六百二十九 志七郎、輝きを目の当たりにし決着見届ける事
輝羅綺羅奇羅と細やかな輝きを放ち、二つの刃金が砕け散る。
従伯父上の大太刀と、従叔父上の太刀、双方共に斬鉄を為すだけの氣を込めた打ち合いだ、当然其処に被害は溜まり、其れが今双方共に限界を越えたのだ。
しかし二刀に分散している筈の従叔父上の太刀もが同時に壊れたと言う事は、恐らくは純粋な剣腕では従伯父上の方が上回ったからこそ起こった偶然なのだろう。
だがそれでも従伯父上は此れで得物を無くし、従叔父上の方は脇差一本分有利と成った訳だ。
「徹雄!? 貴様! 儂を愚弄するか!! 何故刀を納める!?」
直後、そんな怒声が響き渡った。
その言葉の通り、従叔父上は残った脇差を鞘へと戻すと、腰に佩いた大小二刀の鞘を帯から引き抜き、弟子にすると言って居た子供に向けて放り投げたのだ。
「無手の者を斬るのは恥だって、ついさっき言ったばかりだろうよ……おう、叔父貴! 此っから先は拳骨の勝負だ! 先に血が出た方が負けなんて詰まん無ぇ事ぁ言いっこ無しだぜ!?」
獰猛そうな肉食獣の笑みを浮かべ、そう言い切る従叔父上に御祖父様は一度従伯父上の顔を見るが、其処に未だ闘志が有るのを見定めるとニヤリと笑い、ただ無言で首肯した。
「……絶対に後悔させてやろう。言い訳は聞かぬからな!」
従伯父上の方も半ばで砕けた刀を鞘に戻すと、其れを背中から外し二人の息子達に向けて投げ渡す。
そして二人は再び人垣の中央へと歩み寄り、互いの拳が届く距離で足を止める。
「徹雄、先手は貴様からだ。二度も情けを掛けられながら先手を取る様な事があらば其れこそ猪牙の家名に傷が付く」
拳骨――即ち拳の勝負と言う事で其処からは、所謂『拳闘』の様な闘いに成るのかと思えば、どうやらそうでは無いらしい。
此れが猪山特有の勝負方なのか、其れ共火元国中に通じる物なのか、はたまたこの『世界樹の盆栽』全てに共通する物なのか……二人は一切回避や防御と言った事をせず、只々お互いに一発ずつ殴り合い続けているのだ。
とは言え、顔面を殴るのか、其れ共胴体を殴るのかと言った選択肢は有るようで、受ける方も其れを予測して顎を引き首の筋肉に力を入れたり、腹筋を締めたりする……と言う様な対応はされている様である。
先程までの超絶技巧を極めた達人同士の立ち合いから、打って変わって今度は泥臭く昭和の拳闘よりも古臭い殴り合い。
御祖父様の様に氣の深奥を極めたと言う訳では無いにせよ、猪山の武人として恥ずかしくないだけの技量を持つ二人だ、当然の如くその拳には莫大な氣が込めらて居り、其処らの岩石程度ならば一撃で粉々に成るだろう……そんな威力で繰り返される殴り合い。
当然受ける側も筋力だけで無くその毛皮の硬さすらも氣で強化しているのだろうが、それでも何時までも只で済む筈が無い。
数えるのも面倒に成る程に繰り返される殴り合い、双方共に鼻や口元からは血が流れ、獣面故に解らないが多分目の回りには青タンが出来ているのも間違いないだろう……その果で、最初に膝を付いたのは従伯父上の方だった。
「ひとーつ! ふたーつ! みーっつ!」
完全に倒れた訳では無いが、動きを止めた従伯父上を見て、御祖父様がゆっくりと数を数え始める。
「父上! 負けないで!」
「父上が一番強いんだ! 絶対負ける訳無いよ!」
従伯父上の子供達が、涙混じりの声で絶叫するが、果たしてソレは彼の耳に届いているのだろうか?
「ななーつ! やーっつ! ここの……」
子供の声に背を押されたのか、其れ共此処まで休んでいたのか、その何方かは解らないが、九つを数える前に立ち上がった従伯父上は、今までと比べたらずっと弱々しい拳を従叔父上の顔面へと叩き付ける。
けれども其れを受けて再び殴り返した従叔父上の拳もまた、今までとは比べ物にならぬ程に弱々しい物だった。
お互い氣を纏う体力も尽き果てて、気力と誇りだけで立っているのだろう。
よくよく見てみれば双方共既に膝が笑っており、何時倒れても奇怪しくは無いそんな状態の様だ。
そんな状態で腰の入った突きを繰り出せる訳も無く、弱々しい手打ちの突きが繰り返される泥仕合の様相を呈し始めている。
とは言えそんな状態の二人を見て野次る様な者は居らず、誰もが固唾を呑んで勝負の行方を見守っていた。
此処猪山は戦う事が生活の一部に有る土地、誰も彼も一度はこうした限界一杯の状況での闘争を経験した事が有るのだろう、その苦しさを知るが故に諦めずに打ち合う二人に敬意を抱くのだ。
次に倒れたのは従叔父上だった。
別段良いのが入ったと言う訳では無い、手打ちの軽々しい拳がペチンっと当たっただけだ。
けれども其れが決めてだった……丸で電池が切れた玩具のロボットが動きを止めるかの様に、力無く動きを止めた従叔父上はそのまま前のめりにその身を横たえた。
「ひとーつ! ふたーつ! みーっつ!」
先程従伯父上が膝を付いた時と全く同じ拍子で、御祖父様が数を数えだす。
「師匠! ししょー! 立って! 立つんだ! ししょー!!」
この勝負の発端と成った少年の悲痛な叫び声が響き渡るが、従叔父上はピクリとも動かない。
「やーっつ! ここのーつ! とお! 勝負有り! 勝者、王山!!」
十数え、それでも尚も立ち上がる事が出来なかったのを見定めて、御祖父様が勝者の名を告げる。
すると従伯父上の方も既に限界を超えて居たのだろう、完全に力尽きた様子で受け身すら取らずに後ろへと倒れ込む。
「おう! 担架もってこい! 二つだ! 大丈夫だとは思うが一応、儂が面倒を見るから城に運べ! 志七郎、一番安い霊薬で良いから気が付いたら飲ませれる様に準備しておけ!」
流石に勝負の行方がどうなるかまでは見通して居なかった様で、珍しく慌てた様子で御祖父様が俺や回りの者達に指示を出している。
見れば従伯父上の側へと二人の子供の他に、清楚な雰囲気を纏った貴婦人という言葉が似合いそうな母上と同じ位の歳回りの上品な女性が心配そうな顔で駆け寄っていく。
同じく従叔父上の方にも弟子候補の少年の他に、俺と同い年位の少女と少し下位の少女、それから恰幅の良い気の強そうな肝っ玉母さんを絵に書いた様な女性が集まっていた。
勝者である王山従伯父上の方も意識は無い様で、運ばれて来た担架に自力で乗る様な事も無く、自身の弟子らしい大太刀を背負った若い衆に担がれ乗せられて運ばれていく。
敗者の徹雄従叔父上は、見た目だけで無く腕力の方もパワフルらしい肝っ玉母さんがたった一人で、従叔父上の巨体を物ともせずに持ち上げ担架に乗せる。
流石に運ぶのは一人では無理だが、御祖父様の指示を受けたらしい江戸でも顔を合わせた事の有る若手の藩士が四人掛かりで運んでいった。
「勝負は有った! が、双方ともに意識をすっ飛ばす程の激戦だったのは見ての通り……故に此度の一件に付いては、二人が目を覚ました後に沙汰を出し、その顛末は高札を持って知らしめる事とする。以上、解散!」
尚武の気風高く他所の者からは『戦闘民族猪山人』とすら揶揄される猪山の民の中でも、上から数えた方が早いだろう二人の達人の戦いは、彼等の無聊を慰めるには十分な物だった様で、誰も彼もが闘志と言うか殺気と言うか……兎角剣呑な物を目に宿し去っていく。
うん、多分この後、皆で一狩り行こうぜ! って感じに成るんだろうなぁ。
取り敢えず俺は、御祖父様に言われた通り、自動印籠の中から比較的数の有る、何時もの丸薬を取り出して置く事にした。
……今朝頑張って作った『スッパリ行っても繋がる霊薬』はお蔵入りかなぁ? いや、出来に絶対の自信が有る訳じゃぁ無いから、使わずに済むなら其れに越した事は無いんだけどな?
んでも、軟膏状に加工した霊薬は余り長くは保たないので、材料が勿体なかったなぁ……とは思うのだった。




