九百五十一 志七郎、寝室に悪意を感じ寝具を思う事
夕食を終えたら後はやるべき事も無く取り敢えずは自由時間と言う事で、先ずは一旦自分に充てがわれた寝室へと戻って来た。
お花さんの弟子達が寄宿する此の屋敷には、数多くの宿坊とでも言うべき部屋が有るが、其れでも全員に個室が与えられている訳では無い。
一人で部屋を使う事が許されているのは魔術師以上の階位認定を受けた者だけだが、其処までの実力が有る者ならば学会での学問と平行して冒険者としても活動し一端の収入を得ているので普通は屋敷を出て自活している筈である。
故に取り決めとして魔術師用の個室は規定されては居るにも拘わらず、実際にそうした部屋は用意されていなかったりするのだ。
なので本来ならば魔術師の階位認定を受けた俺は一人部屋が与えられるのだが、部屋の用意が無い……と言う事で他の弟子達同様に誰かと相部屋と言う事に成る。
此処で普通に考えれば義理とは言え兄弟の契りを結んだ武光辺りと、部屋を共有する流れに成る筈なのだが、何故か俺の部屋に一緒に居るのは許嫁のお連だった……しかも此の部屋に有る寝台は何故か一つだけだ。
無論一人用寝台を二人で共有しろと言う話では無く、横幅が一間に少し足りない位の大きさの女王型の寝台である辺り、どう考えても悪ノリで用意されたとしか思えない。
いやまぁ……俺もお連も未だ第二次性徴前のお子様身体だし、此方が抱える問題も有るので間違いが起こる様な事は絶対に無いし、そもそも未就学児童に対して劣情を抱く様な偏った性的嗜好も持ち合わせていない。
故に問題が無いと言えば無いが、有ると言えば大有りである。
が、この辺は俺が考え過ぎだと言う一面が無い訳でも無い、前世の世界でも俺達位の年頃なら男女関係無くお泊まり会なんかをする様な事は有っても不思議は無い程度の年齢でしか無いのだ。
それでも世の中には某アニメの有名園児みたいに、未就学児童の時点で異性に興味津々だったりする『ませガキ』とでも言うべき者が居ない訳でも無い。
実際俺の向こうの世界での親友の一人だった本吉は、幼稚園の頃に見た同級生の『御着替え』が切掛で児童性愛に目覚めた……と言う様な事を言ってた覚えが有るし、異性に興味を抱く時期は必ずしも思春期を待つと言う訳では無いのだろう。
何処で見聞きしたのかは忘れたが『男は成長するに連れて男に成っていくが、女は生まれた瞬間から女で有る』なんて言葉にも覚えが有るし、向こうの兄貴の様に小学校低学年時点で好き合った男女がそのまま結ばれるなんて実例も知っている。
……それにあまり大声で喧伝するべき事では無いが、俺だって園児の頃には幼友達だった女の子と『お医者さんごっこ』なんて遊びをした覚えが有るのだ。
当時は極々普通のごっこ遊びでしか無いと思っていたが、そう言う事に興味を持った後から考えれば『もっと大胆で過激な事をしておけば良かった』なんて下衆い後悔を抱かなかったかと言えば嘘に成る。
無論、あの頃の様にお連に対してそ~言う事をしようとは微塵も思わない位には、俺の精神は『警察官』としての強固な倫理観で固まっているが……。
なお武光の奴は普通に別の男児と二人部屋での同室で、蕾とお忠も別の二人部屋が充てがわれているので、彼等が宿坊で不埒な遊びに耽る様な事は無い……と思う。
「御前様は今日もあの不思議な箱で御本を読むのですか? そうなら申し訳無いのですが連は先に眠らせて貰っても良いでしょうか?」
と、そんな事を考えていると、腹が膨れて眠く成ったらしいお連が目をしぱしぱとさせながらそう問いかけてくる。
『眠いなら先に勝手に寝れば良い』と言いたい所では有るが、家長の権力が極めて強い火元国で良妻賢母と成る様に育てられている彼女の中に、俺が起きているのに許可無く勝手に先に寝ると言う選択肢は無いのだろう事は容易に想像が付く。
「いや、明日は俺も早く起きて四煌戌達を散歩に連れて行ってやりたいしもう寝るよ」
此方に来るのに乗船していた寅女王号は錬玉術で作られた術具が要所要所に設置されていたので、行動するのに困る程に暗かった訳では無いが、ノートPCを入れる鞄に付いた充電用の太陽光発電板を十全に動かせる程に明るかった訳では無い。
その為船の中でPCを使いたければ手回し発電機で充電するしか無かったし、個室が有る訳では無いので周りの者に隠して使うと言うのも厳しかった。
なので此方に付くまでは完全にしまい込んで居たのだが、無事に付いて部屋を充てがわれた事で、昨夜は久々に夜更かししてネット小説を読み耽ってしまったのだ。
ノートPCの事は此れから暫く一緒に暮らす上に、順当に行けば一生を添い遂げる事に成る彼女には隠す事無く見せた上で、どう言う物なのかも何となくは説明してある。
その上で中に入っている様々な情報は、見るものが見れば色々と不味い事に成る物も有るので、他の者には秘密にする様に……とお連に頼んだのだ。
……ちなみに『大人向けの電子遊戯』が入っている事に関しては、彼女にも言えない秘密である。
「……御前様、連は寝巻きに着替えますので後ろを向いていて下さいまし」
頬を染めてそう言うお連は、俺が一緒に風呂に入っていた頃の睦姉上よりも幼いが、羞恥心は当時の姉上よりも育っている様に思える。
「俺も着替えるから此方を見るなよ」
冗談半分にそう言ってから、寝台を挟んで二つ用意された箪笥の内の一つ、俺が使うと決めた方の前へと移動し着替える事にした。
普段着る服は目立たない様に洋装へと変えた俺達だったが、寝巻きは火元国に居た時に着ていたのと同じ薄手の白い着物だ。
向こうの世界で生きていた頃は旅館にでも泊まる時じゃ無けりゃトランクスとTシャツで寝ていた俺だが、此方の世界で生きる様に成ってからは基本的に白の着物を着て寝る様に成っていた。
下着こそ褌から向こうの世界で手に入れたトランクスに変わったが、着物を着る様に成ったのは布団に使われている敷布や布団の覆いの質が余り宜しく無い事が理由である。
向こうの世界では比較的安い敷布や覆いを何枚も買って、毎日交換して洗濯する事も出来たので、下着一枚で寝てても然程不潔な感じは無かった。
けれども此方の世界では向こうで激安店で買える程度の品質の布ですら高級品と言える程に布類は高く、洗濯機なんて便利な道具も無い世界では洗濯だって簡単な事では無い。
俺自身が洗うと言う訳では無く猪山屋敷で働く女中さんがやってくれる事では有るが、毎日頼むなんて事は流石に気が引けるのだ。
しかも布の質自体が余り宜しい物では無い為、下着だけではチクチクして寝辛いのである。
但しソレは飽く迄も火元国の事情で、お花さんの屋敷で使われている敷布は西方大陸の進んだ技術で織られた物らしく、肌触りの点に一切問題は無いし洗濯も毎日精霊魔法を使って行われている為下着で寝るのに何ら不都合は無い。
が、此処で問題に成るのはお連と一緒に寝ると言う事だ、幾ら万年童貞男として魔法使いの才能を授かった俺でも、そ~言う事を致す訳でも無いのに男女が肌を触れ合わせて寝る事が非常識に当たると言う事位は理解して居る。
うん、正直に言おう……間違い無く女児性愛の気は無いだが、未だ童貞男としての部分が無く成った訳では無い為、相手が幼女とは言え女の子と肌が触れ合う様な事が有れば、尋常な精神状態で眠れる自信が全く無いのだ。
それでも昨日はちゃんと眠る事が出来たし、着物を着ていれば多分大丈夫な筈である。
「着替え終わったか?」
自分の着替えが終わった俺は振り向く前にお連にそう声を掛ける。
「はい、大丈夫です」
一寸はにかんだ様な愛らしい声に聞こえたのは許嫁と言う関係から来る贔屓目だろうか?
それとも俺自身が彼女に本気でなにか特別な感情を抱いていると言う事か?
何方にせよ今は未だ彼女は守るべき相手であって手折るべき花では無いのは間違いない。
「よしじゃぁ寝ようか、おやすみ」
「はい、お休みなさいませ」
お連が寝台へと入りそう返事を返すのを聞いてから、俺は部屋に備え付けられた酒精灯火の火を消すのだった。




