六百七十一 志七郎、悪戯心を抱き従叔父上刑罰決まる事
「鬼切奉行補佐殿に鬼切童子殿も一緒に居らっしゃるならお声掛け下されば宜しかったのに、本当にお人が悪い……」
従叔父上に絡んだのと別の役人が子供達の手形発行手続きをしている間、先程の態度が余り宜しくなかった役人が俺達の手形を目にするなり、そんな言葉を口にした。
「な、鬼切童子殿。私達の手形検めを後回しにして正解だったであろう? 人を顔で判断し猪山藩と幕府の間に亀裂を入れかねぬ愚か者の顔と言う、面白い見世物を目にする事が出来た」
其れに対して桂殿は、役人の言葉に応じるのでは無く、俺に向かってそんな挑発としか思えない言葉を口にする。
「……確かに我が藩は他所から移り住んで来た者以外は、ほぼ全員が混ざり者の土地ですからねぇ。見た目が只人と違うからと真っ当な調べもせずに、疑いを掛ける様な真似は当家としても許容しかねる話ですな」
続けて俺が追い打ち……と言うか殆ど死体蹴りの類にしかならない言葉を口にすれば、
「本当に申し訳有りません、反省致します。以後心を入れ替え正しく役務に励む故、勘弁して下さい……」
彼は泣きそうな表情で俺に向かって頭を下げた。
「半分は桂殿の悪ノリに乗っかっただけですんで頭を上げて下さい。ただ……悪人面した善人も居れば、善人面した悪人だって居るし、見た目だけで判断するのは余り宜しく無いのは事実ですけどね。桂殿とか善人面の悪人の代表格でしょうしね」
大の大人が子供に向ける態度としては余りにも情けなさ過ぎるその姿に、俺は流石に毒気を抜かれ、冗談めかした口振りでそんな言葉を投げ掛ける。
桂殿は、その光り輝く頭皮さえ無ければ……つまり鬘を被れば、役者としてその顔だけでも食って行けるだろう美形さんだ。
だがその性根は実の妹が命を掛けた初陣に出る時ですら、遊び心と言うか悪戯心を隠そうとしない部分が有り、人を誂うのが一番の娯楽だと感じる……そんな部分の有る人物である。
とは言え……歌に聞いた話では、昔の桂殿は生真面目一辺倒の野暮天を絵に書いた様な男だったと言う
しかしそんな彼が外道と言えば言い過ぎだが、悪意に快楽を見出す破綻者に成ったのは、練武志学両館に通い義二郎兄上や清一殿辺りと交流する中で発現した物だそうなので、有る意味で猪山藩の所為と言えなくも無いかも知れないな。
「私が悪人とは……流石は鬼二郎の弟、毒舌にも程が有るのでは無いか?」
さも心外と言わんばかりに、妙に米国風な仕草で肩を竦めながら、涼しい顔で言い返す桂殿。
「ああ、そうですね。悪人だなんて生温い、極悪人とか鬼畜外道とかその辺の言葉の方が良く似合う……そう言いたいんですよね?」
俺には似合わぬとは思いつつも、此方の世界に戻ってから未だ一度も顔を合わせる事の出来ていない義二郎兄上を思い出しながら更なる悪ノリを振ってみる。
「流石に其処まで言われる程の悪行を為した覚えは無いぞ? いや……確かに鬼畜禿丸とか外道ツルピカとかそんな呼ばれ方をした事は有るがな! ……まぁ言った奴はきっちり〆たがな!」
言われた事有るのか……まぁ戦場選択の相談をすると『多分死なない』とか『ギリギリ帰って来れる』とか、そう言う線を攻めた場所を紹介する事が割と有るなんて話も聞いた事が有るし残当と言う奴だろう。
ただ其れは少しでも、相談してきた鬼切り者に修羅場を潜らせ、より実力を高める為で有り、決して『努力しても届かない場所』を紹介した事は無い。
とは言え『死ぬ気で頑張ってギリギリ生還出来る』そんな場所へと送り込まれた側からすれば、彼の思惑は兎も角として其れが鬼畜の所業と映るのは仕方がないのかも知れないな。
「極悪人は言われた覚えが……有るな。アレは確か女房と些細な事で喧嘩した際、素直に謝罪出来ず彼女が好物としている桜餅を買って帰り、機嫌を取ろうとした時だったかな? いや餡ころ餅を買って帰った時だったか?」
恋女房との喧嘩を買収で蹴りをつけようと言うので有れば、其れは確かに極悪人の所業と言えるかも知れない……しかしその顔は完全に色ボケした男が惚気話を垂れ流している姿にしか見えず、
「「もげ爆ぜろ、この色ボケ禿」」
謝り倒していた役人と俺の心が一つになり、そんな言葉が漏れたのも仕方がない事では無かろうか?
「私は禿では無い! 剃ってるだけだ!」
朝の白虎の関に桂殿のそんなお約束とも言える怒声が響き渡るのだった。
「この子の罪過は流石に見過ごせぬ……が、事情を聞けば情状酌量の余地は有る。盗みを繰り返していたとは言っても、人を傷つけては居らぬし、昼間の盗みだし、盗まれた者も相応の腕前を持つ鬼切り者ばかり……盗まれた側にも一定の責任が有ると認めよう」
俺達が役人を弄って遊んでる間に、子供達の登録は一通り終わった様だが、其の際に世界樹の端末である水晶で、それまでの人生で犯した罪も暴かれていた。
そしてそうなれば当然問題になるのは、わ太郎がやっていた昏酔強盗の件だ。
「熊爪殿が其の咎を知りながらも彼を弟子として受け入れると言うならば、今後罪を犯さぬ様に教育する事は勿論の事、処罰を肩代わりすると言う事で宜しいか?」
此処、白虎の関に居る一番上の役人は関所奉行と言う立場の通山 景基と言う男で、彼は此の関所を通る罪人の処罰を決定する権限を持つ男である。
刑事と裁判官と入国審査官辺りを全て兼務した上で、場合に依っては刑の執行責任者まで兼ねる、前世の日本では有り得ない程の強権を持った人物が彼なのだが、そんな立場に清濁併せ呑む事の出来ない男を置く程、上様の治世は下手では無い。
「うむ、盗んだ総額と情状酌量その他を鑑みれば、俺が受けるのは百叩きって所か? 即刻死罪とかじゃねぇなら、甘んじて受け入れよう。此奴等を俺の弟子として鍛え、真っ当な道を歩める様にする事も、御天道様と我が猪山の氏神である天蓬大明神に誓おう」
従叔父上も通山様とは顔見知りだったらしく、つーと言えばかーと返す、そんなノリで割ととんでもない言葉を口にした。
仮にも猪山藩主である父上の従弟に当たる者が、公衆の面前で百叩きにされる姿を晒すと言うのは、醜聞と言うには十分な事と言える。
けれども其れが、盗みを働かねば生きる事が出来なかった子供を庇って受けた物と、上手く周知する事が出来れば、美談として評判に成る可能性も有ると言えば有るだろう。
寧ろ其の辺が理解出来ないらしい、九郎やわ太郎その他子供達の方が、従叔父上の言葉に狼狽している。
「師匠! なんで……師匠が罰を受ける必要なんか無いじゃんか!」
「そうだよ! 盗みを働いたのは俺だ、小父さんじゃぁ無い。俺を百叩きにしてくれよ!」
慌てて割り込む様に声を上げた九郎とわ太郎。
「九郎よ、弟子の不始末は師の不始末だ。師が授けた技で弟子が悪行をやらかせば、師が責任を持って其の愚かな弟子を打ち取り、其の上で腹を切るのが常道。小奴等には未だ何も教えては居らんが弟子にすると言った以上、其の行いの責任を取るのが師の勤めだ」
にも拘らず、従叔父上は彼等の言葉を躊躇する事無く切って捨てた。
師と弟子の間に有る不文律、武を教える責任……従叔父上は今此の場で身体を張って彼等に其れを教えようとしているのだろう。
「流石は祟り斬り殿……素晴らしいお覚悟だ。弟子の罪は師の罪、その言葉にこの通山感じ入った。個人的には放免と言いたい所だが、私の胸三寸で其れをするのは法度が許さぬ。
故に罰を被ると言うので有れば、きっちり百叩き受けて貰うが、異存は有るまいな?」
通山様も従叔父上の心意気を組んでか、子供達には一切目を向けずそう問いかける。
「無論! この熊爪 徹雄、一度吐いた唾を呑む様な意気地無しでは無い!」
従叔父上が啖呵を切り、
「よく言った! 引っ立てい! ただし無礼無く丁寧に刑を執行せよ! この処罰は不名誉な物では無い! 誉高き漢への裁きぞ!」
通山様がそう応じれば、何人かの役人が従叔父上に縄も掛けずに刑場へと連れて行くのだった。




