六百二 志七郎、奥義を目にし期待と恐怖に震える事
屋良殿の逸物の話が一段落付いた所で、俺は今日も今までと同じ様に逆腹式呼吸で氣の素を感じる練習を早速始めようとした。
「あ、否々今日は美々様の教練と同じ事をすると言うのも芸の無い話故、先ずは拙者が氣昂法で至る先をお見せする……と言うのは如何であろうか?」
しかしソレを制して、屋良殿がそんな言葉を口にする。
成程つまりは只管に先の見えない修行を続けるのでは無く、行き着く先とやらを屋良殿が実演して見せてくれると言う訳か。
他者の修行修練を見て自分の改善点を探す『見取り稽古』も立派な稽古の内『技は見て盗め』と言う言葉は何も職人の世界にだけ有る訳じゃぁ無い。
古来、武芸の修行でも内弟子と呼ばれる立場の者達は、師匠の家に居候させてもらい家事等の雑事をしながら、師の立ち振舞を見習い、日々の生活の中でその技を盗む……と言うのが一般的な育成方法だった時代も有る。
そうした雑事も全ては修行で『竹刀を持つ時には雑巾を絞る様にして持つ』なんて言葉が有る通り、掃除も碌にした事の無い者は只竹刀を持つと言う事を教えるだけでも一苦労……だなんて事を前世の曾祖父さんに聞いた事が有った。
兎角、上手の者の技を見る事も立派な修行なのだ、それに否を唱える理由は無い。
「宜しくお願い致します」
俺がそう答えると、屋良殿は人好きのする笑みを浮かべ口を開いた。
「よし、では先ずは氣を見る目を開いて拙者を見てくれ。拙者も陪々臣家の出とはいえ武士の端くれ、氣昂法を用いずとも氣を纏う事は出来る」
言われた通り、通常視認出来ない氣を見る為に一旦普通に氣を纏い、ソレを眼球へと集中する。
すると屋良殿の身体からは、冬場に激しい運動をした後の湯気の様な氣が体中から立ち上るのが見えた。
しかしその量は然程多い物では無く、鬼切小僧連の中でも最も氣の扱いが拙いりーちと然程変わらぬ程度にしか見えない。
つまり氣を高める事をしない素の状態の屋良殿は、割とギリギリ氣功使いを名乗れる程度しか魂の出力が無いのだろう。
「ではこの状態で、氣昂法の基礎である皮膚から氣の素を取り込んで行くと……こうなる」
俺が彼の氣量を見きったのを察してか、笑みを消し生真面目な表情を作ると、そう言って呼吸の質を変える。
すると全身から立ち上っていた氣が丸で逆再生でも掛けたかの様に、身体の中へと押し込まれて行く。
よく目を凝らして見れば、身体の表面に圧縮された氣が薄皮の様に張り付いた状態で纏っているのが解った。
成程、須端田殿が氣を纏っていない様に見えたのは、氣を扱う一瞬だけこの状態で纏ったから……か。
「此処までが裸身氣昂法の基本、元来氣功使いで無い者が氣昂法を身に付けるならば、この状態を目指す事に相成りまする。そして元々氣を使える武士が氣昂法を身に着けたならば……」
丸で発破に火を付けたかの様な轟音が耳を打ち、屋良殿の身体が炎の様な氣に包まれる。
その姿は丸で某国民的漫画の主人公達が気を高めた時の姿によく似ていた。
髪の毛が逆立つ様な事は無いが、その身に纏う氣の量は先程までとは比べ物に成らない。
氣の量だけならば義二郎兄上すら上回る礼子姉上と同等かそれ以上の出力が有るのでは無いだろうか?
「この状態が、鬼斬童子殿が目指すべき最初の到達点と言う事に成り申す。そして此処から見せるのは裸身氣昂法の奥義の数々。流石に此等を短期間で身に付ける事は出来ぬでしょうが、何時かは至る先としてご覧くだされ……先ずは奥義の一!」
この修練場には、技を試す為の案山子や立ち木打ちに使うのと同じ様な丸太が何本か有るのだが、彼はそう叫ぶと丸太の一つへと視線をやり、右の手で人差し指と中指だけを立てた所謂『剣印』を結ぶとソレを己の額に押し付ける。
見る間に炎の様に燃え盛る氣が二本の指に集約して行き、ソレを丸太に向けると
「裸漢光殺法!!」
叫びと共に指先から氣が光線の様に打ち出され、硬い蚊母樹の丸太を簡単に貫き穴を開け、その後ろに有った案山子をも貫通し更にその後ろに有る壁に当たって其処にも抉り後を残した。
「この技はちくと加減が難しい故、使い所を見極めねば流れ弾で余計な被害を出しかねぬ大技だ。ですが貫通力は見た通り、並の大鬼程度ならば心の臓を貫く事すら可能と成る、正しく必殺技と呼べる一撃に御座る。そして次に見せるは奥義の二」
再び炎の如き氣を纏い直すと今度は掌に氣を集め始め、ソレが乱氣流とでも言うかの様に様々な方向へと乱れ飛び、徐々に圧縮されて行き小さな球体を形成する。
「裸身丸!!」
一足飛びに先程貫いた丸太へと飛びかかると、手にした氣の玉を丸太に押し付ける。
すると丸で研削盤で木を削る様な激しい音と共に、丸太に大穴を穿つ。
「裸漢光殺法が貫く事を主眼に置いた技ならば、この裸身丸は硬い者を削り倒す為の技。威力の加減が難しいと言う難点は同じですが威力は抜群。前者では鬼亀の甲羅を貫く事は出来ぬが、後者ならば削り倒す事も可能に御座る。そして最後に見せるのが奥義の三」
裸身丸で使った氣を再び纏い直し、直ぐに技へと行くのかと思ったのだが、丸太から大きく距離を取ると其処で一旦動きを止め、彼は再び口を開いた。
「あ、この技は両の手を使わえば成らぬ故、ちくとお見苦しい姿を晒すが其処はご勘弁を……」
と言って、お盆を足元に落とし、その巨大な逸物を白日の下に晒す。
そして両の手を腰溜めに構え、全身を覆う氣をその間に収束していく。
その姿は全裸であると言う事を除けば、その炎の様な氣と同じく国民的漫画の主人公が放つ必殺技のそれと全く同じと言えるだろう。
向こうの世界からその作品を見聞きした者が裸身氣昂法を学んで作ったのか、其れ共偶然同じ様な姿に成ったのか……まぁ向こうの世界でも類似する技を描いた創作物は幾つも有ったし、似通うのも仕方ないのかも知れない。
しかし巨大なモノに気を取られる以上に、両の掌の間に溜め込まれた暴力的とすら言える膨大な氣に怖気すら感じる。
「裸王! 轟! 衝! 破ぁぁぁあああ!!」
溜め込まれた凄まじい氣の奔流が突き出された両手から打ち出され、貫かれ削られた丸太の残骸を飲み込み、崩れた案山子をも食い散らかし、その向こうの壁すらも叩き壊す。
以前、新宿地下迷宮で御祖父様が放った技と同じ物の様だが、流石にあの時程の権太光線では無く、その太さは精々人一人を飲み込む程度だし、威力も比べ物に成らない程小さい様だが、ソレは御祖父様が異常なだけで、技としては彼の方が標準なのだろう。
「以上、この三つが裸身氣昂法の奥義とされる技。されども奥義は基本の中に有り、此等の技を用いずとも己の魂から汲み出した内氣功と、大気中から取り入れた外氣功を弾けさせる『爆氣功』を扱える様に成るだけでも、氣の応用範囲はぐんっと広がりますぞ」
お盆を拾いながらそう言った彼は、内氣功を垂れ流した状態、外気功で薄皮の様な氣を纏った状態、それから爆氣功と言う状態、其々で無手の演舞を見せるが、確かに爆氣功状態で行われるソレが、一番鋭くそして安定している。
氣は纏う事で本人の基礎能力を数段引き上げる効果が有る、纏う氣の量が大きく成れば成った分だけ、加速度的に力を増していく。
目に見えて大きな氣を纏う事が出来る爆氣功を身に着けたならば、今以上に氣の運用に気を使わねば成らないのだろうが、それと同時に今まで一つの事に氣を注力せざるを得ない運用法でも、余りの氣を別の事に回す事も出来る様に成るだろう。
そうなれば間違いなく俺の戦闘力は大きく跳ね上がる事に成る。
自身が爆氣功を身に着けた時の事を考えると恐怖と期待……その両方でぶるりと身が震えた。
修行の果てに己が至るだろう場所を明確に見せつけられた事で、俺は更なる意欲を持って修行に励む決心をするのだった。




