九百十 志七郎、人間砲弾を見やり魔法使い合流する事
黒竜の背に向かって天から降り注ぐ義二郎兄上を含めた侍の群れ……そんな前世に見た荒廃した世界で拳法家が世界を救うと言うアニメ宛らの光景が目の前に広がって居た。
……多分、実際この戦法も向こうの世界から来た者が、あの作品から強い影響を受けて編み出した物なんじゃぁ無いだろうか?
確か元のアニメでは大砲に人間を詰め込んで火薬でふっ飛ばして居た筈だが、幾ら氣と言う超常の能力を持つ侍とは言え、大砲の中で火薬の爆発を諸に受けりゃ怪我をせずに済むのは極々一部の超人に片足突っ込んでる連中だけである。
けれども今、空から降ってきている何人もの侍達の中で、其処まで図抜けた達人と呼べる程の者は両手の指で足りる程の筈なので、どう考えても飛ばす為に使われているのは火薬では無いだろう。
事実、氣を纏う事が出来ない義二郎兄上の所の虎男や阿我屯もが空を跳んで居る辺り、使われているのは先ず間違い無く投石機で射出したと見るのが正解の筈だ。
と言うか、虎男と阿我屯は落ちてくる速度が周りの者達より遅い所を見る限り、彼等は時属性の魔法で有る『落下制御』を使っているんじゃないか?
まぁ二人は氣を纏えない以上は、能力を強化してのゴリ押し着地が出来ないのだから、其の分を魔法で補うと言うのは間違いじゃぁ無いのだろう。
ただ……俺同様に後方から魔法をぶっ放して居る方が圧倒的に戦力に成るだろう魔法使いの阿我屯が態々黒竜の背中へと跳んでいる事に疑問が有る。
「成程、此の臭いから察するに奴には酒が効果的って訳か……つまり毒属性半減辺りの耐性を持っているって所かな?」
色々と突っ込みたく成る光景を見ながら俺は只管に酒の投槍の魔法を黒竜の口に向けて連射しながら、台場近くへと誘導し続けていたのだが、唐突に真後ろからそんな台詞が聞こえて来た。
その声の主は本の今まで空を舞っていた筈の阿我屯で、何時の間にやら四煌戌の鞍に二人乗りする様な形で跨っていたのだ。
彼は虎男を無事黒竜の背中に着地させる為に一緒に跳んだのか……んで其れが終わったから『転移』の魔法で此方に来たのだろう。
「以下同文! 以下同文! 以下同文!」
返事をしてしまうと改めて魔法を詠唱し直さなければ成らない事を考え、俺は其れにただ頷く事で応じた。
「我が契約の精霊……清廉なる蒼きウンディーネ、雄大なりし黄のノーム、其の力を併せ紫の力を成せ! 酩酊誘う酒精を我が右の掌に! 手を閉じるまで連ねて放て酒の連射弾」
お花さんには及ばない物の大魔法使いと言って間違いない実力者で有る上位魔法使いの阿我屯は、其れだけで俺の意を汲んでくれた様で即座に呪を編み掌から無数の酒弾を連射する。
連射弾と言う魔法はお花さんから写させて貰った呪文書の中には無かった魔法だが、此れは多分流派の違いだとか、阿我屯が自ら編み出した魔法だとかそうした類の物なのでは無かろうか?
連射と言う言葉に相応しい其の魔法は、一発一発の酒量は酒の投槍よりも大分小さな物では有るが、間断無く放たれる分一度口が開いた時に中へと飛び込む量では恐らく俺より多い様に思える。
この辺は俺の放つ酒の投槍で奴の口を開く効果は十分と判断した上で、短い好機の間に可能な限りの量を呑ませる為に連射速度を優先した……とかそう言う判断なのだろう。
「『以下同文』は便利では有るけれども、仲間との意思疎通の会話まで出来なく成るのが不利益だね。気心の知れた仲間との共闘なら手信号や視線だけでも通じるんだろうけれども、こう大規模な戦いじゃぁ割と無視出来ない要素だ」
どうやら阿我屯の使っている連射弾の魔法は、詠唱の言葉に含まれていた『手を閉じるまで』と言う指示語の通り、掌を握りさえしなければ再詠唱の必要も無く連射が続く様である。
「以下同文! 以下同文! 以下同文!」
対して此方は一度でも別の言葉を発してしまえば、改めて詠唱し直さなければ成らないと言う点で、彼の言う通り不利益と言えるだろう。
兎にも角にも彼の参加で奴に呑ませる酒の量は倍以上に増えた訳で、黒竜の足取りが少しずつでは有るが怪しく成ってきた。
けれどもその所為で奴の背中に乗り込み急所を探し鱗の隙間に得物を刺して居る者達が、揺すぶられて落ちない様に突き刺した得物にしがみついて居る始末で有る。
そんな中でも変わらず動いて居る者が三人……そう義二郎兄上と豚面に虎男だ。
投石機で飛ばされ竜の背中に乗り込む事が出来る者達なのだから、あの高さから落ちても万が一の事も無いとは思うのだが、だからと言って揺れる場所で安定して動くと言うのは生半可な体幹で出来る真似では無い。
いや恐らくはしがみついて居る者達も、冷静に成れば同じ様な事は出来るだけの実力者なのだろうが、地震よりも派手に動き回る足元の場所で軽やかに飛び回るあの三人が異常なだけだろう。
どうやらあの三人は適当に逆鱗を探して突き周る様な真似はせず、一路頭を目指して居るらしい。
義二郎兄上の家臣と言う枠で言うならば望奴も居ても不思議は無いのだが、多分彼は錬玉術師として台場の砦で怪我人の手当に必要な霊薬を作っているのでは無かろうか?
虎男も義二郎兄上や豚面に殆ど遅れる事無く揺れる背中を渡り、首辺りに取り付いて登り始めているのだが……本当に氣が使えないんだよな?
火元国に来てから御祖父様辺りの指導で錬風業でも身に付けて、氣を纏う事を覚えたとしか思えない様な身の熟しなのだが、熟練の冒険者と言うのは超常の能力無しで彼処まで極まる物なのだろうか?
うん、此の一件が終わって西方大陸へと旅立つ前に時間が取れたら、俺も一度手合わせしてもらおう。
あの巨大な黒竜も二人掛かりで放つ酒魔法の効果が大分現れて来た様で、そろそろ完全に千鳥足と言った様子で足元が覚束ない状態へと陥って来た。
そうなると足元で進行を食い止めようとして居た侍達も防戦から攻撃へと動きを変え、腹や尻尾を斬り付け始める。
とは言えその殆どは分厚い鱗とその下の皮に阻まれ被害らしい被害は与えられて居ない様で、血の一滴すら流れた様子も無い。
「流石は老竜級の魔物だね。北方大陸に棲息する生半可な竜とは比べ物に成らない程の防御力が有るみたいだ」
火元国には棲んで居ない竜種の化け物だが、東西南北四つの大陸や海では其れ也に居る物らしく、阿我屯や虎男も下級竜位ならば何度か討伐した事も有るらしい。
竜種と呼ばれる化け物の強さを図るには其の種族も然る事ながら、どれ程長く生きた個体なのかと言うのも重要な要素に成るそうで、老竜と呼ばれるのは森人よりも長く生きた古い個体で、古龍を除けば最強格の魔物と言えるそうだ。
ちなみに古龍と呼ばれる存在は此の世界に四体しか居ないと言われており、其の強さは並の神仙をも凌駕すると言う。
んなもんと契約し其の能力を一部とは言え借りる事が出来るのだから、お花さんが世界中を見渡しても上から数えた方が早い強者と成るのも当然の事と言えるだろう。
そんなお花さんが居たならば、もっと楽にアレを倒す事が出来たのだろうが、残念ながら彼女は今、俺達の留学に関する根回しの為に西方大陸に有る精霊魔法学会に行っていて火元国には居なかったりする。
この辺は妖刀使いに堕ちた河東 丙の運が良かったと言う事か、其れ共江戸に住んで居り被害に有った者達の運が悪かったと言う事か……。
居ない者の事を考えて嘆いて居ても結果が好転する訳では無いので、今居る者達で最善を尽くすしか無い。
「以下同文! 以下同文! 以下同文!」
そう判断し俺は我武者羅に酒の投槍の魔法をぶっ放すのだった。




