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大江戸? 転生録 ~ファンタジー世界に生まれ変わったと思ったら、大名の子供!? え? 話が違わない? と思ったらやっぱりファンタジーだったで御座候~  作者: 鳳飛鳥
神仙そして覚醒 の巻

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七十九 志七郎、新たなる古き妖と出会う事

「もし、貴殿は我が藩に何か御用でござろうか?」


 ぱっと見る限りでは武器らしき物を身に着けている様子は無い、だが暗器――仕込み武器の類を仕込んでいる可能性は有る。


 俺は相手の一挙手一投足に最大限に気を配りつつ、まだ十分に遠いと言える間合いからそう呼びかけた。


「お? お前さんはこの家の子かお? オラぁ黒虎仙こっこせんに紹介されて来たもんだお」


 すると男はそう言いながら此方を振り返る、背中から突然声を掛けたのに驚く様子を見せない事から、俺が近づいていた事に気がついていたと解るが、むしろ驚いたのは彼の顔を見た俺の方だった。


 赤ら顔と言うには一寸赤すぎる殆ど真紅と言って良い肌の色、長く長く伸びた高い鼻、その見た目は前世まえでも有名なある妖怪――天狗その物だった。


「オラは魔蔵まくら山の難喪仙なんもせんちゅーもんだ、ご当主様に取り次いでくれお」


 書庫で読んだ書物では天狗、特に鼻高天狗は妖怪の中でもかなりの大物であり、そうそう人里に降りてくる事は無い、だが決して人に対して敵対的な種族では無く、天狗に武芸を師事した武将の話などが多数残っていた。


 その本に依ると確か魔蔵山の大天狗は、初代将軍太祖家安公に武芸を教授した伝説の存在である、軸の通ったその立ち姿と言い、振り返った際の動きと言い、一片の隙すら見受けられず、恐らくは目の前の彼がその大天狗本人なのだと思う。


 基本的に正面からやってきた者であれば取り次ぐ事事態に問題は無い、会うかどうかは父上が决める事である。


 だが、俺は彼の事を直ぐに取り次ぐ事に抵抗があった。


 正直、臭いのである。


 いったいどれほど長いこと風呂に入らず、着物を洗っていないのか、十分に距離がある今でも饐えた様な臭いがするのだ、前世のホームレスでもここまで臭いはしなかったと思う。


「……取り次ぐのは吝かでは有りませんが、その前に湯屋で旅の垢を落としていらしてはどうでしょうか?」


 これほど汚いと湯屋――銭湯でも入店拒否されるかも知れないが、それでもこの状態のままでは家に上げる事は出来ないだろう。


「お? お? オラぁ汚ねぇかお? そーいや此処暫く誰にも会わねぇから、手ぇ抜いてた気がするお」


 控えめな表現でそれを指摘すると、難喪仙と名乗った天狗は苦笑いを浮かべそう言いながら頭を掻く。


 そしてフケすら落ちぬ程に脂ぎってベタベタの髪の毛にいまさら気付いたのか、自分の手を見て驚いた表情を見せた。


「うわぁ、こりゃお前さんの言う通り人に会う状態じゃねぇお。髪の毛がこんだけ汚ねぇって事は着物ももしかしてヤバイかお?」


 襟元を引っ張りクンクンと着物の臭いを嗅ぐが、俺ですら解るこの臭いに気がついていないのだ、その高い鼻は馬鹿に成っているのだろう。


 臭いを嗅ぐまでもなく、見た目の時点でかなり汚いのが解るのだが、彼自身はそれに気付いて居ないのだろうか?


「正直に申し上げて、人と会う装いとは言えないかと思います」


 彼の言葉を信じるならば相手は仙人である、階級としては武士よりも上だ、だが無礼だとは思うが世辞を言って取り繕うのも違うだろう。


「うーん、しょうがねぇお。まずは綺麗にしねぇとアカンおね。せっかく紹介してくれた黒虎仙の顔を潰すのもマズいお……」


 彼の表情は人間のそれと殆ど変わらず、またそれを隠そうとしている様子も無い事から俺でも読み取る事が出来る、その顔には面倒臭いとはっきりと書いてある。


世界樹ユグドラシル個人情報パーソナルデータ集積場サバー接続アクセス……、個人情報パーソナルデータ改変開始……汚れの削除……完了。続いて装備品情報改変開始……製造年月日の書き換え……完了」


 一つため息を付いた後、彼は両手の指を絡ませ印を結ぶと、目を閉じそして唱えだした。


 口にする内容の通り、見る間に臭いは消え髪もサラリと流れる様になり、染みだらけだった服も元の色を取り戻していく。


 ……仙人の術って、下手な使い方をすれば神々に睨まれるって猫仙人は言っていたと思うのだが、こんな使い方をして良いのだろうか。




「お、お、三百年ぶりの飯だお? 夕食までご馳走に成って申し訳ねぇお」


 綺麗に成った彼を父上に取り次ぐと、ちょうど時間的にも夕飯時だった事もあり、そのまま夕飯に招かれた。


 ちなみに今夜の夕飯は、大根と鳥の煮物、鯖の塩焼き、ほうれん草と滑茸の和物、しじみの味噌汁、雑穀飯である。


「仙人様に供する物としては質素過ぎるやも知れませぬが、我が藩は一万石少々の小藩故ご寛恕下さいませ」


「これで質素って、時代は変わったもんだおー。オラこんな美味い物食ったことねーお。こんなに美味い物が食えるならもっと早く山を出れば良かったお」


 並んで上座に座る父上の言葉に、彼は膳に並んだ料理を一つ一つ目を輝かせて味わいそう応えた。


 確かに我が家の食事は美味いが、今日の献立は庶民でも普通に食される程度の物であり、父上の言う通り仙人という上位者を歓待するには質素過ぎると言えるだろう。


 だが彼はそれを美味そうに目を細めて味わっている、その様子を見る限りでは十分に満足してくれている様に見える。


「仙人様は普段どのようニャ物を召し上がって居られるのですかニャ?」


 そう問いかけたのは、今夜の料理の大半を拵えた睦姉上だ。


 無論彼女一人で全てを作っている訳ではないが、此処最近はかなり料理の腕を上げたらしく、厨房仕事の大半を取り仕切る様に成っているらしい。


「お? オラは普段はなんも食わねーお。仙人の術を使えば飯を食わなくても生きていけるんだお」


 『仙人は霞を食って生きている』なんて伝承も有るが、彼に言わせればそれすら必要ないらしい、たぶんさっきの様に世界樹にアクセスして空腹とかその辺のデータを書き換えているのだろう。


「仙人に成る前は、鹿とか熊とか木の皮とか山に有る物を適当に食ってたけどあんまり美味い(もん)じゃねぇから、術で済ませる様に成ってからは食うとか考えて無かったんだお。でも、こんな美味い物なら飯も良い物だおー」


 どうやら、さっき言っていた三百年ぶりの飯と言う言葉は比喩でも何でも無いらしい。


「美味い飯を食うことは生きる上でも上位に入る重要な事柄とそれがしは思うのでござるが、それをせぬ様に成るのであれば仙人に成るのも良し悪しでござるな」


 味噌汁を啜りながらしみじみとそう言うのは義二郎兄上、兄上は伝説級の武人でもある彼に対して初対面から手合わせを所望したのだが、それに対して「めんどくせーお」の一言でスルーされている。


「本当にその通りだお。今思えば家安が勧めてくれたのも、美味い物だったのかも知れねーお」


 彼の話では弟子と成った家安公は、山の中で修行している時も食べ物を勧めてくれたらしいが、それらは山の中で手に入れた自分が食い慣れた物だったので、それらを好まない彼は全てを辞退していたのだそうだ。


 難喪仙は食べ物を全てそのまま生で食べて居たのだが、思い返してみれば家安公は煮たり焼いたりと手を加えた、十分に料理と呼べる代物だったらしい。


「食事が不要ならば、仙人様と言うのは一日をどの様に過ごすでおじゃるか?やはり修行の毎日でおじゃろうか?」


 そんな疑問を口にしたのは信三郎兄上である、術者として武士として修行の毎日を過ごす兄上としては、そのどちらとしても名高い魔蔵山の天狗に肖りたいのだろう。


「ここん所は特になんにもしてねーお。あんまり暇、暇言ってたら黒虎仙に今回の話を紹介されたんだお」


 曰く、何もしていないと言うのは比喩でも何でもなく、山奥の穴蔵の中で、仙人同士のやり取りをする世界樹の隙間へアクセスする以外の時間、その大半は寝てるだけだったらしい。


 ……ネット中毒の引きこもりか。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほどこれは確かになんもせん
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