六百十三 志七郎、魔法連発し合流果たす事
あれから十程の群れにそれぞれ属性を変えた爆撃系の範囲魔法を叩き込み、妙な耐性を持つ者が居ない事を確認しながら次の目標を探す。
爆撃系の魔法は込められた属性毎に多少結果は違えども、その名の通り範囲内の全ての者を区別無く吹き飛ばす魔法で、乱戦時には使い辛い。
けれどもその反面、こうして多数の敵を相手にする時には便利といえば便利な魔法である。
ただ問題は……中心部に近い獲物はバラバラに弾け飛び、外縁部に近い者は衝撃で吹き飛ばされる、前者からは素材の類を剥ぎ取れる状態では無く、後者も四方八方へと飛び散る為ソレを集めて回収するのは割と面倒な事に成ると言う事だろう。
故に素材を手に入れる事が第一である普段の鬼切りでは、爆撃系の魔法を使う事は無い。
更に言うならば、複合属性の爆撃系の魔法は今の俺では、なんとかギリギリ使える難易度の魔法で、此れと氣を併用すると成ると何時魂枯れを起こしても不思議は無い位の負担が有ったので、実戦投入はまだ難しい筈だった。
けれども外氣功を身に着けた事で、俺の魂から出力される力の大半を魔法に回しても、普段無意識に纏う程度の氣は外氣功で賄える様に成った訳だ。
と言うか……氣は身体能力を含め様々な能力を増幅する事が出来る異能だ、恐らくは上手く使えば魔法の効果や威力を増幅する事も出来るんじゃぁ無いだろうか?
まぁやり方も知らない新たな技術の事に気を回すよりは、今の段階で出来る最善を尽くす方が先だな。
そんな事を考えている間にも二発、三発と爆撃の魔法を放ちながら、四煌戌を駆けさせる。
そろそろ美々殿が戦闘している地域に近づいて来たのか、それとも単純に未踏破区域の中でも敵の密度が濃い場所に踏み込んだのか、兎角化け物と遭遇する頻度が上がってきた様に思えてきた。
今の所はまだ一方向の先に一塊の群れが目に付き次第、爆撃の魔法を叩き込んでサクッと始末を付けているが、多分近い内に複数の群れを同時に相手取る必要が出てくるんじゃぁ無いだろうか?
複数の魔法を同時に使う『多重発動』の技術が身に付いて居れば、複数の群れを一気に吹っ飛ばす事も出来るのだろうが、残念ながら未だ修業が足りない俺ではソレをする事が出来ない。
となると、先手で一発撃ち込んで一つの群れを始末して、その間に間合いを詰められた相手には近接戦闘をするしか無いな。
今後、騎乗したまま戦う事が有る可能性を考えると、江戸に帰った後にでも長物の扱いも学んだ方が良いかもしれない。
と、思った側から、左右のそれぞれの斜め前方に、二つの群れが有るのが目に入る。
内氣よりは一寸倍率は下がるが外氣でも視力を強化する事は十分可能だ……そうして片方の群れを見ればその構成要員は概ね小鬼で、もう片方は見覚えの無い別の何かである。
全身が血の様な真っ赤な肌の額に二本角、一体一体が義二郎兄上並の巨躯、そしてその身の丈に相応しい大金棒……多分、前世の世界で『鬼』と表現した時に真っ先に思い浮かべるだろう姿の具現が其処には有った。
『江戸州鬼録』でも見た事の有る代表的な鬼の一種『赤鬼』だ。
江戸州に出る鬼の中では比較的上位と言える存在で、アレを複数……群れと呼べる数を一人で相手にするのは流石にちと厳しい。
加えて、連中は火属性に対する強い抵抗力が有ると記されて居たので、火属性を含む複合属性で与えられる損害は軽微な物に成る筈だ。
となると……取れる手立ては、先ず火爆撃で小鬼を蹴散らし、それから赤鬼達と接敵するのに合わせて毒の雨の魔法で、連中の体力を削り自身は防御に徹して削り殺す……と言うのが良いだろう。
四属性全てを宿す四煌戌は基本的に、時属性を除く全ての属性の魔法に抵抗が有るし、俺は智香子姉上の作った防毒薬を飲んで置けば、此方に被害無く一方的に相手を削る事が出来る。
ただ難点を上げるならば、殲滅仕切るのに多少時間が掛かってしまうと言う事か。
攻撃力の高い魔法の多くは火属性を含む物で、火が絡まない二属性複合の氷、毒、砂は何方かと言えば絡め手向きの属性なのだ。
火以外の単属性魔法にも、攻撃力の高い魔法が無い訳ではないが、広範囲高威力の両方が揃った物と言うのは、中々パッとは思い浮かばない。
多分お花さんならば、もっと効率のよい魔法の運用も出来るだろうし、近接戦闘に魔法を織り込む前提で接敵する事にも躊躇は無い筈だ。
森人の中でも特に幼い容姿ながら、アレで彼女は一朗翁を折檻出来る程の素手武術の達人でも有る。
外つ国では彼女やその弟子達の様に、精霊魔法と格闘術の両方を高度に融合させた戦闘術を有する『魔法格闘家』と呼ぶのだと、授業で聞いた覚えが有る。
俺の場合は『魔法剣士』か『魔法騎士』とでも呼ばれる役割に成るのだろうが……火元国では鬼切り者や武士をその戦闘方法で区別する様な文化は無い。
「古の盟約に基づきて、我、猪河志七郎が命ずる……」
おっと……余所事を少し考えすぎて居た、そう気が付いた俺は取り敢えず最初に考えた通り、先ずは小鬼を纏めて吹っ飛ばす為に呪を紡ぐのだった。
「あれ? 鬼切童子君じゃぁ有りませんか? こんな所でどうした……もこうしたも無いですね。私の戻りが遅いから……と、どっかの誰かがお節介したんでしょう? 全く、幾ら二つ名持ちとは言え、子供を一人で送り込むなんて……」
毒で弱った最後の赤鬼を叩き切った所で、毒の雨の効果範囲の外からそんな言葉が投げかけられた。
聞き覚えのあるその声は当然美々殿の物で、その戦装束がどんな物なのかを考え、振り返るのに一瞬躊躇するが、流石に暴れる前提の場所に全裸で来る事は無いだろう、と思い直し一つ息を吐いてから四煌戌の首を巡らせる。
「美々殿、ご無事で何よりです。俺が来たのは美々殿を心配した里の者からの要請では無く、家の御祖父様の命令なんですよ。多分、俺は実戦で技を磨く方が育つ……とでも思ったんじゃぁ無いでしょうかね?」
御祖父様の思惑がどう言う物なのかは想像すら付かないが、此処以外に四つも鬼の砦が近くに有り、他の者達が此方に来る事は出来ない……と言う話は取り敢えず口にはしない。
多分、彼女がその事を知っていたならば、周辺殲滅後に中心の建物に突入するなんて迂遠な戦術を選択していなかっただろう事は容易に想像が付く。
「んー、確かに実戦の中で追い詰められて潜在能力を解き放つ人の話は幾らでも転がってますけれども……鬼切童子君の場合、内氣と外氣の量を調整して爆氣功を発露させる段階ですから、ソレを知らずにでは余り意味が無い気もするんですけどねぇ……」
「おふ、おおん(取り敢えず、周りに敵居ないよ)」
珍しく自主的に風を操り周囲の索敵を行ったらしい翡翠がそう鳴いたので、俺は一寸気を抜いて、それからやっと美々殿の装いに目を向けた。
思った通り、彼女は全裸と言う訳では無く、里で立ち合い稽古を付けてくれた時の様な晒と褌だけの下着姿と言う訳でも無く、着物を身に纏っている。
……但し火元国の何処でも見られる様な肌を隠す物では無く、太腿は割と股下ギリギリの攻めた線で肩と胸元は大きく開かれた、前世の世界で言う『ボディコン』にもよく似た装いだ。
以前、仕事を共にしたお花ちゃんが着ていたのと殆ど変わらない格好を見るに、恐らく裸身氣昂法を身に付けた女性の一般的な戦装束なのだろう。
両手に持っているのは金属的な光沢を帯びた扇子で、多分『鉄扇』と呼ばれる暗器の類だ。
衣服や顔に返り血の跡は無いが、手にした得物からは血が滴り落ちている所を見る限り、相当な数の鬼や妖怪を仕留めて来た事は、疑い様の無い事実だろう。
「にしても凄いねー、これだけの数の赤鬼を一人で倒しちゃうなんて……二つ名持ちは伊達じゃぁ無いって事かしら? 見た感じ此れで外は一通り片付いた見たいだし、一緒に行く?」
辺りを見回し、微苦笑を浮かべそう言った彼女は、改めて妖艶さと何処か危険さを感じさせる笑みに表情を変え、俺を誘うのだった。




