調理服に身を包んだ、総髪の黒髪を三つ編みにして垂らした髪型が特徴的な男性だった。
此の人……強いな、右の拳に左の掌に添える抱拳礼と呼ばれる中国武術系の挨拶姿勢を取る彼の立ち姿を一目見た瞬間に俺はそう確信する。
洋の東西を問わず優れた武を身に着けた者は、身体の重心が安定し足から地面に根が生えた一本の樹木の様に体軸のブレが少なく成る物だ。
前世の世界でもとある空手の達人が『バレリーノとは喧嘩をするな』と言う様な事を言っていたと言う話があったが、武と舞には特に重大な共通点が有る、ソレは重心の動かし方、体軸の扱いが最大級の肝と言っても過言では無いと言う事だ。
中国武術に関しては聞きかじった程度の知識しか無いが、ソレでも『手は教えても歩は教えず 歩を教えれば師が打たれる』と言う言葉は知っている。
コレは歩法……即ち重心移動や体軸の操作が武術の根幹と言える程に大事な物で有り、ソレを安易に教えれば弟子の師匠超えが簡単に出来てしまう……と言う様な意味合いの言葉だった筈だ。
実際には体軸を調えるには体幹筋の強化も含めて地味で苦しく長い鍛錬が必要だし、某香港のアクションスターが演じた酒に酔って闘う武術を題材にした映画でも、ソレを鍛える為の訓練を師匠から施されている場面が有った。
故に彼の国の武術の師匠が体幹や体軸に関する事を教えないと言う事は無い筈だし、ソレを少し教えられたからと言って簡単に師匠超えが出来ると言う物でも無いと確信を持って言える。
とは言え体軸が武道家としての熟達具合を図る一つの物差しに成るのは間違いない。
そう言う面から見て今目の前に居る壮年男性は、素手で遣り合えば間違い無く俺よりも上だと断言出来る程の腕前なのが見て取れた。
「確かに以前食べた時よりも味が上がって居た様に思えるわね。此処暫くは食神の加護を得た者が作った料理を食べる機会が多かったのだけれども……ソレに一切引けを取らないと断言してあげる。何だったら私の名で食神祭に推薦しても良いわよ?」
後から聞いた話だが食神祭と言うのは、西方大陸最大の宗教都市であるリスティアと言う都市国家で年に一度行われる料理人達の腕比べ祭りで、その優勝者には食神の加護が与えられる物らしい。
「有り難いお話では有りますが……私の奉じる食神は周瑜様で有り、此の地の食神で在らせられるシロネン様では有りません。個人として一家として一門として『郷に入っては郷に従え』を守る積りでは有りますが信仰心はまた別物です」
似たような祭りは此の地だけで無く世界中で行われて居り、食神に区分される神様の数だけ祭りが有るのだと言う、そしてその祭りの主祭神の加護が得られると言う訳だ。
「本当に此の街では珍しい程の信仰心よね。まぁ此処は神の管轄外の存在である精霊の異能を研究する事で発展した都市だし、個人で祀る以上の物と言えば学会に有る魔神ガーゼット様の祭壇位ですものねぇ」
小さく溜息を吐きながらそう言うお花さん、彼女は本来世界樹の神々に仕える立場に有る森人と言う種族だが、そんな生き方をするのが嫌で世界樹諸島を飛び出し精霊魔法に傾倒したと言うのだから、神という存在が余り好きでは無いのかも知れない。
「ソレに欲を言うならば私は食神よりも武神の加護を頂きたい所ですしな、料理人として見世を構えておいてこう言うのも何ですが、料理は飽く迄も食って行く為の仕事で、人生を掛けて極めたいのは拳の方なので」
抱拳礼の姿勢を解き、己の武術を誇示するかの様に硬そうな拳を此方へと指し示す。
成る程な……前世の日本でも武術の道場を開いて居ても、ソレだけでは食っていく事が出来ずに別の本業を持っているのは割と普通の話だった。
とは言えこの世界は向こうの世界と違い、魔物の討伐と言う方法で武術を用いて稼ぐ方法が有り、彼程の実力が有るならば下手な商売をするよりも冒険者として稼ぐ方が圧倒的に効率が良い筈だ。
火元国ではどんな生業に就くにせよ、男児ならば初陣の一つも経験して居なければ『根性無し』と見做され全うな職を得る事は難しいのだが、その辺の感覚は外つ国でも然程変わらないと言う。
と成れば彼も間違い無く過去に魔物の討伐を経験して居る筈だが、何故武術を極める事を目指しながら、冒険者では無く料理人として商売をして居るのだろうか?
「不躾な質問を申し訳ないのだが、其程までに武術に傾倒するのであれば、何故武術で身を立てると言う選択をしなかったのだ? 先程頂いた料理を見れば料理人としての修行とて決して生半可な物では無かったと見受けられたのだが?」
俺と同じ疑問を抱いたらしい武光が、率直な言葉でそう問いかける。
「簡単な話だ、妻の腹に娘が宿ったからですよ。組合に所属して居たとしても冒険者等所詮は無頼漢の延長線上に過ぎず、何時命果てても可怪しく無い生活だ。自分一人の命ならば幾らでも賭ければ良いが、女房子供が居る状況でソレを続けるのは無責任でしか無い」
彼は片眉を少しだけ上げると、若い者を諭す様な口調でそう答えを返して来た。
氣を纏うのが当たり前の火元国の武士は、生涯現役と言える様な矍鑠とした老人が多く『戦場で老耄を見たなら生き残りだと思え』なんて格言が有る程だ。
しかし町民階級の鬼切り者や外つ国の冒険者達は、老いで衰える身体で生涯戦い続ける事が出来る者等本の一握りでしか無く、多くの者は冒険者としてある程度大きな額面を稼いだならば、ソレを元手に別の生業へと鞍替えするのが普通なのだと言う。
けれども向こうの世界で明治維新直後の昭和の時代に、特権を失った武士が慣れない商売に手を出して失敗し没落する様を指して『士族の商法』等と揶揄する言葉が出来る程に商売と言う物は甘い物では無い。
特に飲食店は二年で五割、三年で三割、十年で一割しか生き残る事は出来ない……と言われる程に入れ替わりが激しい商売だ。
幾ら冒険者として資本となる金銭を稼いだとしても、料理人としてソレを生業にし続けるのは武光の言う通り生半可な努力で出来る事では無い。
「幸いな事に私には料理人として優れた才能が有った様でね、冒険者を辞め地元の餐庁で修行したが、二年でその見世で出している全ての料理を作る事が出来る様に成ったのだよ」
曰く見習いの間は給料は出なかったそうで、妻が妊娠出産で大変だった頃は冒険者としての稼いだ貯金を切り崩して生活して居たと言う。
通常三年は掛かると言う見習いを一年で卒業し、その後一生掛けて学ぶ事をもう一年で習得してしまった彼は、未だまだ残って居た蓄えを使い独立し自分の見世を持つ事を決意する。
だが地元には短い期間とは言え世話に成った師匠の見世が有る以上、其処から客を奪う訳にも行かず、新天地を求めて此の西方大陸西海岸へとやって来たのだそうだ。
「しかし此の地にはドン一家が経営する東方大陸料理の見世が有った、其処から客を奪うのも新参者として仁義に悖る。そう判断したが故に向こうとは客層の被らない高級路線の見世を構え相応の客を相手にして来たのだがね。どうやら旧帝の連中は私が怖いらしい」
旧帝と言う聞き慣れない言葉を口にしつつ溜息を吐く彼。
「そうそう、その話をしたくて今日は来たのよ。この見世は御昼来る人よりも夕食の方が多いし、少し早目の時間なら多少話す事は出来ると思ってね。一寸お付き合いして頂戴なMr.ミェン」
それに対してお花さんは、丁度良く本題に入る事が出来たと言わんばかりの笑顔で、そう切り出したのだった。




