九百四十五 志七郎、魔術師の認定を受け家安公の秘密知る事
「古の盟約に基づきて我、猪河志七郎が命ずる……四天四色を織り成して生み出されるは漆黒の深淵、時と空と大地の深くに根ざす無限を司る力」
定形魔法の披露として短縮魔法で三属性複合の石の雨を放った後、更に自己流の魔法を見せろと言われたので、俺は四属性複合の時属性の魔法を見せる事にした。
時属性は詠唱の中でも語られている通り、時間と空間そして重力なんかの『目に見えないが確かに存在する力』を司る属性だ。
その中でどれが難易度が高いとか低いとか言うのは余り無く、どれもより強い力を求めればソレに比例して難しく成ると言う感じで有る。
例えば時間を巻き戻す魔法である『逆行』と言う魔法が有るが、今の俺でも『極めて狭い範囲』で『一秒程度』戻すので有れば、絶対に不可能と言う訳では無い。
けれども『効果範囲』と『戻す時間』を増やせば増やす程に乗算で難易度が増していく……と言えば、実用的と言える程の効果を生み出す事の難しさが伝わるだろうか?
同様に空間転移の魔法なんかも『見える範囲』に『自分だけ』で跳ぶのは然程難しい事では無いのだが、コレが『記憶を頼りに』『誰かを連れて』跳ぶと成ると途端に大魔法と呼ぶに相応しい難易度の魔法に成る。
重力操作なんかでも一寸圧力を掛ける程度の効果しか無い『圧力』ならば刀で戦いながらでも使える様に成ったが、ソレだけで単体の相手を押し潰す『圧殺』は未だ使えないし、圧力を複数人に仕掛けるのも無理だ。
其れ程に時属性の魔法と言うのは契約した精霊やソレを宿す霊獣、そして術者にも莫大な負担を強いる物なのである。
しかしそれでも『効果範囲』と『効果時間』を可能な限り限定すれば、今の俺でも無理無く使う事が出来る魔法も存在するし、ソレを応用する事で新しい魔法を派生させる事にも成功していた。
今からお披露目するのは実戦では未だ使い物に成らないが、使い熟す事が出来れば恐ろしく強力な一手に成るだろう魔法だ。
「……我が命に従いて、彼の者のただ一部を本の一時、時を閉ざせ! 時間破壊!」
「「「あおぉぉおお雄々ん!」」」
詠唱が完成し、四煌戌の三つ首が声を揃えて咆哮を上げると、的に成っていた土人形の右腕が轟音を立てて崩れ落ちる。
俺が仕掛けたのは、相手の体内の一部に対して『時間停止』を掛ける事で、動いている者の身体をズタズタにする……と言う、自分で考案しておいてアレだが割とえげつない魔法だった。
「わぉ! え、アレ自分で考えて使った訳? 理論的には分解と同じ様な感じかしら? でも詠唱を読み取る限りはもっと単純な物っぽいわよね? あ! そう言う事か! 成る程……可愛い顔して中々にエグい手を考えるわね」
流石は最上級魔術師と言う事か、サーディン師は詠唱を聞き効果を見た事で、俺が使った魔法の構成を読み解いたらしい。
「ゴーレムを動かしてくれって言うからどう言う事かと思えば、動いている相手に対して体内に時間停止を掛ければああ成るのは自明の理よね。まぁ同じ事を過去に考えた人が居ない訳じゃぁ無いし禁術書に同じ様な魔法は乗ってるんだけどね」
曰く『即死』と言う時属性の魔法が、殆ど同じ方法で相手を簡単に死に至らしめる魔法として禁術書と言う呪文書に記載が有ると言う。
「まぁ詳しい事は禁術書を見る事が出来る階位まで上がったら自分で読んで見て頂戴ね。と言う訳でその魔法は余程の事が無い限り、他の者が居る場所では使っちゃ駄目よ。んで、そこまでの応用魔法が使えると成ると階位審査にも加点が必要よねぇ……」
精霊魔法使いの階位は下から順に『魔法使い』『魔道士』『上位魔道士』『魔導師』『上位魔導師』『魔術師』『上位魔術士』『最上級魔術師』八つに分けられている。
単独の精霊と契約し一属性の精霊魔法を使えるだけの者が魔法使い、二体以上の精霊や二色霊獣と契約し二属性の複合属性を一種類使える様に成って魔道士、二種類以上の複合属性を使える者が上位魔道士の階位を得る事になっていると言う。
そして三属性の複合を使える者が魔導師、三属性複合を四種類扱えたならば上位魔導師の認定が受けられ、更にその上の魔術師は時属性の魔法が使えると言うのが条件で、上位魔術師に成るには時属性の魔法を実践レベルで使える者が得る事が出来る階位なのだ。
それだけ精霊魔法使いに取って四属性複合属性である時属性と言うのは特別な物だと言う事で、四煌戌の様な単体で四属性全てを身に宿す四色霊獣と言うのは、この世界でも極めて珍しい存在なのである。
お花さんが契約して居る何体もの霊獣の中で四色霊獣は世界に四体しか居ない古龍王の一体である嶄龍帝 焔烙だけだと言うのだから、その希少性は押して知るべしと言った感じだ。
実際問題として、学会に所属する最上級魔術師達も四色霊獣と契約して居る者は他に一人として居らず、三色霊獣に加えて足りない属性の上位精霊を合わせて召喚する事で、時属性を運用するのが普通なのだと言う。
精霊魔法はその名の通り己の魂力と引き換えに精霊を召喚し、その力を行使する事で使われる魔法だ。
なので複数の精霊や霊獣を召喚すればする程に術者に対する負担は増す訳で、単独属性で力の強い上位精霊を四属性分の四体召喚するなんて真似はお花さんでも無理があるらしい。
故に精霊魔法使いは少しでも単独で多くの属性を宿し強い霊力を持つ霊獣との契約を求めて、未だ見ぬ未開拓領域を目指すので有る。
「全く……最初の契約霊獣が四色霊獣だから黒の力が使えるのは当然ちゃぁ当然なのだけれど、最初の階位認定で魔術師ってのは前代未聞だよ本当に。まぁ使い熟すって所までは霊獣の方も術者の方も至って無いから上位魔術師の認定は出せないけどね」
魔法使いの正装である法衣は階位毎に色が決められており、其々魔法使いは水色、魔道士は黄色、上位魔道士は橙色、魔導師は緑色、上位魔導師は紫色、魔術師は茶色、上位魔術士は黒色、最上級魔術師は赤色と成っている。
なお最上級魔術師の認定は『単独で国を落とせる程度の実力が有る』と、他の最上級魔術師三名が推薦し、更に五名がソレを認めた場合に出される物だと言う話なので、取り敢えず今の俺には程遠い話だ。
……つか、昼飯を食った食堂で見かけただけでも赤色の法衣を纏った者は両手の指で余る位には居たし、学会って割と戦力的な意味でヤバい組織なんじゃねぇか?
「うん、時属性が使えたのは間違い無い。精霊魔法学会の最上級魔術師であるアン・サーディンは、猪河 志七郎を魔術師で有ると認定します。但し子供サイズの茶色の法衣なんて在庫無いから今日の法衣授与は延期だね」
稀な例では有るが偶然契約した霊獣が三色霊獣で、学会の門を叩いた時点で複数の複合属性を使える子供と言うのは全く居ない話では無いそうで、最初の検定で上位魔道士の認定を受ける子も居るので緑の法衣までは各種大きさが在庫として用意が有るらしい。
しかし四色霊獣を連れた子供なんて者が来る事は想定されて居なかった為に茶色と黒色の法衣は大人用の物しか用意が無いと言う。
大人サイズであれば在庫が有るのは、学会に所属して居ない野良魔法使いや、学会の卒業生の弟子なんかが開いた私塾とでも言うべき物は、世界中に有るそうでそうした場所で学んだ物が更なる研鑽の為に学会の門を叩く事が有るからだそうだ。
「普通は三色霊獣を抱えてもう一属性を補う精霊と契約してたとしても、時属性を扱うには相当の魂力が必要に成るから子供に扱い切れる物じゃぁ無いのよ。まぁ貴方達は火元国の武士で氣を日常的に使っているから常人とは魂の鍛えられ具合が段違いだろうけどね」
俺に与えるべき法衣が無い事を事前に把握していたお花さんが、そう言いながら自身の法衣の中から折りたたまれた茶色い布の塊をサーディン師に投げ渡す。
「ああ、成る程、シーバス師が今まで鍛えた教え子なんだから、その習熟具合を把握してなけりゃ嘘だわね。だから事前に法衣を用意していたのかい。ソレにしても氣使いの魔法使いで四色持ちとはね……」
お花さんの言葉を聞いて、サーディン師は納得と困惑の入り混じった表情でそう口にし、更に……
「コレはイエヤス・トクガワ以来二人目の黒を冠する大魔法使い候補かも知れないわね」
そんな火元人ならば誰しも驚くだろう一言を付け加えたのだった。




