九百四十一 志七郎、文化の違いを思い出し食文化の違いを知る事
山盛りの料理が乗った皿を手に、席を探そうと満員御礼の食堂を見渡す……
「御前様ー! 此方ですー、此処の席を取ってありますよー!」
と、そんな声が周りの喧騒を貫いて響き渡る。
椅子の上で飛び跳ねながら大きく手を降って此方にその存在を主張するのは、当然俺の許嫁であるお連だ。
「お連……端ないぞ。ソレに食堂で大声を上げるのは周りに迷惑だろ」
確保されていた四人分の席の中で、お連の隣の席に皿を置きつつ、そう注意の言葉を吐きつつ彼女の頭を軽く小突く。
火元国を出て以来、就寝時に女性陣に充てがわれた個室へと行く時以外、彼女はほぼずっと俺の側に居たのだ、ソレが久々に離れる事に成った事で寂しく成ったのかも知れない。
……と言うか、彼女が今回の留学団の中で俺以外にある程度親しいと言えるのは、武光にお忠と蕾の三人位で、初心者組には軽口を叩く事が出来る様な相手すら居なかったのだろう。
「まぁまぁ鬼斬童子殿、今日の所は大目に見てやっても良いじゃねぇか……午前中は本当に腹立たしい事が続いたが彼女はしっかりと我慢してたかんな」
そんな言葉で仲裁に入ってくれたのは、確か老中増平家の分家の分家で『猫屋敷』増平と呼ばれている御家人家の九男で増平 斬九郎殿だ。
家格で言えば西方大陸で精霊魔法を学ぶのでは無く、北方大陸で錬玉術を学ぶ方がしっくり来る家の者なのだが、彼の家は兄弟が多く兄の内の一人がそっちへ行ったので、此方へ来て魔法使いとして更なる分家を起こそうと言う腹らしい。
彼の言に依れば午前中に行われた新入指導には火元国からの留学団だけでは無く、他の大陸からの留学生も居たのだと言う。
その中に南方大陸からの留学生も居たのだそうだが、その内の一人が火元人を指して東方の猿等と言う侮蔑表現で嘲笑ったらしい。
更にその中でも一番小さな女の子だったお連に対して『幼稚園と間違えたんでちゅかー?』等と誂う様な言葉を投げかけて来たと言う。
当然ソレに反感を覚えたのはお連だけで無く、火元国からの留学生と南方大陸からの留学生が一触即発と言える様な状況に成ったのだが、当のお連が笑い飛ばす事で毒気を抜かれた様な感じに成り、何の揉め事も無く午前中を終える事が出来たのだそうだ。
「鬼斬童子殿……南方大陸のトニーラヴァン王国から来たと言う、イー・ヤン・ミーと言う男には気を付けた方が良い。アレは自分達の価値観に凝り固まりその外に居る存在は全て虐げても良いと考えている手合だ」
忌々しげにそう言う斬九郎殿の言葉では、そのイーと言う者のそうした暴走と言っても良い発言を南方大陸の他の者も咎める様な事はしなかった事から、相応に高い地位に居るかもしくは他の者も然程変わらぬ感覚の持ち主なのだろうと言う事だった。
留学前に受けた外つ国に関する授業の中では、南方大陸に付いては詳しく触れられていなかったが、お花さんから別途授業を受けた俺は知っている。
南方大陸の大半を占めるカシュトリス帝国と其処に所属する幾つもの王国は『人間至上主義』を掲げ、他の種族を虐げる様な政策を取り続けていると言う。
その上、彼の大陸は今でも帝国内での序列や領土等を巡って人間同士での戦争も頻発しており、戦争で捕らえた他国の者を奴隷として扱う事が常態化して居るらしい。
無作為な奴隷売買こそ世界樹の神々が定めた天網と呼ばれる物で禁止されて居るが、火元国でも賃金先払いで年季奉公をさせると言う『実質的な奴隷市場』である人市が有る様に、犯罪者や借金を返さない者そして『戦争の捕虜』を奴隷として扱う事は禁じられていない。
故に『奴隷を得る為の戦争』までもが南方大陸には横行して居るのだが……コレは他の大陸と比べて彼の地には未開拓地域が少なくモンスターの被害も割と少ないのが原因と言えるらしい。
その為、南方大陸の者……特に貴族階級に居る者は自国以外を数段低く見るのが普通なのだとお花さんが言っていた。
「もう、そ~言うお話ばかりしてると折角の御飯が美味しく無くなりますよ? 御前様も増平様も冷める前に頂きましょう」
お連の言う通り食事時に話すべき話では無いだろう、お花さんの学閥を回って得た情報を含めて後から皆と共有しておくべきだろうな。
と言う訳で一旦気持ちを切り替えて……
「いただきます」
と、両手を合わせて宣言し料理に手を付ける。
うわぁ……口の中に広がる脂の味が兎に角しつこいし、塩っ気も香辛料の物と思わしき複雑過ぎる辛味も兎に角濃い……濃すぎる、濃いと言うか濃ゆいと表現したく成る位には濃い。
とは言え、吐き出す程不味いのかと言えば決してそんな事も無く、前世の世界ならば比較的安い肉体労働者向けの飲食店とか、同じ様なブッフェスタイルの店でも食べ放題で千円代前半未満でやってる様な所ならば『こんな物だろう』と納得する程度だ。
立地に依っては二千円を超える店でも、この程度の料理を出している所も有るだろうし、実質としては食費が学費に含まれているとは言え、手持ちからの支払い無しで食べ放題なのだから、まぁ文句を言う程では無い……と、前世の感覚では思える。
「うわ……兄者コレが外つ国の……と言うか西方大陸の料理なのか? 食って食えぬ物では無いがコレを毎日と言うのはちと厳しい物が有るぞ?」
口の中の物をしっかり飲み込んでから、武光が半分泣きそうな顔でそんな言葉を口走る、どうやら武光の口には合わない様だ。
考えてみれば彼は落ちぶれたとは言え元々は大藩の藩主だった家で生まれ育ち、ある程度長じてからは猪河家で食神の加護を受けた睦姉上の作る料理を食って生活して来たのだから歳の割に舌は肥えている方だろう。
そんな彼にこんな安っぽい味わいの料理は耐え難いと感じても不思議は無い。
実際、この料理に難色を示して居る者の大半は家格の高い家の者で、先程お連の様子を教えてくれた斬九郎殿は美味そうに……とまでは行かずとも、腹に入れば皆同じと言わんばかりの勢いで掻っ込んでいる。
特に火元国人にとって辛いのはパエリアやピラフの様な米を使った料理にまで、可也濃い味が付いている事だろう。
「火元国でだって古い米を美味く食べる為に焼き飯や炒飯にしたりするじゃないか。あの辺の料理だと思って食えば良いんじゃ無いか? まぁ……他のおかず類も味が濃いから白飯が欲しく成るのも理解出来るが」
全部が全部味が濃いから舌を休める為の物が欲しく成るのは火元国人の性だろう。
生野菜の盛り合わせが無く、温野菜の盛り合わせしか無いのは、恐らく生で食べれる『清浄野菜』が高いからだと思う。
猪河家で生野菜が割と良く食卓に上がるのは、礼子姉上が下肥を使わずに育てた清浄野菜を作るノウハウを持っているからで、真っ当に銭を出して購うとなれば決して安い額では手に入らない物だと言う、んなもんこの人数に食べ放題なんかさせられる訳が無いわな。
「オラは此処の料理気にいっただよ、オラの世界の料理もこんな感じだっただらなぁ。特にこの『羊とキノコとランチョンミートの煮込み』は本当に故郷の味に近い物だらぁなぁ。勿論、火元国で食ってた物も美味かったけどなー」
対してもりもりと嬉しそうに食べて居るのは蕾だ。
彼女が生まれ育った『草原』は、俺の感覚では前世の世界で言う『モンゴル帝国』の様な文化だった様に見えた。
遊牧民族で騎馬民族だった彼女達の『王国』ならば、絞めたばかりの羊をその場で調理する事もしただろうし、保存の為に塩や香辛料をコレでもかと言わんばかりに使った塩漬け肉なんかを作ったりもしていたのだろう。
食文化の違いばかりは慣れるしか無いだろうし、無理ならばお花さんの所で弁当を用意してくれると言っているのだから、そっちに頼るのも手と言えば手だ。
「まぁおかずとしては決して不味い物じゃぁ無いし、明日からは飯としておにぎりを持参すれば良いんじゃないか? 俺はまぁ……嫌いじゃ無いけどな」
俺は最後の部分以外をあえて火元語で発言する事で、地元の料理を貶されたと思わせない様に配慮しつつ、周りの者達にそう言って今日は我慢する様に促すのだった。




