六百六十六 志七郎、関所近くへと帰り着き『不確定名』と遭遇する事
お久しぶりに本編更新に御座います
サブタイトルを追加し、今流行りの長文タイトル化してみました
今後ともお楽しみ頂ければ幸いです
岳武士藩を後にして、江戸へと向かう俺達一行……行きの道は俺と四煌戌だけだったと言うのに、今は随分と同行者が増えた物だ。
共に歩いている面子は、四煌戌の頭の上にヒヨコを加え、更に熊爪の従叔父上にその女房のお豊さんそして従叔父の弟子の九郎、そして態々江戸から報奨金を届けに来た桂殿である。
「さて……そろそろ白虎の関所が見える頃合いだが、今日の内に越えるのは無理そうだな……うむ、となれば今夜は白猫温泉で宿を取って、明日朝一で関所を越えるとしよう」
特に大きな騒動も無く、もう暫く行けば江戸州に入れる……そんな辺りまで来た時、従叔父上が山間に落ちかけた太陽を眺めながら、そんな言葉を口にした。
御祖父様と大叔父貴は岳武士藩を出て少し進んだ辺りで『ティンと来た』とか言う謎の言葉を残して何処かへと姿を消してしまい……今の一行の引率は熊爪の従叔父上と言う事に成る訳だ。
白虎の関は幕府が管理する関所で、其処を通行する事が出来る時間は決められている。
その時間は明けの六つから暮れの六つまでで有り、今はそろそろ酉の一つに成る位なので、氣を纏い全力全開で走れば九郎でも間に合わない事は無いが……其処まで無理をする必要も無いと言った判断だろう。
そう、九郎は此処までの旅の間に行われた稽古の数々で、自分より歳下の俺が圧倒的に強いと言う現実に、自身に対する怒りと焦りを感じ、ソレが逆に良い方向に影響したらしく、己の殻を破り氣を意図的に纏う事が出来る様には成っていた。
未だ無意識に常時氣を纏い続けると言う段階には至っていないが、其れでも幼い頃からソレを目指した稽古をし続ける武家の子よりも才能が有るのは間違いないだろう。
ちなみに前世の世界の江戸時代では日の出、日の入りを基準に時間を定めた『不定時法』と言うのが一般的で、同じ『暮の六つ』でも夏場と冬場では大きく時間に差が有ったが、此方の世界では『世界樹基準時間』が有るので火元国でも『定時法』である。
兎角、関所は良くも悪くもお役所仕事なので、幕府御用の早馬なんかを例外とすれば、時間外に通る事は出来ないと言って良い。
まぁやろうと思えば、関所を迂回した『関所破り』が絶対に不可能と言う訳では無いが、関所周辺の森や山は敢えて整備して居ない戦場で、九郎と言う足手纏いを抱えて抜けるのは流石に危険が大き過ぎると言えるだろう。
なお迂回に依る『関所破り』は余りにも危険な行為で有り、ソレを為す事自体が一種の偉業故に黙認されているが、関所を力尽くで突破する文字通りの『関所破り』は、一発で首に賞金が掛けられる程の大罪とされている。
賞金首に成ると当然手形にはソレが表示されるし、人相書きも出回る様に成る為、鬼切りや口入れ仕事の様に、手続きに手形が必要に成る行為全て出来なく成り盗み位しか収入の道が無くなるので、既に手配されてる者位しかガチの関所破りをする者は居ないそうだ。
とは言え関所を力尽くで突破したとしても、待っているのは上乗せされた賞金を狙う賞金稼ぎを生業とする武芸者や一部の鬼切り者に狙われ続ける日々だ。
そうなると迂回突破すら出来ぬ程度の腕前では、人里離れた場所に潜伏し続ける様な事も出来ず、生き永らえる事は殆ど不可能と言えるらしい。
寧ろそんな危険を犯す位ならば江戸市街の端に有る、脛に傷を持つ者達が集まる腐れ街と呼ばれる一種の『スラム街』に潜伏する方が、余程長生き出来ると言う物だ。
実際、此処十年の間に力尽くの関所破りをして、二年以上生き残った者は誰一人として居ないらしい。
逆に押し込み強盗を働いて手配されその後、火付盗賊改方にも捕らわれる事無く、迂回突破で江戸州から離れた……そう目されている盗賊は間違いなく存在しているらしく、其の者達に掛けられた懸賞金は十年経った今でも取り消されては居ないと言う。
「つー訳で九郎、関所を無理矢理突破する様な馬鹿な真似をするんじゃねぇぞ。あの白虎の関だけじゃぁ無ぇ。江戸じゃぁ街区一つ一つに町木戸ってのも有る、夜になりゃソレも閉じられる、其奴を力尽くで抜ける様な事をしても賞金首だかんな」
と、関所に纏わる様々な事を従叔父上が九郎に説明しているのを、横で聞きながら関所に向かう道を逸れ、白猫温泉郷へと繋がる峠道へと足を向けようとしたその時だった。
「っ!? 全員、周辺警戒!」
唐突に従叔父上がそんな声を上げて腰の大小に手を掛ける。
すると途端に丸で雲が空から降りてきたかの様な、濃密な霧が俺達を包み込んだのだ。
「四煌! 索敵!」
俺にはこの現象に心当たりが有った、雲属性の魔法の一つ『晦ましの霧』と言う魔法だ。
この魔法の厄介な所は、氣に依る視力強化ではその先を見通す事が出来ないと言う事で有る。
故にこの魔法の効果範囲に囚われたならば、視覚以外の感覚で其れを仕掛けて来た者を探すしか無い。
四煌戌の嗅覚に頼るのは勿論、俺自身も耳と肌に氣を回し辺りの気配を探る。
が、直後に何か砂の様な物が降り掛かって来たのを感じ、即座に氣の配分を索敵では無く、魔法に対する抵抗力……即ち精神の宿る脳の強化へと振り分け直す。
「皆、気を確かに持って! 『眠りの砂』の魔法だ! 気を抜いたら眠ってしまうぞ!」
慌てて他の皆にも、索敵よりも魔法抵抗に意識を回す様に声を上げる。
一人、二人と……誰かが倒れる音がした、恐らく一人は九郎だろうが、もう一人は誰だ?
そんな事を考えている内に、俺も一瞬意識が遠のくが唇を噛み締め痛みを与える事で、眠りの砂の魔法で眠りに陥るのを回避する。
「「「ぅおん! ばうわう!!(御主人! あっちに何か居る!!)」」」
どうやら四煌戌も抵抗には成功していたらしく、自慢の鼻で襲撃者の位置を突き止めたらしく、相手が居る方向に向けて激しく吠え声を上げていた。
晦ましの霧の効果は未だ残っているが故に、その姿を目で捉える事は出来ては居ないが、其の方向に居ると解れば気配を探るのも簡単に成る。
……居た!? 数は恐らく三人、いや……一人と二匹か? 呼吸音を聞けば大凡の頭の位置は掴める、其れを鑑みれば大体の体格も掴めるのだ。
俺よりも明らかに高い位置に有る呼吸音が一つ此れが恐らくは人間。
そして俺と同じ位の高さで呼吸する者と、明らかに低い位置で呼吸する者が二体。
けれどもその吐息は人の其れとは明らかに違う物に聞こえるのだ。
となれば、恐らくはその人間が精霊魔法の使い手で、残りの二体は其の者が使役している霊獣なのだろう。
「誰が起きてる!? 寝てない奴ぁ声を出せ!」
同じ様に四煌戌の声と、気配察知で敵の位置を確認したらしい従叔父上がそんな声を上げた。
「桂、無事です!」
俺達の間ですら姿を確認出来ない程の濃密な霧の中なのだ、
「志七郎、抵抗した!」
声を上げねば、互いの位置も状態も確認出来やしない……どうやら眠ったのは九郎とお豊さんらしい。
「おっし! 何処の何奴か知らねぇが、猪山の者に喧嘩売った事ぁ後悔させてやんぞ!」
怒気を孕んだ気勢を上げ、そんな台詞を口にしながら従叔父上が『不確定名:魔法使い』に斬りかかる。
二度三度、刃金と刃金が打つかり合う音が響き、片方が大きく後ろに弾き飛ばされただろう音がした。
「古の契約に基づきて、我、猪河 志七郎が命ずる……」
その間に俺は、この厄介な霧を消す為に消属性の魔法の一つ『解除』の魔法を使う為の呪を編み始める。
「私は猪山の人間では無い! が、喧嘩を売られたのは私も同じ! 鬼切奉行同心、桂 髭丸……参る!」
一手遅れて桂殿も、従叔父上と打つかり合い弾き飛ばされたと思しき場所へと駆け出すのだった。




