六百六十三 志七郎、凶悪連携を身に付け禁術に思い馳せる事
定形詠唱で麻痺の呪を編み上げ、其れに呼応し水の属性を司る御鏡と土の属性を司る胴体が其々青と黄色の光を放ち、其れ等が混ざり合い毒の属性色である紫の光が八岐孔雀へと飛んで行き、その巨体を包み込む。
魔法の発動自体は成功した、後は相手に毒属性無効や半減と言った耐性を持っているのか、無かったとしても全ての生命がそもそも持っていると言う、魔法への抵抗力を貫く事が出来るのか……。
「伯父貴! 掛かった! 俺は動きを止め続けるから只管打ん殴れ!」
魔法が効果が出たかどうかは、不思議な事に相手の状態を確認するまでも無く、その魔法が完成した後、瞬き程度の合間を置いてだが感覚的に理解出来る物で、今も無事効果が出たと理解出来た。
「おう! んじゃお前を信じて防御を捨てて全力で打ん殴るかんな! くたばったら化けて出てやるから、覚悟しとけ! 撲震無刀流鴨川派奥義の三……臀伏巻ぃぃぃいいい!!!」
風太の上で身体を左右に振りながら八岐孔雀へと一気に近づいた伯父貴は、そんな叫び声と共に、凄まじい勢いで左右の拳を連続で孔雀の腹へと叩きつけ始めた。
その音を聞くだけでも一撃一撃に込められた威力は、大岩をも軽く砕き巨木すらもなぎ倒すだろう事は容易に理解出来る、そんな打撃が止まる事無く延々と繰り出される、正に必殺技と言う言葉が相応しい……そんな連続攻撃だ。
物理的に避けねば為らない攻撃魔法は兎も角、麻痺の様な状態異常を直接付与する類の魔法は、例え眠っていたとしても魔法を仕掛けられた時点で、生き物は本能的に魔法に対する抵抗を試みる物なのだと言う事は、お花さんの授業では習った通りだ。
そして麻痺の魔法は通ったからと言って、それ一発で勝負が付くと言う程強力な魔法では無い、相手の耐久力次第では然程の時間を置かずに解除されてしまう事も有る。
「……混ざり混ざりて、彼の者を縛める鎖の毒と成れ!」
実際今も八岐孔雀を縛る麻痺は長くは続かず、直ぐに首を擡げ始めている……が、俺は其れを見越して既に改めて呪を編み始めていた。
再び四煌戌の身体から放たれる紫の魔光が八岐孔雀を包み込み、一瞬その身体を震わせると再び麻痺の影響下に置かれ硬直する。
後は伯父貴が殴り殺すまで、拍子を見計らって短縮詠唱を繰り返して行けば良いだけだ。
「おふ……おん、わおーん?(余裕あるなら……私も、攻撃して良い?)」
「ばう、わうわん!(動かないなら、連鎖雷撃行ける!)」
毒属性は水と土の複合属性、ならば火を宿す紅牙と風を宿す翡翠は自由だと言う事だ。
二頭の言う通り、連鎖雷撃は一度放った後ならば、その制御を彼等に任せ、俺と御鏡は必要に応じて麻痺を放つだけで良い。
問題が有るとすれば、伯父貴は完全に回避や防御すると言う判断を捨てた連打に入っている状態で、万が一にも連鎖雷撃の呪を編んでいる最中に麻痺が切れたならば、洒落に成らんだけの痛手を被る事に成ると言う事だ、下手をすれば即死も有り得る。
幸い奴に掛けた麻痺の魔法は、必ずしも毎回即座に解けると言う訳では無い、運が良ければ連鎖雷撃を放つ機会はきっと来る……。
そう考えて単調な麻痺の掛け直しの中で、途切れそうに成る集中力を引き締め直す。
!? 今だ! 麻痺が切れてない!
「古の契約に基づきて、我、猪河志七郎が命ずる……」
麻痺が解ける筈の瞬間にその感覚が来ない事を察知した俺は、即座に連鎖雷撃の呪を編み始めるのだった。
日もとっぷりと暮れ、普段ならばそろそろ布団に入るだろう頃合いに成って、やっと地響きを立てて八岐孔雀はその身を横たえた。
「いやー、思ったより大分早くぶっ倒せたなー。今夜は徹夜だと思ってたんだが、そうならずに済んで何よりだ。後は此奴を持ち帰る手筈を整えるだけだが……必要な部位だけ解体して帰るんでも良いが、出来りゃ丸っとどうにかしたいよなー」
倒れた孔雀に潰されぬ様に、大きく後ろへと飛び退り、俺の側へと来るなり伯父貴が呑気な声でそんな言葉を口にした。
多分、最初の予定通り麻痺を只管連打していたのでは、伯父貴の言う通り倒し切るのは翌朝を迎えてからに成っていただろう。
そうならなかったのは、麻痺が解けなかった瞬間を狙い、連鎖雷撃の他に毒の槍や水の槍に土の槍と言った、紅牙と翡翠に影響を与えぬ攻撃魔法を織り交ぜたのと、更に鎧と着物を脱いで裸王轟衝破も撃った結果だ。
心臓の奥の方が少し痛む感じがするのは外氣功を用いて尚も、複数の魔法併用に爆氣功を用いての氣の運用は魂枯れを起こし掛けるのに十分な負担だと言う事なのだろう。
伯父貴の方も本人の言う通り、夜通し戦う事が出来るだけの体力は残っている様だが、それでも余裕綽々と言う訳では無い様で、軽く肩で息をしている状態だ。
「流石にこんな山一つ分は有る様な大妖怪をそのまま持ち替えるのは、御祖父様でも無理でしょうねぇ……解体屋を呼んで来て此処で解体してもらって、其れを運送屋でも雇って運ぶしか無いんじゃぁ無いですか?」
江戸でも四煌戌が運び切れない様な大物を仕留めたりした時には、そうした現場で解体してくれる業者を呼んで、其れを小分けにして担いで運んでくれる運送屋と呼ばれる業者の者を手配する事が有る。
そうした者達への手間賃は、素材の一部を渡す事で贖われるので、手取りは減るが持ち出しは零で行えるので、必要な時には躊躇無く呼んでいた。
「まー其れしか無ぇわなぁ……仕様が無ぇ俺が此方で見張ってるから、お前ぇはそのワン公でひとっ走り家まで帰って、三十五に話伝えてくれや。そーすりゃ何時もの業者と連絡取ってくれるだろうからよ……にしてももったいねぇよなぁ」
俺の提案に嫌そうな表情でそう答えを返す伯父貴、
「いやな此方の業者連中は江戸のお行儀の良い連中と違って、欲の皮が突っ張ってんのよ。岡抹香見たいな量は多いが単価の安い獲物なら、割合で持っていかれてもそんな痛く無ぇが、此奴見たいな希少素材の塊だと、洒落に成らん額持ってく事に成るんだわ」
俺が疑問を抱いたのが顔に浮かんでいたのか、伯父貴は苦虫を噛み潰した様な顔で更にそんな言葉を続けて口にする。
成程な。江戸の業者は確かに大体『額面幾ら分』で持っていく感じだったが、此方の業者は割合で持っていくのか。
そうなると確かに単価が上がれば上がる程、取られる素材の価値は馬鹿みたいに跳ね上がっていく事に成る……そりゃ嫌な顔の一つもする訳だ。
俺が時属性の中でも高難易度魔法の一つである『重力操作』や、その下位魔法の『重力無効』や更にその下の『重力軽減』辺りの魔法が使えれば、丸まんま持ち帰るのも不可能では無いが、今の段階では発動に成功したとしても一瞬以上維持する事が出来ないのだ。
逆方向の魔法である『重力増加』や『超重力』辺りならば一瞬の発動でも攻撃に用いる分には十分な効果が見込めるので、使おうと思えば使えなくもないんだけどな。
ちなみに『重力系』と称される其れ等の魔法の中でも、超重力の更に上位に有ると予測されている『漆黒の穴』と言う魔法は、研究すら禁じられた『禁術』とされていたりする。
理論上は存在し、発動も可能だとは思われるのだが、一部の神様が世界樹の中で疑似使用した結果、其れを現実世界で成功させた場合ほんの一瞬だとしても世界自体に大きな被害を出しかね無いヤバい魔法だと言う事で、全面禁止としたらしい。
まぁ其れを発動しうるだけの力を持った精霊も霊獣も存在して居らず、神々が命じたその禁止令は杞憂に過ぎないだろう……と言うのがお花さんの見解だったが、前世に理科の授業で宇宙に付いて習った俺には、そのヤバさが彼女の想像以上だと思えてしまった。
「取り敢えず、ひとっ走り行ってきます! あ、伯父貴……見た所怪我は無さそうですけど、念の為に此の霊薬を飲んでおいて下さい。多少の怪我と体力を回復する奴です」
その魔法をぶっ放した時に、どうなるのかを何となく想像してしまい、怖い結果が脳裏に過ぎったのを振り払いながら、俺は伯父貴に丸薬を一粒渡すと、四煌戌の鞍に跨りその腹に踵を入れるのだった。




