八十 志七郎、世界の中心で\(^o^)/と叫ぶ事
夕食を取り終えた後、難喪仙と俺は二人だけで他言無用の話をする為のあの離れへとやってきた。
この部屋は神仙の術以外の全てを遮る事が出来るらしく、扉を閉ざしてしまえばおミヤも中の様子を伺う事は出来きず、二人だけでそこに入るという事に家族の皆が反対した。
俺を心配してという事もあるが、それ以上に我が家の敷地内で彼を監視する目が無く成るのを危惧しての事である。
決して家の家族が薄情だという訳ではない、前世に比べて命というものが軽いこの世界、特に武家に置いては個人の命よりも家の方が重いのだ。
それでもこうして二人だけで向かい合っているのは、彼が『自分が何かやらかせば黒虎仙の面子を潰す事になる』と言った事で、一定の信用をしたからだ、面子は家の次に重いのである。
それでも扉の前には義二郎兄上が詰めている、万が一中で何か有った場合に踏み込み難喪仙を制圧するためだ。
「まったく、浮世は色々とめんどくせーお」
「しかし、よろしいのですか? 猫仙人はこの件に関わる事で、神に睨まれるかも知れないと言っていましたが……」
「黒虎仙は気が小さ過ぎるんだお、個人情報を開いたり書き換えた位で消されるなら、オラはとっくに生きてねぇお」
聞けば彼は一日3回、腹が減る度に自身の情報を書き換えているが、それで神から警告なり何なりを受けた事は無いそうだ。
「それに他人の情報を開くのがアレなら、お前さんが自分で開く分には角は立たねぇお」
「自分でって、俺は世界樹にアクセスなんか出来ませんよ?」
「なぁに。お前さんとオラの魂をぶっこ抜いて、直接世界樹に繋ぐだけだ。そんな難しい話じゃねーお」
魂をぶっこ抜くって、それ結構大技だと思うんだけれど……。
「こんな簡単な事で神に成れるかも知れねぇんだから、そら見逃す手はねぇって話だお」
「難喪仙は神に成りたいんですか? 猫仙人は神に成って働くのは嫌だって言ってましたけど」
彼について殆ど知らないが、それでもこの短い間でも解ったことは有る。
彼はかなりの面倒臭がりであり、そのあり方は前世で言う所の引篭りやニートに近い物に思える。
それが、言うならば『神』に『就職したい』と言うのは一寸解せない物がある。
「流石に三百年もごろごろしてるのにも飽きたお。それに失敗したら失敗したで、来世から本気出せば良いだけだおー」
だが彼はいい笑顔でそう言い切った、内容は兎も角本人が納得しているならば、まあ良いか。
難喪仙の術に身を任せ、肉体を脱ぎ捨て魂が引かれるままに流されていく、大地を走る力の奔流に乗り、俺と難喪仙の魂は体感にして殆ど一瞬と言って良い程度の時間で目的地へとやってきた。
「これが世界樹の中ですか……」
目の前には荘厳な神殿、純白の大理石で築かれたまるでギリシアのパルテノン神殿の様な建築物が立っている。
そしてそれは目の前の1つだけでは無く、見える限りでも数えるのが馬鹿らしく成るほどの数が立ち並んでいる。
その後ろには雲一つない空だけが広がっているので、最初は山の上にでも建っているのかと思ったのだが、よくよく見れば俺達が立っているのは地面では無く、巨大なあまりにも巨大過ぎる木の枝であった。
大社様や難喪仙のアクセスする様子から、もっとデジタルでSFな雰囲気をイメージしていたのだが、予想に反して幻想的な光景だ。
「だお。此処は世界樹の中に作られた魂だけの世界、空も足元の木も本物とは一寸違うらしいお」
そう答えた難喪仙を振り返ると、そこにはあの巨体は無く精々30センチ位の大きさの三頭身にデフォルメされた彼が浮かんでいた。
「随分と可愛らしい姿ですね……」
「オラはお前さんと違って、魂の大半を身体に残してきてるお。全部出しちまうと帰れねーお」
聞けば難喪仙は俺のナビゲートをする為だけにこの場に居り、何か問題が有った場合には俺の魂を引っ掴んで強制的に肉体に戻す、そんな準備をしているのだそうだ。
この場に不案内な俺は、目の前をフワフワと飛ぶ難喪仙の後を付いて建物へと足を踏み入れた。
その中には只々巨大な本棚が延々と並ぶ不思議な空間だった。
外から見た建物の大きさと、見える限りでもその広さが食い違っており、本棚の高さは天井すら見えぬ程で、奥行きは何処まで続いているのかも解らない。
「此処が個人情報集積場だお。此処にはこの世界に生きる全ての生命の情報が有るんだお」
火元国だけでは無く、東西南北の四大陸、世界の中心にある世界樹諸島その全てに生きる人類、そして動物達や幻獣等、この世界の生きとし生ける物その全てはここに記録されているのだそうだ。
それこそ蟻の一匹まで網羅しており、一つの命に対して一冊の本が有ると言うのだから、その量は計り知れない。
「この中から探すのですか……?」
余りにも膨大な量があり、その中から目当ての一冊を探すと言うのであれば、どれほど時間が掛かるか判った物ではない。
「流石にそんなめんどくせー事しねーお。あっちにある受付で情報を出してもらえば良いんだお」
「受付って……、良いんですか? 俺達は言わば不法侵入者でしょう?」
「受付に居るのは神じゃなくて、言われた通りに動くだけの作り物だから問題ねーお」
難喪仙に依ると、世界樹の膨大なデータ量に対して神の数は圧倒的に足りず、その大半はNPCとでも言うべき存在によって自動化されているのだと言う。
ただ、それらNPCを利用すると利用履歴がはっきりと残る為、後ろ暗い事をする時には決して使わず、自力でその情報がある場所へとたどり着かねば成らないのだそうだ。
今回は俺自身が俺の情報を開くと言う、誰憚る事無い事なのでそのまま使えるシステムは使うと言う事らしい。
「まぁ、問題が無いならさくっと済ませましょう」
言われた通り受付へと向かうと、そこにはタイトスカートにベスト、エプロンと言う、当に司書と言った服を着た、顔の無いデッサン人形の様な物が居た。
うん、アレは確かに自意識のある存在には見えないな。
「俺自身の情報を見たいのですが……」
人形に話しかけるのはアレな人の様で一寸抵抗は有ったが、意を決してそう言うと、
「ハイ……自己情報ノ開示デスネ……該当情報ヲ発見シマシタ、該当書架へ転送シマス」
そんな返答とともに、足元に光り輝く魔法陣が現れ、そして風景が書き換わる。
先程までは超巨大図書館といった風情だったのが、今見えるのは巨大な一対の石像と、それに守られる様にして置かれた一冊の本。
たった一冊の本の為に有るとは思えぬ程巨大な部屋は、その石像が暴れるのには十分な広さが有るように思える。
「……なんか、物凄く嫌な予感がするのですが」
「此処、世界樹の枝じゃねーお。座標情報が見たことねぇ数値だお!?」
これは猫仙人の危惧した通り、罠にハマったと言う事だろうか?
身長10メートル程の大きさの石像2体、一郎翁ならば兎も角今の俺には勝てる見込みは全く無い。
幸い未だに動き出す様な様子は無いが、あの本に手を出せばその限りではないだろう。
「難喪仙、これは無謀過ぎると思います、引きませんか?」
「そうしたいのは山々なんだけど……現在位置から身体に戻るルートが封鎖されてるみたいだお……」
「それって、完全に罠じゃないですか!?」
「まぁ、来世から本気出せば良いんだお……」
「いや、俺は未だそんなに達観できるほど生きてませんから!?」
完全に混乱している俺と、器用に空中に正座し茶を啜る難喪仙。
ああ、俺の人生は此処で終わってしまうのか!?




