九百三十八 志七郎、賢者の街の政治を知る事
「此処ワイズマンシティは貴族の様な特権階級が政治を行う様な場所では無く、一定額以上の納税額と軍役や労役等の義務を果たした『市民』の中から選挙で選出された市長と議員が運営する『民主主義国家』だ」
そんな言葉から始まった学長の言に拠ると、人は……いや人間に限らず人類と言う存在は『三人寄れば派閥ができる』なんて言葉が有る通り、民主主義なんてものを掲げて政治を行うならば派閥や党派性と言う物は決して逃れられない定めの様な物だと言う。
制度としては前世の日本の様に政党助成金の様な物が有る訳でも無く、明確に〇〇党と看板を掲げて政治活動をする訳では無いらしいが、ソレでも主義主張が近い者同士が集まって『党』を名乗る事は有るらしい。
ポテ党もそうした政党の一つで、此処最近に成って勢力を増して来た新興政党の一つなのだそうだ。
その主張は『ワイズマンシティの富や知恵は地元民の為の物で有り、余所者を慮る様な政治は言語道断、これ以上の移民流入は必要無い』と言う物らしく、その支持者達は諸外国からの留学生に対しても可也当たりが強いらしい。
一応、トップで有り現在議員を務める『ドナルド・マクフライ』氏は、此の街の経済の大部分が精霊魔法学会と其処に留学して来ている学生達が落とす金銭に支えられている事を理解して居るらしいが、一般支持層は其処まででは無いと言う。
特に選挙権を持たない二級市民と呼ばれる層のポテ党支持者達の中には、可也過激な活動家も居るそうで、ドン一家もその中に含まれて居るらしい。
元々犯罪組織連中の多くは政治とは距離を置き、自分達の利益を貪る事だけをする集団ばかりだったが、ドナルド・マクフライ市議は選挙権の無い二級市民達をも巻き込んだ政治活動を展開する事でポテ党の支持層を一代で築き上げたのだそうだ。
「そんな連中だから学会とは反りが合わないし、火元人に限らず学会に来ている留学生達と揉める事が多いのよねぇ。ちなみに私達はどっちも現市長が頭を張ってるシーフー党支持よ」
学長の言葉を引き継ぐ様にそう口にしたお花さんの話では、シーフー党と言うのは古くからこの都市の政権を担い続けて来た所謂『与党』で、基本的な政策としては学会と移民に配慮しつつ其れ等を上手く使う事で国の発展に繋げようと言う物らしい。
地元民を大切にしないと言う訳では無いが、どちらかと言えば移民優遇策と言うか、移民を積極的に受け入れ行こうと言う方向性の為、地元民優先政策を掲げるポテ党とは政敵と言って良い関係に有るそうだ。
「今朝、話に出てたミェン一家とドン一家の抗争って言うのも、多分縄張りの奪い合い以外にもその辺の絡みも有るんじゃぁ無いかしら? ミェン一家の頭領もどちらかと言えばシーフー党支持らしいしね」
ミェン一家の頭領『ラウ・ミェン』は当初は他の犯罪組織同様に、政治と距離を置き東方大陸からの移民達の権益を護る為の暴力装置としての活動しか許して居なかったらしい。
しかしマクフライ市議とポテ党と呼ばれる者達が議席を伸ばすにつれて、移民に対する弾圧とまでは行かずとも権益を削る様な法を作ったり、市民権の取得に制限を設ける法を制定しようと活動する様に成った事でソレまでの方針を転換せざるを得なく成った様だ。
それ故、今まで敢えて必要最低限の税しか納めず二級市民に甘んじていたのを、構成員から上納された金銭を使って身内を市民にする事でシーフー党の票を増やそうとして居るらしい。
「意図的に二級市民に甘んじていた層が市民と成る為により多く税を納め、更には兵役や労役にも積極的に参加する様に成ったのだから、税収その他の面ではポテ党の存在が良い方に働いたと言えるかも知れないな」
先祖代々ワイズマンシティの住人であるワイズマン師だが、精霊魔法学会の学長と言う立場上、反ポテ党とでも言うべき態度の様では有るが、だからといって完全に彼等を否定していると言う訳でも無い様だ。
前世の世界に居た頃に読んだ何かの本では『民主主義は有権者全てに君主足り得る知識と見識を求める極めて難しい政治体系だ』と書かれていた覚えが有る。
実際『衆愚政治』なんて言葉が有った様に、古代民主主義は愚かな有権者の暴走が原因で崩壊し、その後専制政治に取って代わられたのは歴史的事実と言えるかも知れない。
民主主義は『適切な教育』や『事実を知らしめる報道』等々多くの条件が整って居なければ、あっという間に腐敗しその体制が崩壊するだろう。
向こうの世界の日本は『義務教育の敗北』とか『マスゴミの偏重報道』等々、民主主義を維持する為に必要な物が色々と欠けて来て居た様に思えたが、近隣の某国なんかと比べれば未だ未だ全然マシと言える状態だった様に思えた。
そもそもとして俺は前世の頃から『民主主義こそ至高の政治体系』等とは露程も思って居らず、むしろ『賢者と呼べる君主が居るならば専制政治の方がマシ』とすら思って居た程度には民主主義と言う物に懐疑的だった。
まぁ封建社会と言える火元国に生まれ変わって色々な話を見聞きした結果『賢者と呼べる君主なんか居ない』し『居たとしてもその子供まで賢者とは限らない』と言う事も理解したので、政治体系はどれも一長一短ある物だと理解したけどな。
「余は民主主義と言う物をよく知らぬが……割増の税を払う事が出来、国に貢献する事が出来る者だけが政に携わると言うのならば、ソレは貴族制度と然程変わらぬのでは無いか?」
……帝から政の一切を委託された幕府が配下の武士を使って統治して居ると言う事になっている火元国で生まれ育った武光は、民主主義と言う概念を知る機会すら今まで無かっただろう。
そんな彼から制限選挙制度では、選挙権を持つ者が貴族とどう違うのかと言う疑問の声が出る。
「その権利が血に由来する物なのか、本人の努力や意識次第で手にする事が出来る物なのかと言うのが違いなのでは無いかな? 実際、貧民層の子でも兵士にでも成れば選挙権を得るのは然程難しい事では無い」
その疑問に学長が即座に答えを出してくれた。
このワイズマンシティでは、都市部の外に有る農村部をモンスターの害から護る為に常備軍が有り、其処に所属する兵士は恒に人手不足の状態に有ると言う。
故に志願すれば外国の手の者だと判断されでもしない限りは、割りと簡単に受け入れられ任務に付く上で最低限必要に成るだろう教育を受け、贅沢を考えなければ市民に成れるだけの賃金が支払われるのだそうだ。
とは言え誰しもが皆勤勉に生きる事が出来る訳では無く、最低限度の税だけを支払い蓄財に励む商人や、二級市民として生きるのが精一杯と言う貧困層が全く居ない訳では無い。
命の値段が前世の世界と比べ圧倒的に安いこの世界では、兵士と言う仕事は兎にも角にも命がけで、恒常的に人手不足なのも殉職率がそれなりに高いからだ。
また同じ命懸けならば手取りが決して多いとは言えない兵士より、冒険者を選ぶと言う者も割りと多い。
成功した冒険者はソレこそ一国の王と成る事も出来るし、そこまでの大成功をせずともある程度の実力さえあれば日々の暮らしに困る事は無い程度には稼げる職業だ。
けれども戦いを生業とする以上は、何の教育も受けずに現場に出た所で肉壁にすら成らないのは目に見えている。
誰でも彼でも名乗れば冒険者に成れた時代は兎も角、今は冒険者組合も最低限、自分の身は自分で護れる程度の能力を持たない者に冒険者としての証で有る組合員証を発行しない、故に冒険者を目指す貧民の子は犯罪組織の傘下で戦い方を学ぶのだそうだ。
「まぁ……冒険者に成った者が犯罪者に成れば、冒険者組合が威信に懸けてソレを討ち取る事に成ってるから、犯罪組織の連中も卒業生を良い様に使ったりはしないんだけれどね」
犯罪組織が貧困層に対する最低限度の安全網と成っている現状に、思う所が有るらしいお花さんは溜息混じりにそう言って話を〆たのだった。




