六百一 志七郎、修行に精を出し巨大に慄く事
「ちぇぇぇえええいぃぃい!!」
今日も今日とて修行修行……今俺はただ只管に無心に、地面に突き立てた身の丈の程の丸太を袈裟に逆袈裟にと打ち続ける。
前世の曾祖父さんから学んだ剣が俺の源流なのだから……と、更にその大本と言える薩摩示現流の『立木打ち』と呼ばれる稽古方法を試す事にしたのだ。
打ち込みは腕力に頼らず、胸と肚から出る力を剣に込めるのが肝要で、一気合の内に三十回を打ち込む程の速さを理想とする。
知識としては知っては居た稽古法だが、前世も今生でも実際に試してみるのは初めてだが……うん、正直キツい。
しかも此れを精根尽き果てるまで只管に続ける物なのだとされているのだから、幼い身体でやるには少々早かったかと思わなくも無いが、此処に滞在している間の殆どの時間は裸身氣昂法の修行に費やすのだから、剣に使える朝の時間は多少キツい稽古でも良いだろう。
なお、ソレをしているのは各宿坊の裏手に設けられた木壁で区切られた裏庭の様な場所で、此処ではお盆でモノを隠す必要は無い。
武芸の稽古ではどうしても両手が必要だったりして、逸物を隠す事が難しい為に、こうした稽古場が態々全ての宿坊に用意されている訳だ。
ちなみに此れは基礎を鍛える為の稽古なので、敢えて氣を纏う事はしない。
それにしても流石は南国リゾート環境の場所だ、本来の植生ならばもっと南の方の植物である筈の蚊母樹は此処等にも生えて居り、ソレを使った丸太も木刀に見立てた棒も割と簡単にお安く手に入れる事が出来た。
にしても……締め付けられる感覚が嫌いでブリーフや褌を嫌う俺でも、丸出しでぶらんぶらんと揺れ続けるのは、流石に一寸気が散るな……。
と、言うかこんな事をつらつらと考えている時点で無心に成れていないのは明白だ。
こんな事では、雲耀の一太刀には届かない、そう己に言い聞かせ俺は大叔父貴が朝飯の支度が出来たと呼びに来るまで、只管に立木打ちを続けたのだった。
大叔父貴が用意してくれた苦瓜と豆腐の炒め物と玄米飯に味噌汁でサクッと朝食を終えた俺は、此処数日繰り返している通り、裸身氣昂法の修行場と成っている広場へと足を向ける。
其処では俺以外にも七人の修行者が稽古に励んで居るのだが、彼等はそもそも氣を扱う事の出来る氣功使いでは無く、裸身氣昂法を学んで氣を扱える様になる事を目指している者達らしい。
当然、其々修行の進行具合は違うのだろうが、彼等を指導するのは里人の中でも割と老齢の人物で美々殿からは『爺』と呼ばれていた辺り、傅役でも努めていたのか、其れ共長老とでも言うべき立場の者なのかも知れない。
その彼は武士では無いと言う話では有ったが、俺の目ではその立ち振舞に隙らしい物は見受けられず、彼の宝物を隠す棒の先に付いた黒丸も、須端田殿のソレよりも一回り小さい物の様で、此処の基準でも達人と呼ぶに相応しい人物の様だ。
対して唯一武家の出の修行者である俺には、武士階級の師範代である美々殿が一対一で稽古を付けてくれている。
普段は俺が此処に着くのと殆ど時間差無く姿を表すのだが、今日は何故か俺と同じくお盆で分身を隠した男が此方へと向かってきた。
「貴公がかの鬼斬童子殿で御座るな? 拙者、坂東家家臣、屋良家の次男で内家と申す。本日は美々様が急な用事で里の外へと赴かねば成らなく成った故、代わりに拙者が稽古を付ける事と相成り申した、宜しくお頼み申す」
年の頃は十五~六位だろうか? 恐らくは元服したばかりの若者に見えるが、師範代を務める美々殿自身、彼と然程も変わらぬ歳頃なのだから、俺が舐められてるとかそう言う事では無いだろう。
実際、その軸の通った体捌きを見れば武芸に通じた者である事は一目で解る程で、恐らく剣を持って相対した場合、氣を使わねば体格差の分の不利を跳ね返し切れない程度の腕前は有るのではなかろうか?
ただ、問題は此処での判断基準だと言われている隠す道具の面積の大きさだ。
面積の小さな道具で、様々な立ち振舞の中でもチラリとも見せぬ体捌きを身に付けるのも、裸身氣昂法の修行の一つ、大きな道具を使っていると言う事はそれだけ修行が足りてない……と見做す事も出来る訳である。
「ああ、拙者の此れで御座いますな。拙者は例外とお考え下され、拙者は逸物が人様よりちと大きゅう御座ってな。並の道具ではただ立っているだけでもはみ出るのでござる。修行は十分に積んで居る故御安心召されよ」
……男にとって己の象徴の大きさは誇るべき物だと言うのは、向こうの世界でも此方の世界でも然程変わりはしない。
下らない事だとは解って居ても、男ならば他者と己を見比べて優越感を得たり、劣等感を感じたり、兎角ソレは『自身』とすら称される様な代物なのだから、その大小は男にとって割と大事な事柄だと言えるだろう……重ねて言うが下らないとは理解しては居てもだ。
故に時に見栄を張って自身のソレが長大だと主張する者が居ない訳では無いが、彼程その大きさを主張するのに手段を問わない者は前世今生通して初めて見た。
「そんなに気になるならば確認致すか? 拙者は衆道は好まぬがそっちに理解が無い訳では無いし、鬼斬童子殿の歳頃ならば未だ早いやもしれぬが、歳頃に成れば男同士ソレを見せ合い比べ合う位の事は普通にするしの」
多分、初対面の者からは殆ど毎回同じ様な反応をされるのだろう、そう言ってお盆をずらす彼の姿は随分と堂に入っている様に見えた。
「ほれ、拙者のへのこを見てくれ、こいつをどう思う?」
思わず好奇心に引かれて其処を覗き込んだのを俺は後悔した。
「すごく……大きいです……」
未だ幼い今の身体とは当然比べ物には成らないが、前世の成長しきった俺と比べても圧倒的な大きさなのだ。
例えるならば、前世の俺が.44マグナム弾を使うS&W M29の6.5インチモデルだとすれば、彼のソレは同じS&Wでも50口径を専用弾をぶっ放す化け物級のM500と言う拳銃だと言えば、その差が伝わるだろうか?
しかも俺の方は全力全開の時の大きさなのに対して、彼のソレは通常時だ。
高校時代の修学旅行の風呂場で本吉や芝右衛門を含めた同級生達と比べ合い、俺は最強とまでは言わずとも上から数えた方が早いだろうと自負していたのだが……世の中上には上が居ると思い知らされた気分である。
「ま、まぁ鬼斬童子殿は未だ成長前故、そう気にする必要は御座らぬよ。拙者程には早々成らぬとは思いますが、ソレでもその小さな唐辛子からは脱するでしょうし、心配召さるな。氣功を極めればナニも大きゅう成るとも聞きます故、先ずは修行を致しましょう」
想像以上に衝撃を受けた様子を見せた俺に驚いたらしい屋良殿は、慌てた様子でそんな慰めにも成らぬ言葉で話を逸らす。
氣でソレが大きく成ると言う話は流石に眉唾物だとは思うが、何時までも黄昏れている訳には行かないのもまた事実。
そもそも物の大きさと性能はまた別なのだと、前世に読んだ夜想曲の名を関するネット小説サイトの作品で読んだ覚えが有る。
大事なのは物の大きさでは無く、如何に相手をその気にさせるかと言う雰囲気作りの方なのだと……。
取敢えず江戸に帰ったら一度信三郎兄上にその辺の話を聞いて置くのも良いかも知れない、長兄は残念ながら俺と同じく真性の童貞だから、その手の事での相談相手には成らないだろう。
まぁ、今の所相手も居なけりゃ、そう言った欲求が沸いてくる訳でも無いし、取敢えずは良いんだけどな……と、そんな下らない事で一喜一憂する男の性に振り回されつつも、俺は今日の修行を始めるのだった。




