六百六十二 志七郎、超大物を発見し伯父貴覚悟を決める事
「おいおいおい……なんでこんな所に八岐孔雀が居んだよ。ありゃぁ特一級危険妖怪だぞ。こないだの岡抹香と言い此奴と言い、なんかヤバいモン引っ張ってくる奴でも近くに居るんじゃねぇか?」
丘の上に陣取った巨大なソレを見る成り、伯父貴は声を潜めつつ『特一級危険妖怪』そんな聞き慣れない用語混じりの言葉を吐き出した。
『危険妖怪』乃至は『危険指定妖怪』と言うのは、江戸州には基本的に出現する事の無い妖怪達の中でも、特に危険度が高いモノを纏めた枠組みの呼び方らしい。
三級から一級に区分される危険妖怪達は、三級で多数の鬼切り者達が徒党を組んで相対せねば危険な相手、二級で軍を編成し討伐しなければ危険な相手、一級と成ると討伐するにはどれほどの犠牲が出るか解らない相手……と言う感じで区別されると言う。
そして更に其処に『特』の一文字が入る事で、変わるのは強さの区分では無く、出現したならば絶対に倒さねば周辺環境に大きな被害が出て、下手をするとその一匹の影響だけで飢饉が起きかねない存在……と言う事に成るのだそうだ。
先日伯父貴が仕留めて来たと言う岡抹香は区分としては、特二級だと言うのだからソレを単独撃破する彼が如何に規格外の存在かと言うのが解るだろう。
今俺達が目にしている八岐孔雀と言うのは、その名の通り八本の首を持つ巨大な孔雀で、その威容はこうして一里は離れた場所からでも、はっきりその大きな姿を確認出来る程である。
今は脚を折って座り込み首を丸めて眠り込んでいる様だが、ぱっと見る限り胴体だけでも八間程は有るのではなかろうか?
「俺も話に聞いた事しかねぇが、彼奴ぁ決して凶暴で危険な妖怪ってな訳じゃぁ無ぇらしい。余程餓えなけりゃ人を襲って食う様な事も無いし、其処等の毒蛇やら毒虫やらをばくばく食うんで、外つ国じゃぁ聖鳥なんて崇めてる所も有るそうだ」
伯父貴は伝聞とは言え初見の妖怪に付いてある程度語れる知識を持っている辺り、脳筋寄りの者が多く、知らない妖怪は取り敢えず物理で殴れ! な猪山男とは違う所だろう。
しかし伯父貴の言葉が事実ならば、何故そんな穏やかな聖鳥なんて呼ばれる程のモノが特一級危険妖怪として指定されているのだろうか?
「そりゃ、あの身体だぜ? 食う量だってお前のワン公の比じゃ無ぇんだろうさ。幾ら毒蛇や毒虫を食ってくれるっても根絶まで行ってしまう様じゃぁな。生態系っつったか? 其奴がぶっ壊れちまうんだよ」
件の妖怪を聖鳥と崇めるのは、アレが食い尽くす事が出来ない程に、毒蛇や毒虫に区分される様な化け物が引っ切り無しに現れる様な地域で有り、八岐孔雀が居る事で人の生存圏としての均衡が保たれている……そんな場所なのだそうだ。
しかし此処等は……と言うか火元国は奴が生活して行ける程に、そうした妖怪が湧く訳では無く、過去現れた時には近隣の毒蛇毒虫を食らい付くし、毒を持たない其れ等を更に食い、ソレでも足りずに他の生き物も植物も全てを食い散らかしたと言う。
結果其処等一帯は砂漠の様な状態に成ってしまったらしく、平地だと言うのに人の住めぬそんな場所に成っているのだそうだ。
「八岐大蛇でも出ねーかなぁ……八岐孔雀って八岐大蛇も食おうとして襲いかかるらしいんだよな。んで当然大蛇の方も特一級だかんな、早々簡単に食われる様な事も無く運が良けりゃ相打ち、悪くても生き残った方はガッツリ弱ってるって状態に成るんだよ」
八岐大蛇は此方の世界でも神話級の妖怪で、幾ら鬼や妖怪が実在しているとは言え、早々何度も出現する様な事は無い筈の大妖怪だ。
とは言え全く出現しないと言う訳でも無いらしく、火元国の中だけでも記録に残っているだけでも三度出現した事が有り、外つ国までその範囲を広げれば両手の指では足りない位には出現している化け物だと言う。
そして八岐孔雀と八岐大蛇の怪獣大戦争は、東方大陸北部の鳳凰武侠連合王国と言う国で二度、実際に起こった話なのだそうだ。
「あー……なぁ、志七郎。見なかった事にして帰らねぇか? 俺達が殺らなくても此処いらにゃぁ他にも鬼切り者なんざぁ腐る程居るんだ、其奴等に任せようぜ? つか特一相手に単独で突っ込む方が馬鹿らしい、戻って援軍呼んで来んのが正解だろよ?」
さも面倒臭そうにそう言う伯父貴だが、その言葉は確かに正論だ。
今まで聞いた話に間違いが無いならば、特一級と言うのは軍を率いて相手取っても、どれ程被害が出るかも解らぬ大妖怪と言う事で、一郎翁が倒したと言う十二体の大妖怪と同格と言っても過言では無い相手と言う事だ。
そんな化け物相手に俺と伯父貴が二人だけで仕掛けるのは、自殺行為としか言い様が無いだろう、そう判断し撤退を決断しようと考えた時だった、
「わふ、わふわおん、おん(大丈夫、アレ弱ってる、行ける)」
翡翠がそんな事を言いだしたのだ。
「伯父貴、彼奴が可也弱ってるって家のが言ってるんだが?」
ソレを素直に通訳しつつ、眼球に氣を込めて蹲る様にして眠っている八岐孔雀をよーく見てみる。
「ありゃ……確かに身体中ボロボロだな。つか何箇所かは大蛇の牙の痕か? 彼奴もしかして大陸で八岐大蛇とやり合って負けそうに成ったんで、慌てて此処まで飛んで逃げてきたのか? 今引けば回復したアレとやり合う事に成んだろうし……行く方が良いか?」
同じく氣で視力を強化して八岐孔雀を見たらしい伯父貴がそんな感想を漏らす。
八つ有る首の一つは千切れかけているし、もう一本には牙で深く貫かれたと思しき傷痕……しかもその回りは黒にも近い紫色に染まっている、恐らくは毒の影響を受けているのだろう。
毒虫や毒蛇を好んで食うと言う事から、毒に強い耐性が有るのかと思ったが、普通に毒が通るのか? ならば毒属性の魔法で削ると言う選択肢も有りだな。
「おし、俺が前に出て打ん殴るから、お前ぇは魔法で削れ。無理に近づき過ぎんなよ、八岐孔雀は首其々で違う属性と吐息を吐くらしいぞ。何が飛んでくるか解かんねぇからきっちり避けろよ。お前の鎧が幾ら良い品でもヤバいからな」
吐息を吐く魔物に付いてはお花さんの授業でも習った覚えが有るが、吐息は体力に比例した威力を持つ広範囲攻撃で、雑魚の吐息は然程でも無いが、相手が強くなれば成る程にヤバく成ると言う話だった筈だ。
既に大分削れてるであろう奴の体力で、一帯どれ程の威力の吐息が飛んでくるかは解らないが、伯父貴の言う通りまともに食らえば骨も残らない……と言う可能性は零では無い。
いっそ魔法は消属性の対抗魔法に絞って使い、吐息を打ち消す事に集中すると言う選択肢も有るが、流石に首の数だけ飛んでくる全てを打ち消す……と言うのは今の俺には荷が勝ち過ぎる。
そうなると、やはり伯父貴の言う通り魔法で少しでも被害を与えて、吐息を吐く体力すら奪ってしまうのが良いだろうか?
待てよ? 八岐孔雀が毒虫や毒蛇を積極的に食うのは、胃腸は毒に耐えられるが、ソレ以外の部分は逆に毒が弱点故に、己の身を守る為に其奴等を根絶やしにしようと言う事なのかも知れない。
実際、毒に侵されているらしい状態の首も有るし、積極的に毒属性の攻撃魔法を撃ち込んで見るのも悪い選択じゃぁ無さそうだ。
「うし、んじゃワン公に積んでる荷物は其処らの木にでもぶら下げとけ。俺は風太に乗って突っ込むから、お前はワン公の上から魔法を連射しろ。俺は自力でなんとかするから此方の事ぁ気にすんな。いや……毒が効くなら彼奴を痺れさせる事ぁ出来ねぇか?」
……成程! 毒属性の魔法の中には麻痺と言うド直球な魔法が有る。
被害には成らないし、効果が有ったとしても相手の耐久力次第で直ぐに立ち直られてしまうが、ソレでも無効じゃ無いならば回復するまでに掛かる時間が零と言う訳では無い。
動きさえ止める事が出来たならば、後は伯父貴が全力で殴り倒してくれるだろうし、以下同文を併用すれば氣砲で遠距離攻撃を行う事だって可能だ。
「取り敢えず、麻痺の魔法を打ち込めるギリギリの距離まで気付かれ無い様に近づいて、先手で打ち込んで見る、ソレで効果が有れば良し、駄目ならもっと直接的な攻撃魔法に切り替える」
俺が言われた通り大貉を太い木の上に引き上げながらそう言い切ると、伯父貴も覚悟を決めた顔で首肯し、八岐孔雀を起こさぬ為、静かに進む様風太に指示を出したのだった。




