九百二十三 志七郎、異文化への理解を認め余裕にほくそ笑む事
問一、明らかに武士や貴族では無いと思しき者が騎獣に乗り街道を進んでいるのを見かけたので無礼討ちに処した……此れは×だ。
騎獣に乗る事が武士や公家と言った特権階級にのみ許されて居るのは飽く迄も火元国の法で外つ国では必ずしも通用しない。
問二、市街地を歩いている際に騎士の記章を身に着けた者と鉢合わせに成った際、自身が武士で有る事を理由に道を開ける様に命じた……此れも×。
お花さんの話や留学生向けの特別授業でも習った内容だが、武家の子弟は外つ国では基本的に『貴族』の枠組みには入らない、火元国の者で貴族として遇されるのは帝に直接仕える公家衆と上様、其れから幕府直臣家の家長と其の配偶者に嫡男までだ。
故に富田藩を乗っ取った後ならば兎も角、小大名の七子四男に過ぎない俺は、向こうに行けば只の渡来者で有り、一般の鬼切り者≒冒険者と言う枠組みでしか無い。
対して相手が騎士で有る事を示す記章を身に着けていると言う事は、其の土地を治める領主乃至は更に上の王家に仕える貴族だと言う事だ。
一概に外つ国と言っても国に依って制度は様々では有るが基本的に貴族と言うのは、領地を持つ領主でも領地を持たず主君に仕える法衣と呼ばれる内政官でも、全員が騎士としての叙勲を受けるのが常識で有る。
この辺は武に拠って立つ者で有る武士と同じで、危急の事態が起これば率先して戦場へと赴いて民を守る者だからこそ、領民達から税を取り其れを生活の糧とする事が許されるのだ。
と言う訳で、武士だからと言って他所様の土地でデカい面しても良い訳が無いと言う訳で有る。
問三、街の外で騎士の記章を身に付けた者に獲物を買い取ってやると言われ、冒険者組合指定商家の相場よりも安い額面を提示されたので断ったら決闘だと騒ぎ出した、尋常の勝負故に手加減する事無く叩き切った……此れは○と見せかけて×だな。
此の問題の肝は街の外と言う事だろう、江戸では市街地で揉め事に成り立ち合いを行う際にはきっちり届け出を出して、専用の場所を借りねば成らないが、郊外や戦場での揉め事ならばその場で叩き切った所で誰に殺られたかなんて判らないので問題には成らない。
勿論、目撃者が居て証言が出てくれば其の限りでは無いが、武士同士や鬼切り者同士であれば尋常の勝負として不問にされる事が大半だし、武士対町人階級の鬼切り者だとしても武士側が負けたなら『弱いのが悪い』とやっぱり不問にされる事の方が多い。
武士対町人で武士が勝った場合には、其れが『正当な無礼討ち』だったのかが吟味され、場合に依っては処罰を受ける事も有るが、飽く迄も目撃者が居たり死体原型を留めて見つかった場合と言う割と希少な案件だけだ。
しかし俺が此れから向かう西方大陸の大半を占める都市国家連合国と言う国では、貴族階級の者が行方不明に成るなんて事が有れば、草の根を分けてでも何らかの痕跡を探し魔物以外に殺されたと解れば、神々の権能を借りてでも徹底的に捜査される。
此れは外つ国の騎士と言うのが、火元国の武士の様に『氣を纏えるのが当然』と言う様な事が無く、飽く迄も幼い頃から体系立った武術や学問を学べる立場で、純粋に技術的な優位が有るに過ぎず、一揆の様な形で平民に殺されると言う事例が割と有るかららしい。
時には実力の有る冒険者が悪徳貴族の領地に住む商人や豪農なんかに暗殺を依頼される……と言う様な話も有ると言うのだから西方大陸と言う場所は火元国程に特権階級が一方的に『強い』と言う訳では無い様だ。
……まぁ『弱い奴が悪い』と一方的に断じてしまう火元国の常識が正しいとは、法治国家で法の実行部隊で有る警察官だった俺としては断言したくは無いが、郷に入れば郷に従えと言うし順応するしか無いのだろう。
問四、街道を進んでいると車輪が片方外れた馬車が立ち往生していたので、困った時はお互い様だと考え嵌め直すのを無償で手伝った……×っと。
火元国ならばこうした行為は美徳として褒められる事に成るのだろうが、外つ国で無償で手伝うと言う行為は『相手に礼もさせない』と言う意味合いで逆に無礼に成る事が有ると言う。
勿論、此方から礼を無心する様な事は慎まねば成らないが、貧民であろうとも恩を受けたら可能な限りの礼をする……と言うのが火元国以外の常識なのだ。
お花さんの話では、外つ国の多くの場所は火元国以上に『恩の貸し借り』に対して厳格な価値観が有るそうで、借りっ放しのままで長い時間が経った場合、利息も含めてどんな無理難題言われて『礼をしろ』と言われても不思議は無いらしい。
故に明日の飯にも困る様な貧農なんかで有っても、恩を受けた場合には例え今日の飯を丸っと渡す事に成ってでも、その場で精一杯の礼をするのが常識なのだと言う。
そしてそうした礼に対して『少ない』とか『不味い』と不平を言ったり、少額で貰っても貰わなくても誤差にしか成らないから……と辞退する様な真似をする事自体が、相手に恥をかかせる行為に成ってしまうと言う訳だ。
火元国でも農村なんかに行けば何かの恩義に対する礼を差し出される様な事は有り得るが、其れに対して『礼が欲しくてやった事では無い』と武士が言って礼を辞退しても、高潔な者と称賛される事は有れども恨まれる事は先ず無い……この辺は完全に文化の違いだろう。
問五、街道を歩いて居ると行き倒れと思わしき者が倒れているのを見つけたので慌てて駆け寄り介抱する事にした……×っと、なんか此の試験問題妙に×が多くないか? 少なくとも此処まで全部×と言うのは一寸偏り過ぎだと思う。
ちなみに此の問題が×なのは人の善意に付け込み行き倒れの振りをして、人様の懐を狙う掏摸や強盗に盗賊山賊の類が外つ国では割と良く有る手口だからだ。
行き倒れを装った掏摸は火元国でも良くある話で、財布に入ってる程度の額面を盗られた所で、不注意なのが悪いと笑い話にされる程度の事だが、外つ国だと財布だけで無く命諸共身包み丸っと奪う為に襲ってくる事が有るのだと言う。
火元国では結界の張られた街道沿いはその道を含めた領地の領主が治安を守る義務が有り、定期的に家臣団が見回りなんかをするのが普通だが、其れでも国許から肉を運んだ時の様に山で暮らせる戦力を持つ山賊が屯する様な事も有る。
対して外つ国では流石は大陸と言うだけ有って火元国とは比べ物に成らない程に広い場所が多く、無開拓の無領主地を突っ切る様に道が有る……なんて場所は幾らでも有り更に出現する魔物が弱かったりするとそう言う場所は山賊が根城に成るのだそうだ。
故に街道を行き交う際の危険性は火元国とは比べるのも馬鹿馬鹿しい程に跳ね上がると言う。
特に雑魚しか出現しない筈の場所では、行商人なんかも護衛代を吝嗇る事が多く、そうした者を狙う悪党は強い魔物が潜む場所に比べて圧倒的に多く成るらしい。
とは言え、所詮は雑魚しか居ない場所を縄張りにする程度の山賊なんぞは、やっぱり雑魚の範疇なのだが……其れでも不確定名『行き倒れ』に気を取られ介抱しようとして居る隙を突かれたら一発貰う可能性は零では無い。
そして其の一撃が致命傷に成ってしまえば一巻の終わりな訳だから、用心するに越した事は無い……と言う訳だ。
「だー! 終わった! 父上に折檻される……」
「良し! 手応え有り! 此れで拙者も分家して嫁を貰えるで御座る!」
「ぎりぎり? いや、多分合格して居る! 筈、いやだがしかし……」
そんな感じで全五十問の試験を半刻程掛けて解いたのだが、教室内を見渡せば試験の結果が出る前だと言うのに既に悲喜交々の声が飛び交って居た。
俺? 俺は……うっかり記入欄を間違えたりしてなけりゃ恐らく満点合格は取れてる筈だ。
なんせこの辺はお花さんに師事する様に成ってからずっと習ってきた内容だし、割と今更感の有る問題ばっかりだったしなー。
なので俺は試験の採点が終わるまで、余裕を持って周りの者達が焦って居る姿を観察して楽しむのだった。




