九百三十三 志七郎、装いも新たに西方大陸を考える事
久々に帰って参りました大江戸? 転生録!
今回より海外渡航編の開幕です!
どんぶらこっこ、どんぶらこっこ……と三ヶ月ばかりの船旅を終え、やって来ました西方大陸西海岸! いや、こっちの言葉でウエスト・コースト・オブ・フラウベアと言うべきか……兎に角、火元国から見れば文字通り世界の反対側である。
向こうの世界で子供の頃に読んだ小説では、鉄道や蒸気船なんかがある程度整備された明治の頃に、八十日間で世界を一周を目指すと言う冒険物語を読んだ事が有るが、アレ程騒動に巻き込まれた訳でも無く無事着いた感じだ。
幕末に横浜から英国へと留学に出た者達は、帆船で二ヶ月少々で彼の地に着いたと言うが、世界の半分を移動するのに其れだけの時間を掛けたんだと考えると、世界一周に掛かる時間は更にその倍の四ヶ月以上は掛かるのが普通なのでは無いだろうか?
交通機動隊の白バイ隊員や電車や機関車の運転士ならば、身に受ける風や風景の流れからおおよその速度を推し量る訓練を受けているから、甲板に上がればどれ位の速度が出ているのかを察する事も出来たのだろうが、残念ながら俺はソレを受けていない。
その為、この世界と向こうの世界で『世界の広さ』に差が有るのかは分からないが、他の船で同じ航路を行こうと思えば一年は普通に掛かるらしいので、ソレだけ俺達が乗ってきた『寅女王号』が凄い船だと言う事だろう。
「御前様、揺れない地面って本当に良い物ですねぇ……連は船酔いしない方でしたけれども、やっぱり地面がしっかりしてないと踏ん張れ無いですものねぇ。まぁ揺れ動く船の上は御相撲の稽古には良かったですけれど」
戉や鍬を主武器として扱うお連は、やはり安定した地面の上の方を好む様で有る。
……と言うか、幾ら素手での戦闘や護身の為に相撲も学んで居るとは言え、船の上で四股を踏む姿はあんまり見たくは無かったし、他の野郎共に見せたくも無かった。
なんせ火元国では下穿きの下着……所謂パンツは一般的な物では無い以上、穿いて無い状態で大股開きでソレをしていたと言う事なのだ。
幾らお連が未だ男女の別を気にする程の年齢では無いとは言え、仮にも許嫁と言う立場に居る女の子の大事な場所を他の男に見られる可能性が有ると言うのは頂けない。
特に年齢が上の方の連中は世界樹に立ち寄り中央の神々の社に詣でた際にも、前世の日本では禁止されていた様なお店で夜遊びを楽しんだきり、色々と溜め込んでいた事も有ってか航海の後半にはお連を含めた女性陣を見る目がヤバかったもんなぁ……。
俺も一応は三十代後半まで生きた経験も有るので、彼等が溜め込んでいた物を発散する方法が無けりゃどれ程苦しいか位は理解して居るが、流石に十歳にもならない子供にそう言う目を向けるのを許容出来る程に倫理観が壊れちゃ居ないつもりだ。
世の中にはそう言う性的嗜好を持つ者が居る事は向こうの親友が居たから理解して居るが、奴だってその手の嗜好を主とするエロ漫画雑誌のキャッチコピーである『紳士の合言葉』は守ってた……うん、現実に手をだしたらアカン。
「にしても……お連、こっちの服も似合ってるな。うん、可愛いよ」
とか、そんな事を考えつつも、こんな台詞を吐ける様になった当たり、俺もそっちの趣味に目覚めつつ有るのかもしれない。
今、彼女が身に纏っているのは火元国から持ってきた和服では無く、此方に来てから買った洋服だ。
動きやすさを重視しつつ『露出を端ない』とする火元国の価値観にも反しないパンツルックで、上は薄手の花柄ブラウスに赤いデニムのジャケットを羽織っている。
彼女だけでは無く、此方では着物姿の者が居らず目立つから……と言う理由も有って、基本的に皆洋装をして居るのだが年嵩の者程、中々慣れないけれども彼女の様に若い、と言うか幼い者程簡単に受け入れている感じなのだ。
「えへへ……御前様も男前ですよ。普段の袴よりも着慣れている感じです」
はにかんだ笑みを浮かべたお連の言葉通り、デニムのパンツにシャツとジャケットと言う格好は着物よりも余程慣れ親しんだ感が出るのも仕方ないだろう。
なんせ向こうの世界では学生時代から普段着として着続けて、社会人になってから私的に行動する時には大体この格好だったのだ。
向こうの友人達からは『着た切り雀』等と言われたし、自分でもダサいと言う自覚は有ったが、出かける度に服を選ぶのが面倒臭かったのだから仕方が無い。
とは言え、流石に全く同じ物を何枚も纏め買いして、ソレを洗替え用にしていたのは自分でもどうかと思うが……。
ソレにしてもジーパンにガンベルトを通して、更に刀を佩くと言うのが割りと据わりの良いスタイルになっているのは、嬉しい誤算と言えるだろう。
ちなみにお連のパンツにもガンベルトを巻き、そこには拳銃がぶら下がっている。
銃器の本場は北方大陸なのだが、西方大陸も江戸の様な銃器に対する規制は殆ど無く、余程小さな子供じゃ無い限りは護身用に小口径のソレを持ち歩くのが一般的なのだそうだ。
逆に此方の街中では長柄の得物を持ち歩く方が物騒だとされており、火元国の鬼切者に相当する冒険者達も基本的に街中では護身用として持ち歩くのは、大きくても片手剣位までで殆どの者が拳銃を持ち歩いているらしい。
この辺の感覚の違いは、氣を扱える者の絶対数の差から来る物なのだと、渡航前の特別授業で習った事を覚えている。
火元国の武士は基本的に皆が氣功使いだが、そうでは無い者達からすれば特殊技能で有るのと同様に、外つ国では氣を扱える者が本当に少ないのだそうだ。
まぁ火元国でも家安公が幕府を開く以前は、武士と言えども必ずしも氣功使いとは限らず、家安公の血が拡散していく内に氣と言う異能もまた拡散していった……と言う話なので、彼の血が広がっていない外つ国では氣功使いが希少なのも当然の事なのだろう。
兎にも角にも、その辺は文化の違いと言う事で多くの者が割り切っては居るのだが、お連の様に大型の得物を主武器にして居る者は、出歩く際に割りと不安が有るらしい。
「此方は此方で本当に物騒なんだよなぁ……火元国よりも鬼や妖怪の被害は少ないらしいが、その分人同士の争いが多いらしいし」
火元国を十個足しても未だ余る広さが有る西方大陸は、纏まって全てが一つの国と言う訳では無く、一つの都市とその周辺に有る農村が纏まって一つの国……と言う感じで、感覚的には『都市国家』と言うのが近いと思う。
ただそうした都市国家同士での戦争が頻繁に起こっていると言う訳では無く、都市国家の中での派閥争いや、犯罪組織同士の抗争なんかが、火元国とは比べ物にならない程に多いのだ。
今居るワイズマンシティも、そうした都市国家の中の一つで有り、一応は『民主主義国家』で『市議会』と『市長』を選ぶ選挙が行われては居るのだが、その度に政党や犯罪組織がドンパチすると言うのだから……民度はお察しだろう。
渡航して来た火元国からの留学生は、皆纏まって精霊魔法魔法学会に隣接した土地に、お花さんが所有する屋敷で寄宿生活する事になっているので普段の生活は安全と言えるが、そんな街なので私的に出かける際には色々と注意が必要なのである。
船を降り屋敷に着いてから未だ数日しか経っていない事も有って、今の所は誰も外で揉め事を起こしては居ないが、喧嘩や決闘の取り決めなんかも火元国とは色々と違うので、暫くは誰かが出かけると言う時には一応は大人の経験を持つ俺が気を使うべきだろう。
「お、鬼斬童子殿は許嫁と朝の散歩で御座るか? 出掛けるならば気をつけるで御座るよ? 昨夜も隣の地区ではミェン一家とドン一家の抗争が有ったらしいからの」
……まぁ、中には早速娼館へと夜遊びに出かけて朝帰りして来る剛の者も居るが、コイツはそうした揉め事よりも、遊び過ぎて精霊魔法の勉強が疎かに成る事を心配するべきだろうか?
太陽が黄色いとでも言いたげに、目をしぱしぱさせている年嵩の侍を見て、俺は一つ溜息を吐いたのだった。




