六十七 志七郎、神と対面し根幹に触れる事
「いや~、ソーリーソーリ。ミーが火元国を離れている間にゾンビ・マスタを倒してくれた猪山藩のファミリーだからね、しっかりとウェルカムの準備がしたかったんザンス」
十分程待たされただろうか、そう言いながら出迎えてくれたのは緋色の袴に白い衣の、所謂巫女装束に身を包んだ色白の綺麗な狐だった。
まぁ、色白というか白い毛皮と言うのが正しいだろうか?
露出しているのは首から上だけで、手足すらも手袋に足袋で覆われているので、その下も同様の毛色かは解らないが、少なくとも見えている部分は混じり毛の無しの純白である。
その後ろには同様に緋袴、青袴の狐達が控えているがその毛色は文字通りキツネ色で、純白の彼女が――服装と声色から察するに恐らく女性である――特別な存在であることはひと目で理解できた。
「お久しゅうございます大社様、ご無事のご帰還お祝い申し上げます」
「本当にセーフティにゴーホーム出来て良かったザンス。ミーも藪からスティックに呼び出されてサプライズドゥしたザンス」
「中央の、高位の神々に呼び出されるとは……大社様もお忙しい中態々当家の為にお時間を割いて頂き申し訳有りませぬ」
「ドントウォーリーザンス。ミーは神の中では下っ端も下っ端ザンスからね、チンで使われるのはフェイトザンス……。ここだけの話、外つ国の事とはいえゴッドキリングが有ったんじゃノットジンジャーザンスよ」
「神殺しとは穏やかでは御座いませんな。神に刃を向けるだけでも不敬だというのに……」
「トゥルーザンス。軍神や戦神ならば正々堂々のデュエルの結果と言う事も有るザンスが、今回キリングされたのは情報神ザンスからね普通はダイイングする事なんか無いはずザンス……」
俺と兄上は大人しく父上と大社様の会話を聞いているのだが、二人は大社様のこの怪しげな英語交じりの言葉を全く気にする様子は無い、以前も会った事が有るため慣れているのかとも思ったが、それにしては父上の相槌に違和感がある。
大社様は『ゴッドキリング』と言ったのを、父上は態々『神殺し』と言い換えているのだ。
今まで俺が偶に前世の癖が出て外来語を口にしたりした時には、奇妙な顔をされたり聞き返されたりした事を考えれば、おかしな話である。
「さてそろそろ本題にインるザンス。レターで言ってたのはそこのボーイザンスね」
考え込んでいたのはそう長い時間では無かったはずだが、どうやら父上との話は終わったらしく、大社様はそう言いながら俺へと視線を向けた。
「ナイストゥーミーチューザンス。ミーがこの大社を預かる狐神紺命居也ザンス。ワッチュアネーム?」
「猪山藩藩主猪河四十郎が子、猪河志七郎と申します」
……笑わずにそう形式通りの返答が出来たが、きっと俺の顔は引き攣っていただろう。
ただでさえ顔に出やすいと自覚しているこの幼い身体である、今まで吹き出すことこそ自重出来ていたが、それ以上の事は求めないで欲しい。
これが原因で大社様を怒らせる様なことに成らない事を祈りながら彼女を見返す。
「んー、ユーはミーのトークがクリアにヒアリング出来てないみたいザンスねぇ」
特に気を悪くした様子無く彼女が説明してくれたのだが、神々の言葉というのは聞く側が知性有る生き物ならば、基本的に自分が理解できる言語に変換されて聞こえるのだという。
そしてそれと同時に神々はあらゆる言語を細かいニュアンスも振り落とす事無く理解できるのだそうだ。
それは相手の思考を読むとかそういう特殊な能力、と言う訳ではなく神と呼ばれるものならば全てが持っている基本的な能力らしい。
ではなぜ俺には彼女の言葉が妙な英語混じりの怪しげな物に聞こえるのだろうか?
「レアリーに居るんザンスよ。まぁバグザンスね、パッチ当てれば済む話ザンス。ユーのデータ照会するついでに処理するザンス」
……バグとかパッチとか、人の頭をコンピュータか何かの様に言う彼女の表情は、獣の形をしている事を差っ引いても、人間らしい情緒が無くやはり人外の存在である事がまざまざと感じられた。
「サクサクっとプロセッシングするザンス。一寸チクっとするザンスよ―」
俺の考えを他所に彼女はするりと薄絹の手袋から白魚の様な人の手その物の右手を抜きだすと、鋭く尖らせたその爪を俺の額に軽く突き刺す、そして
「世界樹、修正ファイル集積場へ接続。該当人物に適用可能な修正ファイルを検索……該当2件『対神コミュニケーターSys』『error不正なファイル名が設定されています』」
その口から流れ出るその言葉、声は明らかに先程までの彼女の物ではなく、妙に機械的に聞こえる。
「『対神コミュニケータSys』をダウンロード……完了、該当ファイルを適用……完了。『error不正なファイル名が設定されています』をダウンロード……error、現在のログインIDではこのファイルにアクセスする権限が有りません……」
いや、これは本当に機械的に何かを処理している様にしか見えない。
「『error不正なファイル名が設定されています』をダウンロード……error、現在のログインIDではこのファイルにアクセスする権限が有りません……修正ファイル《パッチ》集積場へ接続を終了します……」
修正ファイルとやらの処理はどうやら終わったようだが、俺自身には特に何の変化も感じられない。
「続けて、個人情報集積場へ接続。該当人物の個人情報をダウンロード……error、現在のログインIDではこのファイルにアクセスする権限が有りません」
いや……お社様の言葉は機械のようなそれである事は変わらないが、彼女の顔が今までの獣面から人間のそれへと変わっている。
彼女の後ろに控えている他の狐達には変化が見られないと言う事は、恐らくは『対神コミュニケータSys』とか言う物によって神である彼女にだけ変化が出たのだろう。
「該当人物の個人情報をダウンロード……error、現在のログインIDではこのファイルにアクセスする権限が有りません。個人情報集積場へ接続を終了します……ってなんザンスかコレは!」
あ、ザンスは修正後も残ってるのか。
「いやー困ったザンスねぇ……。この子の情報はわたくしよりも随分と高位の神によって保護指定が成されている様子。概要情報は兎も角、詳細情報はわたくしでは読み取れないザンス」
俺の額から手を引き、側に控えていた狐にその手を拭かせながら、大社様はそう言って一つため息を付く。
「と言うと、この子がどの系統の術に才があるのかは、お解りには成りませぬか?」
「少なくとも直ぐには解らないザンス。今回は世界樹の方でも色々と厄介事が起こってたから、それに絡んで色々と不具合が出てる可能性も有るザンス。一応問い合わせもしてみるけれど、わたくしより上の権限を持った神に会うのが早道ザンスね」
「もしくは、仙人に頼るか……ですかな? 高位の神々と我らが会うこと等、早々出来る事では御座いませぬし」
「わたくしの立場ではそれを肯定することは出来ないことはお解りザンショ」
父の言葉に彼女は軽く肩を竦めながらそう答えた、それは言外に肯定している以外の何物でもないだろうに。




