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大江戸? 転生録 ~ファンタジー世界に生まれ変わったと思ったら、大名の子供!? え? 話が違わない? と思ったらやっぱりファンタジーだったで御座候~  作者: 鳳飛鳥
関所を越えて江戸に入る の巻

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六百七十七 『無題』

 猪山のお屋敷で寝起きする様に成ってから二月程の期間が流れ、俺もそろそろ此処での生活に慣れてきた気がする。


 そうして今日も日の出より早く起きたら、自身の身の丈と同じ位の長さの棒を手に訓練場へと向かう。


 武勇に優れし猪山の……と謳われる此処では、俺の様な下働きの下男も、最低限の武芸は身に付ける様にと、御殿様に言われているからだ。


 太刀や槍、(まさかり)に薙刀等々、此処で暮らす様に成ってから様々な武器を試して見たがどれもしっくり来ず、唯一手に合ったのが今手にしている棒だった。


 幸い猪山藩の武芸指南役のお侍様は棒術も出来る人だったので、彼に教わって基本的な身体の動かし方と、武器を使った形はある程度身に付いて来ているとは思う。


 ただ問題が有るとすれば俺には氣を纏う才能は無いそうで、指南役様も御師匠様もその分は錬玉術をきっちり学んで、霊薬や術具で補う様にと言われている。


 まぁ親父や其の仲間だった人達も、氣を扱う様な能力も無ければ、何らかの術を扱う事も出来ない只人の身で有りながら、鬼切り者として女房子供を養うだけの稼ぎを得ていたのだから、彼等に比べたら俺は贅沢な部類だと割り切るしか無いだろう。


 と、そんな事を考えている内に稽古場には、猪山藩士の皆様が殆ど勢揃いし、思い思いの稽古を始める。


 多くの者は打ち込み稽古を始める前に股割りをして、寝ている間に固まった身体を解す所から始めているし、当然俺も其れに倣って身体を伸ばす。


 御武家様とは違い常日頃からこんな稽古なんてして来なかった俺は、子供なのに身体が固いと初日に無理矢理伸ばされて、地獄の様な激痛を味わったが、一度伸ばしてしまえば後は再び固まらない様に忠実(まめ)に伸ばして居れば問題は無い。


「鈴木様、今日も宜しくお願いします!」


 そうして身体を伸ばしながら待っていると、少し遅れて指南役の鈴木様がやって来たので、彼に深々と頭を下げてそう挨拶し直ぐに棒を構えた。


 実戦に始まりの合図は無い……流石に挨拶をしている間に攻撃される事は無いが、頭を上げたならばその時点から稽古は始まっているのだ。


 鈴木様が手にした木刀を構えると同時に、俺は棒のほぼ中心辺りを両手でもって、軽く身体の横で回転させてから下から顎を目掛けて跳ね上げる。


 最初の一月は柔軟や受け身、そして形を中心とした稽古だったが、最近はこうした実戦さながらの打ち込み稽古が中心だ。


 当然、俺程度の腕前で鈴木様の防御を打ち抜く事なんか出来ないが、どちらかと言えば攻撃しつつも隙を作らない立ち回りを覚えろと言われているので、其れを為す為の打ち込み稽古である。


 下手な打ち込みをして隙を作れば、怪我をしない程度に加減された……其れでも十分痛い一撃が飛んでくるし、だからと言って腰の引けた攻撃を行えば、棒を弾き飛ばされやっぱり痛い一撃を貰う事になるのだ。


「ふむ……棒術の基礎が出来て来たな。私から見れば隙は未だまだ有るが、自衛の為の技と考えるならば其れなりの練度と言えるだろう。お前の決め手は棒術では無く飽く迄も錬玉術で生み出される術具や霊薬だ。次は懐に石でも仕込んで隙を見て投げる稽古をしよう」


 暫く打ち込み稽古を続け、そろそろ息が切れて来た頃、鈴木様がそんな言葉を口にしながら、俺が打ち込んだ棒を自分の棒で巻き込む様にして跳ね飛ばす。


「はい! 有難う御座いました!」


 追撃は無かったので痛いのを一発も貰う事は無く、代わりに稽古を次の段階へと進めると言う有り難いお言葉を頂き、俺は改めて深々と頭を下げて礼の言葉を口にする。


「なに、術具の扱いや霊薬の事に関しては俺では教えられん。お前に期待されているのは錬玉術師として練達する事だ、智香子様の教えをしっかりと受け精進するのだぞ」


 棒術は飽く迄も身を守る為の余技で、俺が真に学ぶ事を期待されているのは、鈴木様の言葉通り錬玉術だ、其処を取り違えるなよ? と彼はそう言っているのだろう。


「はい! 猪山藩の皆様や御師匠様の期待に応えられる様に精一杯努力します!」


 頭を上げる事無くそう応えを返すと、鈴木様は満足そうに一つ頷いて踵を返す、こうして今朝の稽古は終わりを告げたのだった。




 朝稽古が終わったら次は母屋の下働きの方々と一緒に、御殿様の御家族と家臣の皆様が食う飯の世話だ。


 とは言っても料理を作る訳では無く、配膳を手伝ったり、お代わりを所望された方の分を運んだりと、本当の意味で下働き仕事である。


 そうして武士の方々の食事が終わったら、やっと俺も朝飯にありつく事が出来るが、其の内容は其処等の煮売り屋で買う物とは比べ物に成らない位に美味い。


 基本は武士の皆様が食べた余り物なのだが、質は当然御武家様の口に入る前提で作られている物なので上等な物だし、量も余らせて捨てる程では無い物の下働きの者達が全員腹八分目と言える程度は十分に有る。


『美味い物を腹一杯食えば人は取り敢えず幸福に成れる』と言うのは死んだ父ちゃんの口癖だったが、此処で俺はその言葉を実感する事が出来ていた。


 そうして朝飯を済ませたら、ゆっくり茶を頂く様な暇も無く、直ぐに午前中の仕事に入らなければ成らない。


 仕事の内容はその日に依って多少差は有るが、この時間にやる事は毎日決まっている。


 御師匠様が作った霊薬や術具、それから其れ等を作る為の素材の在庫確認だ。


「桂太郎、済まんが霊薬の補充を頼む。昨夜の相手は中々手練でな、余も危うく片腕を持っていかれる所だったわ」


 蔵の中を確認しその内容を帳面に纏めて居ると、そんな言葉が投げ掛けられる事が有る。


「えーっと……全部で二両二朱ですね、本当に随分と霊薬を使ったんですね。御孫様が其処まで梃子摺るなんて、どんな化け物を相手にしたんですか?」


 猪山藩の保護下で鬼切りに出掛ける者達には、万が一に備えて様々な霊薬を携帯して居り、其れ等を使ったら使った分だけ実費を払って補充するのだが、その管理も俺に丸投げされていた。


 一応、街の学問所で読み書き算盤は人並みに学んでいるので、動く額面の大きささえ気にしなければ、この仕事自体は然程面倒では無い。


「うむ、昨夜の相手は人の皮を被った獣で有ったわ。名君と呼ばれて久しい御祖父様の治世ですら、探せばあの手の輩は闇に潜んでおる。余が将軍と成った時に備え、また余以外の者が将軍と成るにせよ、外道は一人でも少ない方が良いからの」


 ……? 人に化けた妖怪の類なのだろうか? 兎角、将軍様の直系男児と言うだけ有って、彼は俺なんかと比べ物に成らない程に強い。


 そんな彼が大量の霊薬を使わなければ成らない様な化け物が、江戸市街に居ると言うのは本当に恐ろしい話だ。


「おーい坊主、儂の方も補充を頼む。にしてもお前さんが来てから補充を頼み易く成って本当に有り難い。智香子様に頼むのは中々難儀したからのぅ」


 御孫様の補充を済ませ、一寸した雑談に成りかけた所で、同じく霊薬の補充をしに来た年配の御侍様がそう声を掛けて来た。


 俺が来るまでは霊薬を補充しようと思えば、御師匠様がこの離れに居て、尚且難しい調合を行っていない時を見計らわなければ、どかんと爆発に巻き込まれる羽目に成る……そんな感じだったらしい。


 ……しかも今日は未だに御師匠様は起きてすら居らず、女人の寝所に家臣が入る様な真似は出来ず、昨夜も大分遅くまで難しい調合をやって居た可能性を考えれば、母屋の女中さんに起こして貰うと言うのも躊躇われる。


 故に御師匠様に代わって、在庫管理と霊薬の補充が出来る弟子兼丁稚と言う俺の立場は、藩士の皆様にも割りかし友好的に受け入れてもらえているのだ。


「はい、三分と一朱ですね……確かに。では、此方をお持ち下さい」


 そうやって霊薬の補充に来る人達の対応をしつつ、在庫量の変化を帳面に纏めながら、御師匠様が起きて来るのを待つ。


「ふぁぁああ、桂太郎(けーたろ)君。此れと此れはそろそろ作れる筈だから任せるの。んで此れと此方の素材の在庫が一寸心許ないから一緒に取りに行くの。後、此れと此れは買う方が楽な素材だから薬種問屋に注文して置いて欲しいの」


 昼を少し過ぎた位に起きて来た御師匠様に帳面を渡すと、眠そうに目を擦りながらも直ぐに読み込み、新たな指示を出す。


 やっと二つだけ……それも本当に基礎的な霊薬だが、俺が作った物が誰かの命を救うのかもしれない。


 そう思うと気を引き締めて仕事に取り掛かろうと、心の底から本当に思う。


「はい! お供します! 採取の帰りに問屋に寄る感じですか? それとも問屋に寄ってから採取に?」


 自分の顔を叩いて目を覚まそうとしている御師匠様に、俺は元気よくそう返事を返して、今日は此処からが本番だと意識を切り替えるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] よくよく考えてみたらこの暴れん坊お孫さんって結構カスだよな 義兄弟が拾ってきた女寝とって平気な顔してるとか
[良い点] 昼近く起きてても寝たのが明け方だったり
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