九百四十六 志七郎、大魔法を思い霊獣を考える事
「それにしても……高位の魔法は未だ使えないのに真っ当な検定で上から二番目の称号を貰って良い物なんですかねぇ?」
自身の階位検定が無事終わり、武光達が検定を受ける順番に成ったので、お花さんの所へと戻ってきた俺はそんな感想を口にした。
「時属性の魔法が多少なりとも使えるんだから、他の属性の魔法は魔導書さえ読み込めば直ぐに使える様に成るわ。四属性複合と言うのは三属性に比べて段違いに難易度が高い物なのよ……本来はね」
そう返してくれたお花さんの言に拠れば、複数の精霊や霊獣が力を合わせて魔法を行使するのは、複数の属性を持つ一体の霊獣を使役して複合属性の魔法を使うよりも圧倒的に難易度が高いのだと言う。
俺は四色霊獣と言う極めて希少な存在である四煌戌が最初の契約霊獣だったからこそ、今の段階で極々小規模な物とは言え時属性の魔法を使う事が出来ているが、彼等が居らず三色の霊獣と一体の精霊の組み合わせだったならば不可能だろうと言うのが彼女の見解だ。
「貴方も二体目の霊獣と契約した訳だし、二重属性複合や多重詠唱なんかの高等技術もきっちり仕込んで上げるわ。まぁ本来ならそうした技術を先に身に着けた上でやっと至るのが魔術師と言う階位なんだけれどもね」
二重属性複合と言うのは同じ属性を重ね合わせる事でより強力な魔法を放つ技術で、分かりやすいのは火と火を重ねて炎とする物だろう。
四煌戌は四属性を持つだけで無く、一つの身体を三つの魂が共有して居ると言う性質上、同属性を二つまで重ねる事が出来るのだが、ソレをやると彼等にも相応の負担が有る為、余程の事が無けりゃ今までは使って来なかった。
しかし今はお花さんが言った通り焔羽姫と言う新たな契約獣が居るのだから、今までよりもずっと軽い負担でソレが出来る様に成った訳だし、場合に依っては火+火+火と三重属性複合も不可能では無い。
とは言え多重属性複合も属性を重ねれば重ねる程に難易度が乗算で上がっていくので、多数の霊獣と契約し四色霊獣である古龍王すら従えるお花さんですら単属性の四重複合が精一杯だと言うのだから、今の俺では不可能なのは明白だ。
そしてもう一つお花さんが口にした多重詠唱と言うのは、その名の通り複数の魔法を同時に使用する技術なのだが、コレも四煌戌の持つ特異性から擬似的にでは有るが似た様な事は今までもやっている。
乱戦の時なんかに使う連鎖雷撃の魔法を発動した後、紅牙と翡翠に制御を任せてしまえば、更に御鏡と胴体が持つ水と土の単属性魔法を発動する事は出来るのだ。
だが多重詠唱や並列発動に連続詠唱などの技術を身につければ並の魔法使いが一発の魔法を放つだけの時間で、お花さんならば『炎の矢二十三連』なんて真似も可能だと言う。
「流石の私も直接見知ってる訳じゃぁ無いけれども、家安公は学会の歴史上唯一『黒の魔法使い』の称号を得た人物なのよ。その契約霊獣こそが『超時空泰猴』と呼ばれる四色霊獣なのよね……本当何処にいるんだか」
お花さんが今でも火元国や此処学会に腰を落ち着ける事無く世界中を飛び回っているのは、その家安公が契約していた伝説の霊獣と契約する事が目的なのだそうだ。
江戸城に残されていた家安公の伝記や史書なんかに拠ると、超時空太猴は『猴』の字が示す通りの猿の霊獣で、家安公はその猿に導かれて遥か遠い世界から火元国へとやって来たと言う。
時属性の魔法……即ち『時空間魔法』を極めれば、理論上では猫や鴉達が行き来する様な異世界へと転移する事も不可能では無いらしい。
しかし現在の学会で時属性に最も精通して居ると言えるお花さんですらそこまでの魔法は使えない。
が……ソレはお花さんの腕が足りないと言うよりはソレを為す事が出来る程に強力な時属性の魔力を編む事が出来ていないと言うだけの事だと言う。
故に単独で極めて強い時属性を生み出す事が出来ていたと言う超時空太猴との契約を行い、家安公が編み出しそして歴史の狭間に消えていった幾つもの魔法を再発見するのが、彼女の人生目的の一つなのだそうだ。
「その話が本当ならもしかしたらこの世界に常に居る訳じゃぁ無く、色んな世界を彷徨い歩いて居るのかもしれないですね」
紗蘭と共に界渡りをして来て、実際にこの世界や前世の世界以外にも無数の異世界が有る事は、この目で観てきたので事実だと知っている。
そうした世界間を渡る魔法が実際に存在して居るのだとしたら、ソレを覚える事で向こうの世界に一寸買い物に行く……なんて事も出来る様に成るかも知れないな。
個人的な欲の話をするならば、もしも向こうの世界へと行く事が出来る様に成れば、紗蘭に頼る事無く何時でも赤白青の高良が飲める様に成れば非常に嬉しい。
まぁ向こうの世界と此方の世界の間での交易は、紗蘭と彼女の伝手で来ると言う商隊猫の者達が独占する事で大きな利益を得るだろうし、ソコに俺が箸を突っ込む様な真似をするべきでは無いだろうな。
「うん、三人とも魔導師に足る腕前は有る様だね、精霊魔法学会の最上級魔術師であるアン・サーディンは禿河 武光、怒蕾王女、猪山のお忠以上三名を魔導師で有ると認定します」
と、そんな話をして居る内に三人の検定が終わったらしく、サーディン師のそう言う声が検定会場に響き渡る。
三人が契約して居るのも皆、三色霊獣なのでその能力を十分に引き出す事が出来ていれば、魔導師として認められるのは順当な所だろう。
「にしても……幾らシーバス師の弟子とは言え、精霊との契約を一切せずに三色や四色の霊獣と初っ端から契約した子達が四人も揃ってると成ると一寸異常よねぇ。何かヤバい橋を渡ったとかそー言う話じゃぁ無いでしょうね?」
三人に法衣を渡したサーディン師は、此方へとやって来ると探る様な目でお花さんを見てそんな言葉を投げかける。
「私自身が危ない橋を渡った訳じゃぁ無いわね。霊獣を隷属させる術具を使って霊獣を売買しようとした不埒な商人の船を潰して、霊獣を奪ったって意味では悪党の上前を撥ねたってのが真相かしら?」
霊獣や精霊それから『人に類する種族』の売買は世界樹の神々が定めた『天網』と呼ばれる法律の様な物で禁じられて居る、しかし霊獣や精霊が自然界に存在して居ない火元国ではソレを知らない馬鹿が居たと言うだけの話だ。
その商人にとっては幸か不幸か、お花さんがソレを嗅ぎつけて船をまるっと叩き潰した事で『売買をする前に商材が無くなった』ので天網に触れる前に目論見自体が潰れた形に成ったが、もしも既遂だったなら神々の裁きが直接落ちていた可能性も有ると言う。
基本的に火元国では帝の定めた法と幕府の定めた法、それから各地の領主が定めた藩法とでも言うべき物を守って暮らしていれば問題無く、天網を意識する事は殆ど無い。
しかし天網に触れた場合ソレは世界樹の神々が即座に察知し、時と場合に依ってはそれに加担した者だけで無く、ただ近くに居ただけの者すら巻き込んで『神の裁き』が落とされる事も有るらしい。
天網に付いては何処の国でも神職に有る者が多少詳しい程度で、為政者ですら詳しく知って居るとは限らないと言う。
でもまぁ火元国でも、ある程度学の有る町民ならば兎も角、田舎の方の農村に暮らす者達やソコから出てきたばかりの『お登りさん』辺りだと、幕府の定めた法度すら碌に知らないのが普通なので、自分の生活に関わらない法律なんか知らずとも生きて行けるのだろう。
考えて見れば比較的遵法精神に富んだと言われていた前世の日本でも、法律を扱う弁護士ですら六法全書全てを諳んじる事が出来る様な者は殆ど居なかった筈だし、実生活に直結する労働基準法ですら、企業経営者自身が碌に知らないなんてのもザラだった。
「相変わらず顔に似合わずえげつない事してるわね。まぁ天網に触れて神罰を受けるよりは、貴方の襲撃を受けても死ななかったなら御の字よね。まぁ貴方が『竜も跨いで通る』なんて言われてた位暴れてたのは私が生まれる前の話だけどサ」
呆れた風にそう言うサーディン師の言を信じるならば、今のお花さんは子育てを経験し大分『落ち着いた』後の状態で、若い頃はソレはソレは様々な大暴れをして来た人物……らしい。
「あら、若い頃の事は言いっこ無しでしょう? 貴方だって子供出来て此処に定住する様に成るまで相当暴れてたじゃない。なんだったらこの子達に貴方の逸話を幾つか教えて上げましょうか?」
……まぁより強い霊獣と契約を結ぶ為に冒険者として様々な地に赴いたであろう事を考えれば、サーディン師にも似たような逸話が幾つ有っても不思議は無い。
過去を穿ればお互い恥ずかしい事しか出てこないと言う事だろう、二人は獰猛な笑みを向かい合わせた後、腹の底から楽し気な笑い声を上げるのだった。
次回更新は通常ならば2/1深夜に成るのですが、その日は私用で出掛ける為申し訳無いですが2/2深夜と成る予定です、ご理解とご容赦の程宜しくお願い致します




