九百十一 志七郎、黒竜倒れ伏すを見て桁外れに呆れる事
大地を揺るがす轟音と共に黒竜の巨体が崩れ落ちる。
「超力! 轟雷! 電撃拳!」
義二郎兄上と其の配下の二人が黒竜の頭上へと登頂を果たし、背負った長巻を目玉へと突き刺すと、彼がそう叫び丸で雷でも落ちたかの様な光と音を響かせると其れで脳を焼かれた様で、彼が見事に討ち取ったと言う訳だ。
流石に異世界渡りの大妖と言えども生物で有る事には変わらない様で、脳を潰されては一溜りも無かったと言う事だろう。
電撃が通るので有れば雷属性の魔法を撃ち込めば良い……と言う様な簡単な話では無く、此の場合義二郎兄上が得物を眼球へと叩き込み其処を通して直接脳に電撃を叩き込んだ事で初めて効果が出たと言う構図で有る。
時属性の吐息を吐く竜とも為れば、其の鱗は先ず間違い無く時属性を宿している訳で、そうなるとほぼ全ての属性魔法に対する強い耐性を持っていると推測される、そうした属性に対する基礎知識が有るからこそ阿我屯も即座に酒をぶち込んだのだ。
此れは飽く迄も推測の域の話では有るが、多分奴の鱗はほぼ全ての魔法属性に対して半減か無効辺りの耐性を持ち、物理に関しては耐性と言うよりは単純に巨体故に分厚い鱗と表皮を貫く事が困難だと言うだけなのだと思う。
と、そう言ってしまうと義二郎兄上だけの手柄の様にも思えてしまうが、彼と共に頭へと登った豚面と虎男も角を掴んで踏ん張る事で首を固定し、振り落とされる事無く必殺の一撃を叩き込む一助と成ったのは間違い無い。
人間砲弾で背に飛び乗った他の侍達は誠に残念ながら大手柄を立て損ねた訳だが……とは言え決死隊として行動した事で其れ相応の評価は受けられるだろう。
「……脳を焼くなんて手口をあの義二郎兄上や豚面が思い付く訳が無いですし、アレは貴方の入れ知恵ですか?」
無事に黒竜が討ち取られた事で、酒の投槍を連射する必要も無くなったので、俺はやっと『以下同文』以外の言葉を口にする。
「入れ知恵って程の事でも無いよ。脳を焼くのは属性付きの竜種を相手にする時の常套手段の一つだからね」
何という事も無いという風に答えた阿我屯の言に拠れば、竜種を相手に真っ向勝負で打ち勝つなんて事が出来るのは本当に一握りの英雄様だけで、『一般冒険者』が其れを倒す為の方法として冒険者組合では直接脳を叩くと言う手法が共有されて居ると言う。
竜種は仔竜と呼ばれる卵から孵ったばかりの個体ですら、並の冒険者では討伐する事すら難しい程の莫大な耐久力を持つ魔物で、成長し脱皮する度に二乗で強く成るのだそうだ。
仔竜の耐久力を十と過程すると小竜に成長した時点で百、其処から更に成竜に成って一万、老竜まで成長したならば一億とか最早馬鹿じゃねぇの……と言いたく成る様な数字に成る計算で有る。
んなもん真正面から馬鹿正直に削り合うとも成ると万の軍勢が出撃して相手をしても、倒す前に全滅する事の方が多いと言うとんでも無い相手な訳だ。
だがそうした竜種も外つ国では老竜に至る個体ですら、決して珍しいとまでは言えない程に有り触れた魔物な訳で、其れを倒す手法は冒険者組合が今の形で成立した頃には確立して居たと言う。
とは言え竜殺しの称号は今でも決して軽い物では無く、万全の準備を整え討伐に向かった冒険者達が依頼を出した村の者達諸共に竜の腹に収まった……なんて話は珍しい話では無いらしい。
なお虎男達の一党で討伐したと言う下位竜は、成長過程での区分では無く種族としての区分で、彼等が倒した事の有る其れは精々成竜までで老竜と言える様な個体を相手にした事は無いそうだ。
「アレが竜種の区分に入る存在で未だ良かったって話だよね。伝承に残る古龍討伐の話や、邪霊獣を退治した話なんかだと肉体は魂の付属物に過ぎないから魂力を削り切るまで倒せないそうだからね」
阿我屯の口にした邪霊獣と言うのは、何らかの理由で狂ってしまい世界に仇成す存在として世界樹の神々から討伐を命じられた霊獣の事だと言う。
世界樹が誕生する以前から此の世界に存在する精霊は、神仙の術……即ち世界樹の管理下に有る者では無く、そんな者達を魂に宿した霊獣は異世界から来る魔物達同様に、神々が問答無用で『削除』とかする事は出来ないらしい。
其の為、邪霊獣と成った者には結構な額面の懸賞金が掛けられ賞金首として冒険者に討伐される対象と成る訳だ。
戦っている内に正気を取り戻し、徒党の中に魔法使いや其の素養を持つ者が居れば、其の場で契約を結ぶ事が出来る場合も有ると言う。
だがそう成らなかった時には、肉体に被害を受けても聖歌に依る回復を受けているのと同様、即座に再生する為其の根源で有る魂力が尽き果てるまで肉体を損壊させ続ける事でしか倒す事は出来ないのだ。
今回出現したあの黒竜は不幸中の幸いと言って良い物か、取り敢えずは真っ当な生物を止めた存在では無く、飽く迄も時の属性を肉体に宿した竜種と言う生き物だったが故に、脳を破壊すると言う手法が通用したと言う訳で有る。
「まぁ目ん玉打ち抜くまでは兎も角、脳を焼く為には其れ相応の準備が必要なんだけれども……ウチの御館様は腕一本で其れが出来るんだからあの義手は竜殺しをする為に有ると言っても過言じゃぁ無いよなぁ本当に」
手法化されて居るとは言っても、竜種を討伐する際には先ずは太い縄の着いた弩砲の矢を何本も撃ち込み拘束し、ある程度動きを止めた上で歴戦の戦士が頭へと登頂して眼球に避雷針と成る専用の槍をぶっ刺すと言う手順を踏むと言う。
其れからある程度高位の雷属性魔法が使える魔法使いが居れば魔法で、其れが居ないので有れば相応の術具を用意して叩き込む事で脳を焼くのだそうだ。
ちなみに竜の脳を焼く為に目玉に打ち込む槍と言うのは先端を真の銀で作り、軸の部分を銀で作ると言う贅沢な逸品で有る、素材の選定は銀が最も電気を良く通す金属だかららしい。
今回義二郎兄上が使った長巻は、強力な妖怪の素材をふんだんに使った刃金で作られた名刀と言って間違いない一品では有るが、竜殺しの槍と呼ぶには少々心許ない品で、阿我屯は其れ目掛けて雷属性魔法を撃ち込んでも倒し切る自信は無いと言う。
つまり義二郎兄上が放った『超力豪雷電撃拳』と言う技は、上位魔法使いの放つ雷属性の大魔法よりも威力だけならば上だと言える一撃だと言う事だ。
「……義二郎兄上の義手ってそんな物騒な物なんですか?」
上位魔法使いと言うのは、少なくとも四属性を組み合わせた複合属性の魔法は勿論、同属性の掛け合わせに依る強力な単一属性魔法をも使い熟す事の出来る者にだけ与えられる称号で有る。
其の中でも名だたる冒険者で有る阿我屯ならば火+火+風+風=雷² の魔法や更に上の威力を持つ魔法を使えても不思議は無いのだが、義二郎兄上の義手が放つ雷撃は同等か其れ以上だと言う事なのだろう。
「御館様の義手に取付けられた宝玉は氣を溜めて雷撃に変換すると言う品でね、宝玉を一個使い潰す覚悟でぶっ放したなら雷³ の魔法と同等の威力が出るんだよ。まぁ遠距離使用は出来ず飽く迄も直接殴る必要は有る分魔法の出番が無く成る訳じゃぁ無いけどね」
雷³ って……雷²ですらお花さんの授業で存在だけは知っていると言う程度の物なのに、其れより更に上の威力を持つ雷撃を近接限定とは言え放てるとか、義二郎兄上の義手は一体どんだけ高性能な逸品なのだろうか?
其れ共、錬玉術が発展していて、其の応用として義肢がある程度一般化して居ると言う北方大陸では、そんなトンデモ無い物が極々普通に誰でも手に入れる事が出来る品なのか?
「それ一般流通して居る様な品なんですか?」
もしもそうならば、北方大陸と言うのは一体どれ程の魔境なのだろう? そう思って恐る恐る聞いて見れば……
「いやアレは北方大陸でも名うての義肢師に錬玉術師が、希少な素材を馬鹿みたいに突っ込んで作ったとんでも無い逸品だよ。同等の品を銭で購おうと思ったら多分百万両有っても足りないんじゃぁ無いかな?」
……百万両って、日本全国を電車で巡って物件を買い漁る電子遊戯の様な単位の数字が出てきたな、んなもんを個人で有している義二郎兄上はやっぱり小普請組で収まる器じゃ無いだろ。
そんな呆れ混じりの感想を思い抱きながら、俺は倒れ伏した黒竜の側で勝鬨を上げる義二郎兄上に合流する為、四煌戌の腹を蹴るのだった。




