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大江戸? 転生録 ~ファンタジー世界に生まれ変わったと思ったら、大名の子供!? え? 話が違わない? と思ったらやっぱりファンタジーだったで御座候~  作者: 鳳飛鳥
留学生の生活 の巻

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九百五十二 『無題』

「あら、随分とええ出来やないの。こないな(もん)持って来られたら褒美を弾まなあかんなぁ。御前はんもそー思わへん……って、なんやんの? 変な顔して? ウチなんや変な事でも言うたん? それとも此れは御前はんの目には適わん品や言う事なん?」


 念願だった優駿制覇を果たし『色事断ちの願掛け』を破る事が出来た俺は、今年の年頭に二つの家の両親が揃った頃合いを見計らい、無事に正式な結納式を執り行う事が出来た。


 志七郎の奴が予定通り一年の留学期間で戻って来たならば、来年頭には祝言を上げる事が出来るだろうし、其れが叶う様に準備を始めて居るのだ。


 今日も婚約者である千代女殿との祝言に必要と成る品々を選ぶ為に、猪河家の御用商人で有る悟能屋を屋敷に呼んで彼女と共に様々な品を見定めて居たのだが……


「いや……千代女殿が値切らずに褒美を弾む等と言った事に少々驚いただけだ」


 今までも祭りやなんかで共に逢い引きに出かけた事が無い訳では無く、そうした際には出店で買い食いをしたり、装身具を送ったりしたのだが……俺の記憶に有る限り彼女が見世の者が言う通りの額面を支払った事は一度も無かったのだ。


「……あんなぁ御前はん。確かにうっ(とこ)河中嶋の(もん)他所(よそ)様とちごうて渋ちんなんが美徳とすら思うとるけどな、誰彼構わず値切り倒すんが当然! とまでは思うてへんで?」


 俺の言葉を聞き、千代女殿は呆れた様な顔で溜息を一つ吐いた後、そんな言葉を返して来る。


 体面を重んじる武家は基本的に吝嗇(ケチ)だと思われる事を嫌う、其れは多くの場合『家臣に対して碌に恩賞を出さない』と思われる事で求心力を失うのを恐れる為だ。


 他にも値切ると言う行為をする事で『銭が無い』つまりは『家政が上手く言っていない』と他所様に思われたく無いと言う心理も有るだろう。


 故に武士はどんな時でも商人(しょうにん)が提示した言い値で物を売り買いするのだ。


「河中嶋は天下の台所、火元国の東西を行き来する品の殆ど全てが河中嶋の市を通ってる言うても決して誇張やあらへん。そんな場所やから河中嶋者は子供(ガキ)んちょの頃から(あきな)いに触れて育つんが普通やねん」


 しかし河中嶋藩の者は男女の別無く、藩主である立嶋(たてじま)虎吉(とらきち) 様ですら平気で値切りの言葉を口にする事が有るのだ。


 だが其れで河中嶋藩立嶋家の面子が潰れる様な事は無い、千代女殿が言った通り()の地が火元国一番の商業都市で有り、其処を治める者が商売に明るく無い様では逆に危うい……と、誰しもが知っているからだ。


「物には適正価格って物が有るねん。良い物は高くて当然やし、逆に粗悪品は安く買い叩いて当たり前やねんで。ウチが値切るんは商人(あきんど)の値付けが間違(まちご)うとると思った時だけや。まぁ一文でも安く買う為だけに値切る不届き者が居らん訳や無いけどな」


 そう言う千代女殿に拠れば、河中嶋藩の者は藩主家の者も家臣も商売と言う物を知る為に、自分の小遣いで仕入れをして其れを市場で売って小遣いを増やす事が奨励されて居るのだと言う。


 当然、仕入れの際には一文でも安く買う為に値切る事もするし、売る時にも客から値切り交渉を仕掛けられる事も有る筈だ。


 そうした中で双方が妥協出来る額で取引する事を覚えるのだそうだ。


「それにな……一見(いちげん)限りで付き合いが終わる見世の者との取引と、それからずーと付き合う事に成る御用商人との取引が同じに成る訳あらへんやんか。逆に商人かて一見の客と五八さんを一緒に扱う様な真似はしたく無いやろしなぁ、せやろ悟能屋はん?」


 五八さんとは確か商人言葉で御得意様の事を言う呼び方の一つで『五掛ける八で四十』つまりは『始終居る』と言う駄洒落から来ていると何処かで聞いた覚えが有る。


「確かに河中嶋の方と取引する時は気が抜けませんな。少しでも瑕疵の有る品を用意すれば容赦無く値切り倒しに来ますしねぇ。流石に赤字に成る様な取引を許容する事は無いですが、ギリギリまで削らにゃ御破算って事にもなりますからねぇ」


 河中嶋藩の者は上から下まで一般的な武士では見抜けぬ様な小さな瑕疵ですら、きっちり見抜く目利き能力を持ち其れを根拠に値切って来るので、商人側としても単純に突っぱねると言う訳には行かないらしい。


「しかしちゃんとした物を用意すれば、若奥様の様にしっかり評価して下さる方も多いので、気持ちの良い取り引きが出来るのもまた事実ではありますな。まぁ仰る通り無理筋の難癖を付けて値切ろうとする者も居ますが……ね」


 そう言った悟能屋の主人が見せる笑顔は実に商人らしい物に見えた。


「でもまぁ河中嶋に吝嗇家りんしょくかが多いってのも事実やけどなー。ただ他所から見たら掛け払いを一切せぇへん猪山藩の者もド吝嗇(けち)に見えてるんも覚えたってや?」


 猪山藩が掛けや付けでの払いを禁じているのは、家祖である八戒様が支払いの計算が出来ずに痛い目を見てから『借財駄目絶対』と言う家訓を残し、其れを今でも忠実に守っているからである。


 とは言え藩の(まつりごと)を動かす為には、貯めてある財だけでは足りない事も多い故に、例外的に年貢米待ちの掛け払いで物事を動かす事も有るが、其れは悟能屋との間に長年積み上げてきた信用が有ってこその物だ。


 しかし実際、猪山藩士が江戸に上がった時に街中の見世で買い物をする際に、その場で銭を支払おうとすると嫌な顔をされる事も有ると言う。


 掛け払いであれば盆と暮れの年二回の回収日に『掛け値』と呼ばれる利息の様な物を上乗せして請求するのが普通で、その分が見世にとっては大きな利益と成るのだろう。


 対してその場で支払うならば取り立ての手間こそ無い物の掛け値を上乗せ出来ない分、儲けは小さな物に成る。


 盆と暮れの期日を逃げ切れば支払い無用となる火元国の商習慣の事を考えれば、取り逸れ無く支払いの有るその場払いの方が良い様にも思うのだが、猪山藩が取り立ての際に用心棒として付いて行くその謝礼の多さを考えれば掛け値の儲けは小さな物では無いのだろう。


 其れを考えれば確かに猪山者は吝嗇だと他所から思われていても不思議は無い。


 特に猪山藩は掛け払いをしないからこそ、取り立ての際には他所の武士に対する抑止力として用心棒に雇われるのだし、取り立てられる者達からすれば良い気がしないのも当然である。


「まぁ猪山も河中嶋もそう言う土地柄だと言う事は、火元国では知らぬ者は居らぬ程に有名な話ですからなぁ……今更と言えば今更の話ですよ」


 苦笑いを浮かべてそう言う悟能屋の言葉通り、猪山の借財禁止も河中嶋の値切りも開幕よりも遥か昔から続いている文化なのだから、他所からどうこう言われ様とも今更変わる事は無いだろう。


「せやせや今更の話やねんで御前はん、んで此の品物の話やねん。こんだけ上質で艶やかな白い絹の反物は然う然うある物とちゃうで? 多分此れ火元国の品とちゃうんちゃう? 多分……鳳武国の銭山渓辺りの品とちゃう?」


 鳳武国の銭山渓……東方大陸北部の大半を占める鳳凰武侠連合王国に有る絹織物の名産地だったか?


 火元国は織物に付いては世界的に見ても後進国で、特に良いとされる反物は概ね東方大陸からの輸入品だ。


 しかし近年では大分生産技術も発達して来て、国内産だからと言って必ずしも二級品三級品の扱いを受ける訳では無い、赤城(あかしろ)藩で生産された生糸を京の都で織った反物は大陸産の物と変わらない品質だと言う話である。


「流石は河中嶋の御姫様、良い目利きをしてらっしゃる……と、言いたい所なのですが、実は此れ火元国の品なのですよ。しかも赤城藩の生糸を京の都の職人が織った物では無く、なんと赤城藩で織られた品なのです!」


 京の都で織られた織物の質が高いのは、織部司(おりべのつかさ)と呼ばれる朝廷の機関に所属する公家が大陸から持ち帰った技術を継承し、其れを傘下の者達にも教えたからだと伝え聞く。


 けれどもそうした技術は当然、自分達の権益を守る為に他所に漏れぬ様に厳重に管理されるのが当たり前である。


「……真逆とは思うが、赤城藩が公家の技術を盗んだのか?」


 思わずそんな言葉が口を突いて出るが、もしそうだとしたら赤城藩は朝廷に……ひいては帝に弓を引いたも同然と言う事に成る。


「いやいや、そうじゃありませんよ。此れは赤城藩の者が東方大陸へと命懸けで渡り技術を会得して戻って作った品なのですよ。その証拠と言う訳では無いですが此方の織部織(おりべおり)と比べれば……ね? 違うでしょう?」


 そう言いつつ差し出されたもう一本の白い反物と見比べるが……正直な話、俺の目には全く違いが分からない。


「ほんまやねぇ。赤城織の方が織部織よりほんまに一寸だけやけど拙い作りやわ。んでも此処までの品なら大陸産言うてボッタ値で売っても分からへんのとちゃう?」


 ……衣装に掛ける情念はやはり男児(おのご)より女児(おんなご)と言う事か、俺には分からない違いが千代女殿にははっきり解るらしい。


「商いは信用が第一。そんな真似をして万が一にもバレたら、ソレこそ猪山藩の看板にまで泥を塗るのと一緒ですよ。ですから此れは大陸産よりも織部織よりも更に御値頃価格での御奉仕で御座います」


 ……そう言う悟能屋の顔を見て俺は理解してしまった、此れは廉価な赤城織と高価な織部織や大陸織と比べさせる事でより高い方を買わせる手口だ、と。


「ねぇ御前はん……ウチ、此方の方が欲しいんやけど……どないです?」


 甘える様な声でそう言う千代女殿の言葉に、俺は明日は鬼斬りに行って稼いで来る必要を感じたのだった。

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