九百二十 志七郎、食品科学を知り加工品を夢見る事
俺が前世に卒業した大学は地元では馬鹿大等と言われて居たが、一応は進学校と呼ばれる高校を割とギリギリとは言え留年せずに卒業する程度の学力は有った事も有り、所謂Fランクと言う訳では無い。
とは言え警察官採用試験を受けると決めた時に、教授から「ウチの卒業生でⅠ類を通った者は居ない」と断言され、Ⅲ類での受験を勧められた辺りやはり馬鹿大と言う世間様の評価は妥当だと言う事なのだと思う。
ちなみに学部は法学部……では無く文学部で国文学を専攻していた。
大学入学時点では警察官に成るとは決めて居らず、何方かと言えば自分もネット小説を書いて其処から書籍化して印税収入で左団扇の生活を……なんて馬鹿な事を考えて居たのだ。
けれども実際に文学部で色々と学びつつ、所謂ライトノベルと呼ばれる界隈や出版業界の話を先輩方や教授に聞いたりした結果、そんな常時博打を打ち続ける様な生活は俺には無理だと判断し、三年目から警察官採用試験を目指して勉強をし始めたので有る。
そんな訳だから俺は世間一般程度の科学的知識は持ち合わせているとは思うが、ガチの理数系と言われる連中の話に着いて行ける程にそっち系の素養は無い。
なので時間を見つけて管太郎の元へと行って聞いてきた『凍結乾燥』の概要と其れを魔法で再現する方法は何となくでは有るが理解出来たが、もう一つの相談事だったレトルトパウチの方は正直お手上げだった。
「アルミの精製には莫大な電力が必要に成るし、ポリエステルもポリプロピレンも石油から素材を精製する技術が必要だし、幾ら錬玉術なんて魔法技術が有るにせよそう簡単に再現出来る物じゃぁ無いよ」
うん、アルミニウムもポリエステルにポリプロピレンなんて、どれも個人で生産出来る様な素材じゃぁ無いな。
そんな言葉で始まった管太郎に拠れば所謂レトルトパウチと呼ばれる入れ物は、上記三つの素材を極薄に加工し圧着したか、アルミを抜いた透明な物の二種類が有るが、何方にせよ石油由来の科学加工品なのだと言う。
なお『レトルト』と言うのは『高圧釜』の事で、其の中で百度を越える高温で加熱殺菌した物であれば、入れ物が瓶だろうと缶だろうと全てレトルト食品なのだそうだ。
なので火元国では余り流通してはいないが、外つ国ならば瓶詰めや缶詰のレトルト食品と呼べる様な物は一応は存在して居るらしい。
まぁそうした物も今の段階では『長期保存』は出来るそうだが、肝心の味が『一応食べられる』程度の物ばかりだそうで、少なくとも食に煩い火元人の舌を満足させる事の出来る代物では無いそうだ。
「一応、高校でも大学でも授業の一環で瓶詰めも缶詰も真空パックでもレトルトと言える様な物を作って売った事は有るが、アレは全部必要な道具は学校に有った物を使えたからなぁ。足りない物は其れこそネット通販なんかで取り寄せれたしなー」
聞けば農業高校や畜産大学と言う所では、自分達で育てた家畜や農作物を加工品にして地域の皆様に販売すると言う様な事もして居るそうで、高校時代は真空パックを使い、大学では専門の機材を使って瓶詰めや缶詰なんかも作った事が有るらしい。
真空パック用の袋に使われているビニールも材料は塩化ビニル樹脂と言う物で、其の原材料で有るエチレンはやっぱり石油から精製される化学物質だと言う。
「それでも缶詰や瓶詰めが外つ国には有る技術だって知れただけでも御の字だな。向こうでその製法を持っている人間を招致出来れば、其れこそ海の魚を山奥の農村に届ける事だって出来る様に成る」
恐らくは日本人ならば一度は口にした事が有る缶詰の代表格……其れは鯖缶だ。
正式にお連と俺が縁づいて富田藩を無事乗っ取る事が出来た暁には、今の藩主が荒らしに荒らした領地を立て直す手立ての一つや二つは用意して置くに越した事は無い。
富田藩は北は海で南は猪山山塊を含めた山地……と海と山に挟まれた土地で、其の名の通り火元国でも上から数えた方が早い程に富んだ田畑に恵まれた場所だと言う。
しかし今の藩主はそんな豊な土地から上がる米の大半を年貢として取り立て、残る僅かな米すらも酒に加工し納税する様に強要すると言う圧政を働いているらしい。
更には普通は課税対象では無い裏作と呼ばれる作物すら租税だと言って巻き上げているのだそうだ。
其の為、領民は海沿いの者は漁業で得た魚を、内陸部の者は鬼や妖怪を討伐し其の肉をおかずに雑穀を食う生活をして居ると言う。
当然、そんな生活では栄養が足りず病気に成る者も多いし、無理な漁や鬼切りで命を落とす者も少なく無い。
他にも熊爪の従叔父上が弟子にした九郎の様に、養いきれない子供を積極的に死に至らしめる『口減らし』を行う家庭も有るのだろう。
もしも御祖父様の思惑通り領地を奪還する事に成功したとしても、そんな状況から普通の範囲で減税するだけで即座に立ち直るかと言えば、難しいと言うのが俺の予測で有る。
と成れば少しでも領内外に売れる特産品を用意する事で外貨を獲得し、本来推奨されて居る四公六民よりも更に減税しつつ領内の商業を発展させる事で、経済を活発化させる手立てと成ると思う。
本来なら古来より作り続けられて来た『富田の銘酒』と言う武器が有る筈なのだが、其れは今の藩主の悪政の所為で『馬の小便の方がマシ』と言われる程に名を落としてしまっている。
「魚を山奥に……ってだけなら、アンチョビやオイルサーディンなんかも有りじゃないかな? どっちも一応趣味で作った事有るしやろうと思えば加工の指導は出来るよ」
流石は食品科学科卒と言う事か、其れ共流石は海鮮王国北海道民と言うべきか、専門は肉で有っても海鮮に対しても其れ相応の知識は有るらしい。
「他にも秋刀魚の蒲焼とか鯨の大和煮に赤貝の時雨煮なんかも魚介類の缶詰だと有望だよね。魚介じゃぁ無いが成吉思汗の缶詰なんてのも向こうの世界じゃぁ北海道土産として売ってた覚えが有るな」
瓶詰めや缶詰を作る技術さえ手に入れば、中に入れる食材や料理は火元人好みの物を用意すれば良いのだ。
海外研修の際に現地でよく食べられていると言う『ベイクドビーンズ』や『スパゲッティ』の缶詰なんかを口にした事が有るが、正直俺の舌には合わなかった事を覚えている。
けれども日本で市販されて居た管太郎が挙げた其れ等一般的な缶詰は、白飯によく合うおかずで酒の肴にも丁度良い品として、時折自分で買って食う事すら有った。
調理済みの食品が蓋を開けるだけで簡単に食べられる缶詰と言う品は、重さと嵩張る事さえ問題に成らないので有れば非常に優秀な保存食で、食文化が共通している海と山の間ならばきっと有益な交易品に成るだろう。
……此の手の内政チートTUEEEE! の類を自分でやりたいとは欠片も思っていなかったし、やる立場でも無いと思っていたが、御祖父様の策略から悪政を働く大藩の藩主から領地を奪い取ると決まった以上、自分の好き嫌いをどうこう言い続けるのは悪手で有る。
其れに俺の手には大規模百科事典と料理法集が入ったノートPCが有り、賢神の加護を受けた姉と食神の加護を得た姉が居るのだ、概要だけしか知らない現代知識を元に一足飛びの発展を求めるよりも余程容易な筈だ。
他にも外つ国には火元国よりも発展した技術を持つ国が有るのだから、今回の留学中余暇をそうした人物を招致する為の人材探しに使うのも悪い事じゃぁ無い。
只まぁ今の段階では勧誘するにしても、その立場や報酬を保証出来る状況では無いから、飽く迄も良好な関係作りに注力すべきだろう。
そんな将来への展望と言える様な有意義な話をして家へと帰ったのだが……海鮮系の鬼や妖怪は内陸地でも地下迷宮なんかに出現する事が有ると聞いて崩れ落ちるのだった。




