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大江戸? 転生録 ~ファンタジー世界に生まれ変わったと思ったら、大名の子供!? え? 話が違わない? と思ったらやっぱりファンタジーだったで御座候~  作者: 鳳飛鳥
政と婚約と許嫁 の巻

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六百三十八 志七郎、乱れ打ち一歩目を導く事

 猪山盆地に響き渡る二つの太鼓の音……片方は誰が聞いても名手が撥を取っている事がよく分かるそんな腕前で、もう片方は其れを手本に子供が手遊びしていると言われても言い訳出来ないその程度の腕前……うん、俺の事だ。


「志七郎様、もっと下っ腹に力を入れ、全力で打ち抜く積りで叩いて大丈夫です。馬皮の太鼓ですと強すぎれば音が割れてしまう事も有りますが、牛皮ならば強く打った方が良い音が出ます。ましてや猪山太鼓は更に強い鬼熊の皮ですからな、全力で打って丁度よい」


 はぐれ次郎を討伐し、帰って熊肉と鼬肉で炉端焼き(バーベキュー)をたっぷり食って一晩寝たが、どうやら氣と術を使いすぎたツケは未だ抜けて居ない様で、俺は魂枯れ状態から回復していなかった。


 なので朝の稽古は誰かとの手合わせでは無く、雲耀の太刀を目指しての立ち木打ちを只管繰り返しすだけだったが、朝から目一杯運動したお陰で朝食に出てきた、昨夜の残りだと言う鬼熊肉をカツにして卵で閉じた熊カツ丼は美味しく頂けた。


 其れを平らげて思ったのは、この身体は幾ら育ちが江戸だと言っても、血筋的には常人の三倍食うのが当たり前の猪山産だという事だ。


 前世(まえ)でも三歳から竹刀を握り、朝飯前には早朝稽古をする習慣の有った俺だが、同じ年頃の頃に大人と同じ分量の丼物をぺろりと平らげて尚も『物足りない』なんて感じる様な大食らいでは無かった。


 うん……考えて見たら、江戸で一度行った義二郎兄上行き付けの拉麺屋、食った後鼻から麺が出るかと思う位には苦しかったが、其れでも残さず食えたんだから、歳の割に食えるなんて問題じゃぁ無いよな。


 この身体なら成長すりゃ多分、向こうの世界の食ったら賞金が出る様な挑戦料理(チャレンジメニュー)とか、大食い選手権とかでも十分に活躍出来るだけの食事量になるんじゃぁ無いだろうか?


 兎角、たっぷりと朝飯を食ったら、午前中は芸事の稽古をせよと御祖父様に言われたので、四馬鹿の一角で有りながら芸事に明るい名村に太鼓の稽古をつけてもらっていると言う訳だ。


「志七郎様の剣腕を鑑みれば、拍子を外すと言うことは先ず有りますまい。譜面を読む事と其処に記された通りに拍子を刻み、打ち鳴らす事に慣れていけば若くして太鼓の達人と呼ばれる事も不可能では無い筈です」


 剣の腕と太鼓の拍子(リズム)に何の関係が有るのか? 普通ならば疑問に思う所だろうが『武は舞也、舞は武也』と言う格言の通り、武術と言うのは突き詰めて行けば『間合い』と『拍子』の奪い合いなのだ。


 拳闘家(ボクサー)(ジャブ)で間合いと拍子を作り、大砲()を打ち込む(タイミング)を作り出す様に、拍子は格闘技に置いて重要な要素の一つなのである。


 故に音痴……特に音程が取れない方では無く、拍子を取る事が苦手な者は武道の世界でも大成しない、と前世の世界でも言われていた筈だ。


 つまり逆説的に言えば、同年代の子供と比して圧倒的に『強い』と言える今の俺は、音痴では無いと断言しても強ち間違っては居ないのだろう。


 三度皮を叩いて素早く四回縁を打つ、続けて二度皮を叩いて縁を打ってもう皮を二回……。


 ドンと鳴る皮とカッっと鳴る縁の二つの音だけで、音階を表現する事の出来ない和太鼓でも、きっちり譜面通りに拍子を刻むとちゃんと音楽に成るのは、名村の打ち込みを聞けばよく分かる。


 ちなみに今叩いて居る譜面は夏祭りや収穫祭等々、この猪山で祭りが有る度に演奏される『村祭り』と身も蓋も無い曲名が付けられた物だ。


 此の太鼓の拍子に合わせて笛や鐘等の他の楽器が鳴らされる為、太鼓が下手だと祭り自体がどっ(ちら)けに成ってしまうと言うのだから、ある意味で祭りの主役とも言える部分(パート)なのかも知れない。


 とは言え、前世では余り音楽の類に興味が無く、世界的に有名な楽団(バンド)の曲すらも碌に知らない俺でも、西洋太鼓(ドラム)四弦琴(ベース)の様な拍子体(リズムパート)が下手糞だと、主旋律を奏でる六弦琴(ギター)歌手(ボーカル)にも悪影響が有る事位は知っている。


 逆に拍子体がある程度上手ければ、主旋律が多少下手でも其れ也に聞こえる様に成るのだと言う話は、誰から聞いた物だったか?


 まぁ前世でも今生でも拍子感が死んでる音痴では無い事を喜んで置こう。


「さ、志七郎様、此処までの譜面は間違いなく打てる様に成りましたし、次に進みますよ。此処からは少し複雑に成りますので、頑張って着いてきて下さい」


 そんな名村の言葉に促され、俺は今一度気を引き締め直して太鼓に向き直るのだった。




「御前様、お忙しいでしょうに、今日も(つらね)の所にお渡りくださってとっても嬉しいのです。昨日はばたばたしてお代わりお持ちできずもうわしけありません」


 午後からは自由にして良い、と言われたので四煌戌やヒヨコを連れて散歩に出る事にした。


 そのついでと言っては彼女に失礼だが、鈴木道場に顔を出して許嫁にも挨拶をして置く……その程度の積りで来たのだが、満面の笑みを浮かべて嬉しそうに、そんな言葉で出迎えられたなら、此方も嬉しく思うのも仕方ないだろう。


 歳よりもずっと大人びた話方をする彼女が『申し訳有りません』がちゃんと言えず『もうわしけありません』に成ってしまったのは、歳相応と思って突っ込まずに流して上げるべきだな。


「俺も何時、江戸に戻るかは解らないから、此処に居る間は出来るだけ会いに来るよ。ああ、そうだ今日は俺の大事な家臣達を連れてきたんだ、お(れん)に紹介しておこうと思ってな」


 既に並の牛より大きく育った四煌戌は流石に門の中へと連れ込む様な不作法はせず、ヒヨコと一緒に外で待たせてある。


「御前様の御家臣ですか? もう御家臣と呼べる者がいらっしゃるのですか? あ!? 乳兄弟の方とかでしょうか?」


 ある程度大身の武家ならば、母親以外にも乳を与え一緒に育てる乳母が居るのは割と普通の事だ。


 そうした乳母は乳が出る以上はその者にも当然子供が居る。


 年回りの近い乳母の子は乳兄弟と呼ばれ、第一の家臣として一緒に育つ物なのだ。


 猪河家(うち)で乳兄弟が居るのは仁一郎兄上だけで、当代の笹葉が其れに当たる。


 大藩ならば江戸に常駐している家臣も江戸家老家だけでは無く、それ也に居る為に兄弟全員に乳兄弟が居ると言う事も有り得るが、猪山藩では江戸常駐は笹葉家だけなので、彼処に年回りの同じ子が居なければ乳姉妹は居ないと言う事に成る訳だ。


 尚、江戸で嫁取りをした藩士が国許に連れ帰る前に孕ませて、江戸で子を産む事に成った場合には、その子がある程度大きく成るまでは夫婦で江戸住みが許されるのだが、その時に猪河家にも子が居れば乳兄弟として育てられると言う。


 が、そう言う事例はおミヤが知る限りで二例しか無いと言うのだから、極めて稀な話と断言しても良い確率だ。


 もしも仁一郎兄上(次期藩主)上以外に乳兄弟が居た場合には、他所へと婿入りしたりする際には、一緒に行くのが通例では有るので、彼女が言う通り俺に乳兄弟が居れば、その者を家臣と呼んでも間違っては居ないだろう。


「いや乳兄弟じゃぁ無い、外で待ってるから一緒に行こう。其れ共何か用事が有ったりするのかい?」


 嬉しそうに玄関まで俺を出迎えに来た彼女だったが、何故か其処から一歩も踏み出そうとしない様子を見て『保護と言う名の監禁』を疑った俺は、そう言いながら右手を差し出した。


(かか)様からお外に出ては行けない……って言われてるのです。でもお栗小母様や一朗小父様は武芸修練の為に、外に出なさいって言うのです。御前様はどっちが良いと思いますか?」


 ああ成程、過保護をしてるのは母親の方で、一朗翁やお栗殿は彼女が外に出る事に反対はしていないのか……。


 聞いている彼女の生い立ちを考えれば、可能な限り危険から遠ざけたいと言う母親の気持ちは理解出来る。


 けれども俺は……俺達猪山藩は彼女を旗印に富田藩を、言い方は悪いが奪い取ろうと考えているのだ、その旗頭が内弁慶では意味が無い。


「君のお母さん……俺にとっても義母(はは)上と呼ぶべき方の心配は解る。そして俺の考えは昨日も言った通り、君は君の事を自由に決めて良いんだ。君は俺の手を取って外に出ても良いし、そのまま家の中に居ても良い。どうするかは君が決めるんだ」


 差し出した手を引く事無く、俺は彼女に無理難題を突き付ける、自活していない子供に親の言う事等気にするな自由に生きろ……なんて言葉が通る訳が無い。


「……御前様はズルいです。そんな事を言われたら、連は母様に逆らうしか無いじゃぁないですか」


 それでも彼女はそっと俺の手を取り、建物の外へと足を踏み出したのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 世代的にも、職業的にも筐体で太鼓の達人に触れる機会なさそうですからね~紅とか無理か
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