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大江戸? 転生録 ~ファンタジー世界に生まれ変わったと思ったら、大名の子供!? え? 話が違わない? と思ったらやっぱりファンタジーだったで御座候~  作者: 鳳飛鳥
拳の道と無手の武と の巻

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六百五十三 志七郎、拳闘を観戦し医療事情を考える事

 厚手の皮と綿で作られた拳闘手袋(ボクシンググローブ)と、やはり皮と綿で作られた頭部防具(ヘッドギア)を身につけ短パン(トランクス)姿で殴り合う二人の少年。


 何方も未だ初陣も済ませていない子供と言う訳でも無く、相応の実戦経験は有るのだろう、あの大人しそうな顔立ちの少年ですら度胸が良い。


 とは言え、師範代の息子である宮太郎は兎も角、対戦相手の竿彦の方は技術と言う点では、拳闘に明るくない俺から見ても拙いとしか言い様が無い無様な物だ。


 ソレでも勝負が勝負として成り立っているのは、竿彦の異様なまでの軸の……体幹の強さと全身を覆う分厚い筋肉故だろう。


 伯父貴に拾われるまで一体どんな鍛え方をして来たのか、特に首周りの筋肉の付き方は前世の記憶を辿っても早々見た覚えが無い程だ。


 しかしだからこそ宮太郎の決して軽いとは言えぬ拳を幾度と無く叩きつけられても、気を失う事無く立ち続けて居られるのだろう。


 人間の……生き物の脳と言う物は恐ろしく脆い、絹漉し豆腐と然程変わらないといえば、その軟さが伝わると思う。


 そんな脆い脳は頭蓋骨の中に、髄膜に包まれ脳漿に浮いた状態で収まっている。


 けれども頭部に強い衝撃を受けた場合、其れ等の保護では守りきれずに、脳が頭蓋骨に打つかる様な事が起こるのだ。


 自動車事故の映像なんかを見た事が有れば、直接頭部を打ち付けて居なくとも、身体に大きな衝撃を受けた場合、頭が大きく何度も揺さぶられる様な状態に成るのが解ると思う。


 そうした場合、揺さぶられる度に頭蓋骨に脳が打ち付けられ、更には頭の揺れ自体が止まったとしても、脳漿の中に浮かんだ脳が完全に止るまでには時間差(タイムラグ)が有る為に、更に脳に傷が着いてしまう事も有るのだ。


 だが彼の様に首が強い者ならば、頭に強い衝撃を受けたとしても、仰け反る事無く耐える事が出来、そう成ると脳が揺さぶられる事も無い為、そう簡単に意識を飛ばすと言う事も無く成るという事も有り得る……と言う事だろう。


 しかも打ち込まれても撓む事の無い彼の体軸は、受けた衝撃をそのまま身体に留める事無く、全身の撥条(バネ)を伝って上手く床に逃がしている様にも見える。


 アレを素手で倒すとなれば、先ずは胴体(ボディ)を徹底的に叩いて体力(スタミナ)を奪い、地に足が着かない状態を作ってからでなければ、意識を刈り取るのは難しいのではなかろうか?


 更に厄介な事に、体幹がしっかりしている彼の拳は、きっちりと全身の体重が乗っており、一撃の重さが尋常では無い様にも見える。


 幸い宮太郎は今の所、きっちり躱すか防御(ガード)するか出来て居り、綺麗な一撃(クリーンヒット)は零だが、一発当たれば勝負はひっくり返る可能性も有るだろう。


 とは言えやはり技術の差は大きく、宮太郎の拳は的確に竿彦の身体に突き刺さるのに、竿彦の拳はほぼ全てが空を切る。


 時折、躱し切れずに肩や腕で防御しているが、その度に宮太郎の身体が衝撃で後ろにズレる辺り、被害(ダメージ)が零とまでは言い切れないな。


 実際、疲労が溜まって来ているのか、其れ共被害に寄る物か、宮太郎の体軸は少しずつでは有るが振れ始めて居る。


 ……ちなみにこの道場もやはり猪山の血が入っている故か、其れ共前世(まえ)の日本と違って博打の類は余程大々的にやらなければ違法とはされない故か、彼等の勝負を見つめる者達は当然の如く賭けていた。


 賭け率では七対三で宮太郎有利と成っていたが、実際に蓋を開けて見れば、勝負は五分五分と言っても差し支えない状況である。


「あの竿彦って小僧、下手すりゃ俺より頑丈なんじゃぁ無ぇか? どう鍛えりゃ只人で彼処まで耐えられんだよ。宮太郎って坊主の拳だって見る限り決して軽い(もん)じゃぁねぇぞ……」


 皆が固唾を呑んで勝負を見守る中、俺の頭の上でそんな言葉を呟いたのは従叔父上だ。


 熊の変化(へんげ)の血が出た従叔父上は、何方かと言えば耐久力よりも攻撃力に優れた体質らしく、逆に猪の変化の血が色濃い従伯父上の方は、腕力よりも生命力が強い性質(たち)である。


 そうは言っても、何方もお互いを比較すれば……と言う話で有り、従叔父の耐久力は当然並の人間を軽く凌駕している、多分あの竿彦と言う青年の体力は常人の其れとは比べ物に成らない程なのだろう。


「ありゃ体力だけなら義二郎にも迫る器だな。腕力だって並じゃぁねぇ。何よりあの軸の強さは下手すりゃも儂よりも上かも知れねぇなぁ……。あんなの見つけて来たんじゃぁ期待するなってぇ方が無理だわな」


 呆れ混じりにそう相槌を打つのは御祖父様。


 以前お花さんに聞いた話だと、身体能力と言う面で義二郎兄上は割と『人間と言う種族の上限』に近い所に居るらしく、其れと比較出来る素材と言うので有れば、確かにあの少年は掘り出し者と言って間違い無いだろう。


「んでも、やっぱり素材は素材だわね。そもそも武術ってのは弱き者が強き者を打倒する為に編み出された物……積み上げた功夫(クンフー)は決して無駄じゃぁ無いわ」


 素材の見事さに目を奪われていた男衆とは違い、勝負自体は熱く見つめつつも、冷静な部分を残していたらしいお豊さんが、勝負の行方に着いて口に出す。


 防御の上からじわじわと削られていた宮太郎と、持ち前の耐久力で耐えていた竿彦だったが、先に我慢の限界を迎えたのは竿彦の様だった。


 防御されても被害を与えれるが、このまま打ち合いを続ければ、多くを躱されている分不利だと判断したのだろう、竿彦の攻撃は一発の威力を求めてか雑な大振りが多く成っていた。


 その一つを宮太郎はきっちりと見極めて……躱し様に相手の勢いを利用して己の拳を竿彦の顔面へと叩き込む……其れは前世に読んだ古い拳闘漫画の主人公の必殺技と同じ『クロスカウンター』だった。


 しかもその漫画で見た、自爆覚悟の相打ち式では無くきっちり躱した上での其れは、自身に向けられた攻撃力をそのまま……いや更に自分の攻撃力をも上乗せする強烈な一発と相成った。


「ひとーつ! ふたーつ! みーっつ!」


 流石にその一撃は御祖父様にすら自身を上回るやも、と言わしめる竿彦の体軸の強さすらへし折るのに十分な物だったのだろう、丸で自動車に跳ね飛ばされたかの様な勢いで弾き飛ばされ、更に張られた縄に弾き返され前のめりに倒れ伏す。


「ありゃ……いかんな。志七郎、ちと良い霊薬(くすり)を出してやれ、打たれ過ぎの上に最後の一発が強烈過ぎだ。霊薬無しじゃぁ後遺症(あと)が残るぞこりゃ」


 その倒れっぷりを見た御祖父様が俺に向かってそんな指示を出した。


「んにゃ叔父貴、その心配は無さそうだぜ? 頑丈な連中しか居らん猪山(うち)と違って、此処じゃぁ怪我は日常茶飯事なんだろうよ。きっちり備蓄の霊薬が有るみたいだわな」


 が、即座に従叔父上が其れを否定する。


 戦闘民族猪山人と揶揄され、鬼や妖怪との戦いが生活の一部である猪山藩の者達とて、怪我への備えを一切して居ないと言う訳では無い、天然物の霊薬と呼べる『鎌鼬の軟膏』は常に余裕を持って備蓄しているのだ。


 けれども一寸した風邪を引く者すら稀にしか居ない……と言う土地柄、薬師や医者なんかが生計を建てれる土地でも無く、その手の技術を持つ者は居ない。


 だが此処はそんな頑健な者だけが住む猪山では無く、怪我も有れば病気も有る普通の土地、医術の心得が有る者も居れば、錬玉術が火元国に入る以前から霊薬を調合していた薬師だって居ても奇怪しくは無いのだろう。


 そして近くにそうした技術を持つ者が住んでいて、武術を教える道場を営んで居れば、霊薬の備蓄の一つや二つ有っても不思議は無い。


「……はーち! きゅーう! じゅーう! 勝者、宮太郎!」


 立会人(レフリー)が勝者の名を告げその腕を持ち上げると、(ゴング)が打ち鳴らされ、道場の外まで響き渡るのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] どう見てもマガジンのアレです。 名前からしても釣り船あたりで生計を立てていたんでしょうね。 本編では被弾覚悟の重戦車スタイルが仇になったみたいで、左を疎かにした、と後悔を述べていましたが。
[良い点] 島袋(一歩キャラ)みたいだが、攻勢錬度不足でしたか
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