九百七十一 志七郎、罪人の告白を聞き政を知る事
陽の光を照らし返す輝かしい頭を深々と下げた三眼族のテンに対し、お花さんは一度大きく息を吸い込むと、此れ見よがしに深い深い溜息を吐いて見せる。
「さっきも言った通り被害者本人が喧嘩の結果だと言っている以上は、学会として犯人探しをする様な事は無いし、ましてや組織立って無関係な者を巻き込む報復合戦をする積りも無いわ……でもね」
それから一息溜めを作り、
「彼は恐らく身体が治ったなら、貴方への雪辱を果たす為に正々堂々と勝負を挑みに行くんじゃ無いかしら? その三つの目に宿る異能を使わずその身一つで勝負した事に対して、武人として感じ入って居た様子では有ったからね」
そう警告とも称賛とも付かない言葉を続けた。
先日司書のマイン女史から勧められた南方大陸の歴史書を読んだ結果、彼の地の貴族が亜人を強く敵視する理由を理解する事は出来た、勿論だからと言って種族差別を是とする気持ちは全く無い。
イー・ヤン・ミーが彼に倒された日の昼間、学会の食堂でマッカート王国の第二王子と見せたやり取りから察するに、イーと言う男は南方大陸でも特に差別意識が強い男なのだと思う。
にも拘わらず加害者本人が名乗り出てくるまで、相手を売る様な真似をしなかったと言うのは、奴が差別主義者である以前に武人だったと言う事なのだろう、そして彼はソレに見合う漢だったと言う事だ。
「雪辱か、何時でも受けて立つ……と言いたい所だが、俺も真っ当に生きていると言える立場では無いからな。何時、軍にしょっ引かれても不思議は無い」
このワイズマンシティには前世の世界で言う警察や、火元国の町奉行の様な犯罪取り締りの専門機関と言う物は無く、軍隊の一部がソレを担って居るそうで、基本的に懲役に当る刑罰は軍での奉仕活動と言う事に成るらしい。
犯罪者に犯罪の取締をさせる……と言うのは火元国に居る岡っ引きなんかが、そうした立場と言えるが、少なくともこの街ではそうした犯罪徴兵とでも言うべき者は、市街地に駐屯するのでは無く、国境近くに湧いた魔物討伐の任務に当ると言う。
勿論、危険な魔物の出現は冒険者の稼ぎ時と言う事に成るのだが、都市国家と言えどもその勢力圏内には中小の村や集落なんかも含まれて居り、そうした場所を先ず守るのは軍隊の役目なのだ。
つまり軍隊は民衆を守る盾で有り、冒険者は魔物を狩り取る剣と言うのが、この国での一般的な認識らしい。
そして犯罪を犯し徴兵された者は、そうした辺境集落とでも言うべき場所を巡回し、志願兵よりも危険な場所へと積極的に投入される……と言う訳である。
「あら、貴方の実力なら、もう二、三回は徴兵されてるんじゃ無いの? 修練だけで到れる程度の功夫じゃ無いのは見る者が見れば一目で分かるわよ? かと言って冒険者って訳でも無い、組合所属なら一家の人間を名乗る訳が無いものね」
冒険者組合は基本的に前科者には組合証を発行しないし、所属冒険者が罪を犯した場合には高額な懸賞金を掛けて、他の冒険者の手で葬る事すらするのだ。
此れは今の冒険者組合が形成される以前の時代、自称冒険者な破落戸が依頼達成を騙って報酬を持ち逃げしたり、魔物の被害に有った辺境の集落に止めを刺しソレを魔物の所為にして財貨を強奪する……と言う様な案件が少なからず有ったと言う。
当時も世界樹の情報を引き出す事が出来る道具は、神々から与えられて居たそうだが、其れ等では事件の詳細までは閲覧出来ず『犯罪を犯した』と言う事実だけしか確認出来ない。
依頼が被ったり目標を奪い合ったりと言った理由で、冒険者同士が争い殺し合う事も少なくなかった当時は『犯罪者』と言う情報だけで処罰する事は出来無かったのだそうだ。
しかし冒険者組合が地方に小規模組織が乱立して居る状況から抜け出し、統廃合を重ねて世界に根を下ろして行く間に、様々な規律遵守を組合員に課していった結果『大丈夫! 冒険者組合の冒険者だよ!』と胸を張って言える組織へと成長したのである。
その為、今は組合証を作る時点で前科が有る場合には、罪を償ったか否かに拘わらず冒険者として組合に所属する事は出来ないのが普通なのだ。
ソレでも冒険者に成りたいと言うので有れば、各地の神殿に詣でて罪を償ったと言う証拠と成る『免罪符』と言う物を発行して貰う事で、冒険者に成る事は出来るのだが……このワイズマンシティには神殿が無い為に、その方法を取るのは難しいのである。
なお免罪符は単純に銭を寄進すりゃ発行されると言う類の物では無く、犯した罪を償ったと言い切れるだけの『功績点』も必要と成る為、それ相応の信仰と行動が伴わなければ簡単に発行されるような物では無い。
……後に聞いた話では有るが免罪符の発行に必要な功績点は罪の重さにも左右されるが、最低でも御神酒を一升授けて貰うのに必要な点の大凡十倍程が必要で、御布施の方も千両箱を積み上げる必要が有る程と、軽々しく得る事の出来る物では無いそうだ。
「ああ……俺は一家の為に他の犯罪組織の者を殺めた事が有るし、その咎を雪ぐ為に軍役に付いて居た。生き残りまた一家に戻ってくる事が出来たのは運が良かっただけだ」
そんな言葉から始まったテンの話を要約すると、彼の先祖は可也昔に東方大陸から渡って来た留学生で、何らかの罪を犯したが故に学会からも冒険者組合からも追放されたのだと言う。
そうした者は後ろ盾と成る物が無く、自力救済が当たり前なこの世界では、搾取されるだけの立場に堕ちる可能性が非常に高かった。
けれどもそうした立場の者が複数集り、自衛の為に組織を作るのは割と良くある話だそうで、この街に数有る犯罪組織の成り立ちは大半が同じ様な物だと言う。
ドン一家はその中でも特に古い歴史を持つ犯罪組織で有り、テンの両親も同様にドン一家の一員として生活して来たのだそうだ。
一家としては無闇に犯罪者を産み出すよりは、一家出身若者を一人立ちさせ全うに市民にし選挙権を得て、自分達の既得権益を保障してくれるポテ党の議席を増やしたいと言うのが本音だそうだが、他の組織との抗争で犯罪を犯す者が一定数居るのも事実なのだ。
テンも幼い頃には冒険者と成って一家を外から支える積りで居たのだが、今回同様に他所の者との揉め事から抗争へと発展した中で、手加減が下手だった所為で人を殺めてしまったのだと言う。
彼等ドン一家の基本的な方針は堅気に迷惑を掛け過ぎない様にしつつ、自分達の権益と同胞を守る……と言う物で、万が一にも殺人の様な大きな犯罪を犯した場合には、自ら軍に出頭し可能な限り罪を償う事で一家に迷惑を掛けない様にすると言う物らしい。
故にテンは十四の時に懲役十二年の判決を受け、軍隊で服役したのだと言う。
前世の日本で殺人罪は懲役五年以上と法律では定められているが、実際には十年を切る事は余程情状酌量の余地が有る案件でなければ無いので、犯罪組織同士の抗争で一人を殺めて十二年ならば妥当な所だとは思うが……ソレは安全な刑務所での話だ。
此処ワイズマンシティでの懲役は、先程も有った様に『魔物から一般人を守る盾』で有り、十二年もの間ソレを続けて生き残る事が出来る方が稀だと言う。
そんな中でも彼は優れた武勇の才能と、三つの目に宿る魔眼の能力を駆使して生き残り続け、大物と呼べる様な魔物相手に集落を守った功績から恩赦を勝ち取り、八年間の軍役を終えて一家に帰って来たのだそうだ。
「俺の成した功績はリスティアの大神殿へ行けば、免罪符を得る事も出来る程の物だそうだが、ミェン一家との抗争が激化して居る昨今、一家の仲間を置いて長期間この街を離れる訳にも行かない……そう思っていたんだがな」
リスティアと言うのは西方大陸で最も大きな神殿の有る宗教都市国家で、大陸の略中心部に有る其処まで行こうと思えば、馬車を使っても片道で一月は掛かる程の距離が有るらしい。
普段の状況ならば往復二ヶ月掛けてでも免罪符を得て、冒険者として登録する事を一家が後押しする筈なのだが……今は市長選挙が近い事も有り、ポテ党を押すドン一家とシフ党を後援するミェン一家で抗争が激化して居るのだそうだ。
そんな中でシフ党寄りの立場を表明して居る学会と揉めて、ミェン一家に肩入れされては困る……と言う事で、一家の上層部は貴重な戦力でも有るテンを切ると言う決断を下したらしい。
「確か……今のドン一家のボスはギウと言ったかしら? 其奴に伝えなさいな。確かに学会の幹部はシフ党支持者が多いけれども、だからと言って犯罪組織同士の抗争に割って入る様な真似はしないわ。民主主義を暴力で曲げては行けない、初代学長の頃からの教えよ」
ワイズマンシティは法治国家としては色々と行き届いていない部分も多いが、それでも民主主義を標榜する国家であり、暴力でソレを推し進める様な恐怖政治を否定して来た国でも有ると言う。
つまり彼女は、党派性を理由に抗争を激化させている犯罪組織に対して嫌味を言っていると言う訳だ。
「……御言葉確かに承った。ギウの親父に必ず伝えます」
ソレを理解して居るのか居ないのか、テンは再びお花さんに深々と頭を下げつつそう返事をしたのだった。




