九百四十七 志七郎、風呂に入り女の子の会話を盗み聞きする事
四人とも無事に階位認定試験を突破し、魔法使いの法衣を授かった頃にはもう日が傾いて来る時間だった。
そんな訳で今日の学会での予定は終了し、お花さんの邸宅に戻ってきた俺達は夕食前に風呂を済ませる様に言われた。
此処ワイズマンシティでは真水が街の北側に流れている小川でしか採れず、また海辺の街でありがちな話だが井戸は何処を掘っても人が飲むのも難しい塩水しか出ない。
ではどうやって十万もの人口を誇る街で生活が出来るのかと言えば、ソコは当然の様に精霊魔法の出番である。
海水に『水浄化』の魔法を掛けたり、空気中の湿気を水に変える『水生成』の魔法で水を生み出すのだ。
勿論、住人の全てが精霊魔法を自由に使えると言う訳では無いので、自力で水を手に入れる事が出来ない者も多く居るが、そうした者は其れ等の魔法が使える者から買うのである。
国を平気で滅ぼす様な『大魔法使い』と言う圧倒的な暴力を抱える精霊魔法学会が、この都市国家内で相応の発言力を持ち、また他国から排斥されないのもそうした『水資源の生成能力者』の育成を担う機関だからというのもあると言う。
そんな場所なので湯を大量に使う風呂に入れるのは極々一部の者だけなのだが、お花さんは当然のその極一部に含まれる人物だ。
結婚前は汚れたら濡れ手拭いで身体を拭く生活をしていたそうだが、火元国で風呂文化にどっぷり浸かった後は、この邸宅を態々改築して風呂場を作り、魔法を使って効率良く湯を沸かし湯船を満たす構造物を整えたのだそうだ。
ちなみに学会の上位陣に風呂文化を普及したのはお花さん本人らしい……。
兎角そんな訳で彼女の邸宅には男女別の大浴場が存在しており、ソコではお花さんの弟子達が順番を組んで火や水に熱の魔法を使って風呂を沸かしているので有る。
なお俺達も階位認定を受け正式な魔法使いと成った事でその順番に組み込まれる事に成っており、此処に滞在して居る間は毎日では無いが風呂当番としての作業が入ってくる訳だ。
まぁ江戸に居れば毎日、自宅の風呂を沸かすのと脱衣所の冷蔵庫用に氷を作る為に魔法を使っていたので今更と言えば今更の事で有る。
「おお! あの奥の壁に描かれているのは武士山か? 江戸の銭湯よりも余程しっかりした作りでは無いか! 江戸城の風呂場を参考にして作ったのであろうか?」
お花さんの邸宅の大浴場は前世の世界の銭湯に似た構造で、高い天井の広い空間に男湯と女湯を隔てる壁が有りその上が開いていると言う感じだ。
俺自身は江戸城の風呂場を使った事が無いので何処まで正しいのかは分からないが、武光の言を信じるならば恐らくはそっちも似たような銭湯風の構造なのだろう。
向こうの世界の銭湯との大きな違いが有るとすれば、間仕切り壁の上の最奥に巨大な酒盃の様な石像が立って居り、ソコから溢れ出た湯が主浴槽と思わしき場所に流れ込んでいる事だろうか?
他にも水瓶を担いだ女性の像から湯が流れ出している場所が有ったり、獅子の頭を象った石像が湯を吐き出している場所も有る。
そうした調度は何処と無く西洋風の風呂と言った趣の混ざった感じでは有るが、奥の壁に描かれた火元国の武士山と思しき絵が有ることで全体として銭湯の印象を俺に強く与えているのだ。
「うわぁ! すっごい大きなお風呂ですねぇ! 連こんな大きなお風呂初めて見ました! 猪山のお城のお風呂よりもずっと大きいです!」
と、女湯側から許嫁の声が響いてきた事から察するに、初心者組の方も今日の予定は全部終わったらしい。
「んだなー。広いし壁も天井も全部綺麗に真っ白で継ぎ目も見当たらねぇだらぁ、どーやってこんなん建てただぁなぁ?」
俺達の方が先に終わったから、お忠と蕾にお連の事を頼んで男湯に来たんだよね。
「恐らくはコレも魔法の産物で御座ろう、土や石の魔法には普請に使える魔法も有ると聞く。にしても拙者等は最初から相性の良い霊獣を与えて頂いたが故に普通の魔法使いの成り方を知らぬ故、お連様が今日教授された事をお教え願えぬで御座らぬか?」
……女湯から響いて来る女の子の会話に聞き耳を立てるのは、余り褒められた行為では無いとは思うのだが、色っぽい話をして居る訳でも無いし、身体を洗いながら聞こえる分には問題無いだろう。
どうやら武光もお忠が問うた事に興味が有った様で、無言で石鹸を擦り付けた手拭いで身体を擦り洗っている。
俺達以外にも入浴して居る者も居るが、彼等もそんな大声で話をして居る様な事も無く、多少途切れる部分は有るが、大体の内容は把握する事が出来た。
其れに拠ればお連を含めた新人組は、午後から四つの基本属性に対してどれだけ適正の高さが有るのかを調べられたのだと言う。
その方法は教官が契約して居る下位の精霊と対話を試みると言う物で、適正が高い属性の精霊程、契約と言う魂の繋がり無しでも会話が通じる物なのだそうだ。
結果としてお連は土属性に可也高い適正が認められ、次いで火、水、風の順で適正が落ちていった感じらしい。
なのでお連は土の最上級精霊、火、水の上位精霊とは契約出来るが、風に関しては下級精霊と契約出来れば良い方だと言う事だと言う。
但しこうした適正は飽く迄も単一属性の精霊との契約で重要に成る物だそうで、複数の属性をその身に宿す霊獣を契約する事が出来れば、そうした相性を無視して魔法を使う事が出来るらしいので、上位の階位を目指す者程強い霊獣を求める事に成るのだそうだ。
「連の武は一朗の小父様から本能型だと聞いて居ますし、戉や鍬を振り回しながら魔法を使うのは多分無理だと思うのです。なので折角連れて来てくれた我が君には申し訳ないのですけれども魔法は余技と割り切るのが良いのかな……と?」
俺も一朗翁に言われた事だが、武術の在り方として人は大きく別けて心を落ち着け詰将棋の様に相手を追い詰める『理性型』と、心の儘に本能を高ぶらせ全てを薙ぎ払う『本能型』に大別されると言う。
俺や武光は割と明確に理性型の性質で有るが故に、魔法と剣術の併用に割と適正が有るのだが、お連は本能型なので使うべき魔法を常に意識しなければ成らない併用は余り得意とは言えないらしい。
とは言え魔法武術の達人であるお花さんも、格闘家としては本能型らしいので、本能型の者が魔法と武術の併用が全く出来ないのかと言えばそんな事も無い。
近接戦闘の時には本能的に振る舞うにせよ、ソコに魔法を組み込める様に成るまで反復練習を繰り返して置けば良いだけの話なのだ。
そして魔法使いとして大きな魔法を放つ時には、ある程度距離を取り冷静に呪文を詠唱すれば良い。
実際、理性型だと言われている俺だって切り合いの最中にどう斬ってどう詰めると言う事は考えるが、其れをする為にどう身体を動かすか……まで事細かに考えている訳では無いのだ。
そうした一つ一つの行動を詰める為に日々稽古を積み、ただ『刀で斬る』と考えただけでソレが出来る様に動作を身体に染み込ませるのである。
魔法格闘はソコに短縮呪文で発動出来る魔法を組み込む稽古を詰む事で『考えるな感じるんだ』の領域に踏み込む事も出来る……と言うのが、武と魔法の併用に付いて教えてくれたセバスさんの弁だ。
なおセバスさんは理性型の武闘家で、魔法使いとしての階位は上位魔道士である。
彼は何方かと言えば魔法よりも武に寄って鍛えた魔法格闘家で、武の極地の一つだと言う『明鏡止水』と言う技術に至っているが故に、拳を交えながら大魔法の詠唱も出来ると言う一点だけは師であるお花さんも越えて居る一人だと言う。
「それにしても……お連殿は本当に綺麗な肌をして居るで御座るな。お蕾様も異界の姫と言う事で拙者とは比べ物に成らぬ綺麗な肌で御座るが、お連殿はソレを越えて居る様に思える何か秘訣が有るので御座ろうか?」
「あー、ソレはオラも気になってただ。オラも肌の手入れにゃぁ気を付けてて、見えない所まで馬油を塗ったりしてるだよ? んだどもお連ちゃんはオラよりもしっとりと綺麗な白い肌しとるんはなんでだぁよ?」
会話の内容が魔法の話から完全に女の子の会話へと移行して行くのを感じ取った俺は、煩悩を退散させる為に水瓶から流れ落ちるお湯に頭から打たれに行くのだった。




