四 「無題」
「……次のニュースです。また、○○県警で不祥事が起こりました。一体○○県警はどうなっているのでしょうか」
懐かしい、というには嫌過ぎるだが、間違いなくよく聞き覚えのある声が聞こえてきた。生前、ほぼ毎日見ていた夜のニュース。そのキャスターの声だ。
「今日午後2時頃、閑静な住宅街に突如銃声が響き渡った。日本の不動産業に進出するため、物件の下見に来ていた××国の団体を○○県警が一方的に銃撃したのだ。幸い××国の方々に死者は出ませんでしたが、射撃を命じた○○県警△△署警部が流れ弾に当たり亡くなりました」
ナレーションとともに俺が銃撃戦を命じたあのビルが映しだされた。
バカな……あれはあの連中が撃ってきたから応戦したんだ!
「××国人数十人が警察に拘束されました。コレに対し主要国首脳会議の為来日していた××国首相は『これは不当な逮捕であり人種差別である。即刻釈放しなければ歴史上類を見ない外交上の失点となり、日本と××国の友好に大きな溝を作るだろう』とコメントしました。今のところこの事件に関する日本政府による正式なコメントは出ていません」
ドンッ、と何かを強く叩く音が響き渡った。
そこには、憤怒の形相でテーブルを叩いた姿勢のまま、怒りに打ち震える曽祖父の姿があった。
テレビに見入っており気付かなかったが、ここはどうやら実家の居間らしい。
社会人になってからは殆ど帰っていなかった俺が知る、そことは大分様変わりしていたがそこかしこに見覚えのある物が残っている。
時間帯から察するに家族そろってテレビを見ながら団欒の時間を過ごしていたのだろう、そこに爆弾が投下されたわけだ
俺はいわゆる幽霊状態のようで彼らの背に立ち見下ろしているが、誰一人として俺に気を払うものは居ない。
「バカな……コレが国の為、身を粉にして尽くしてきた者に対する仕打ちか……」
どうやら、怒りを感じているのは曽祖父だけでなく、祖父も、両親も、兄夫婦も又憤懣やるかたないと言った表情でテレビを見つめている。
「なんだ、なんなんだこの報道は、明らかにおかしいだろう。誰か一人が先走ったというならばまだしも、集団による一方的な銃撃などありえないだろ!」
「流れ弾ってなんじゃい! 責任者が一番前に居ったとでも言うのか、それなら流れ弾ではなく誤射じゃろ!」
「そもそも、なんで息子が死んだのに、家に電話の一つも無いのよ……」
こんな報道をされ一族の恥を晒した……、とそういう方向での怒りが俺に向けられると、ニュースを耳にした時はそう思った、だが口々に怒りの篭った言葉を発する家族たちだったが、その中に俺を非難するようなものは何一つ無い。
「あれは……学生時代は決して出来の良いと言える弟ではなかったが、任官後の働き振りは畑違いの俺の職場でも聞こえてきた、堅実で実直、融通がきかないところもある馬鹿正直な働きぶりだったらしい。何があったかは知らないが、あれが短絡的にこんな事件を起こすなんて思えない」
兄貴……。
10年以上まともに顔を合わせていないのに、皆が口々に俺を信じているという趣旨の言葉を口にする。
それこそ、結婚式に1度顔を合わせただけに過ぎない兄嫁すら、貴方が言うならそうなのでしょう。と、信頼を口にする。
なぜだ、なぜそんなに俺なんかを信頼できる? 家族を疎み、家族から離れ顧みなかった俺を。
曽祖父も祖父も父も母も兄もその嫁も、俺がやらかしたなんて一欠片も疑っていない……、
あの世界の母親もそうだ、どうしてそんなにも人を信じられる。
一人自問自答を繰り返しているうちに、テレビは次のニュースへと移り変わり、それを合図にするかのようにそれぞれが携帯電話片手に部屋を飛び出していく。
そして、その様子を見ていた俺は、いつの間にかあふれだす涙を止めることが出来なかった。
理解できない、いや理解したくなかった。
家族間にあり得る無償の愛情、両親や祖父曽祖父の俺に対する厳しさの陰にそれがあったことを。
「なぜだ……なぜだ……なぜだ!」
「そりゃ、家族だからッス。自分で判っている事をわざわざ理由を探して否定するのは不毛ッスよ」
「し、死神さん?!」
唐突に掛けられた声に顔をあげると、そこにはあの時と同じ制服に身を包んだ死神が居た。
「本当は干渉する気なんかなかったんスけどねぇ。でも、せっかく面倒な書類仕事してまで転生させたのにあっさり死なれても困るんッスよ」
「死ぬ? 俺が? なんで?」
訳が解らない、生まれ変わり三歳の祝いを受け、人生まだまだこれから、色々な事を謳歌できるはずだ。父親の疑念も、母親の説得で回避出来ていると思う、ならばなぜ俺が死ぬなどということになるのだろう。
「肉体ってのは魂が有って初めて形作られるッス。同時に魂は肉体に影響を受け転生を繰り返すうちに磨かれていくッス、たとえそれが記憶を持ったままでも……、だがアンタは違うッス」
死神は、目深に被っていた制帽少し持ち上げ真っ直ぐに俺を見つめ、再び口を開いた。
「アンタは子供であることを、生まれ変わった自分を受け入れなかったっす。新たな自分を受け入れなければ、その肉体に見合った魂には成らねッス。体と魂がズレたままでは生きていけないッス」
「俺は別に、子供であることを否定したりしてない」
「……子供ってのはどんな状況でも、家族を求めるものッス。家族との触れ合いを避け、家族を拒否すれば子供の魂は死んでしまうッス」
「親の、家族の居ない子供だって居る!」
苦し紛れに叫ぶが、わかっている、わかっているのだ。
「だから、自分で解っている事を否定するのは不毛ッスよ。家族とは必ずしも血の繋がりが有る集団ではないッス。どんなふてぶてしいガキでも、自力で生きて行くことが出来る年齢までは保護してくれる家族が必ず必要ッス」
「俺は……」
世話を受け入れていない訳じゃない、そう言おうと思った、だがそれでは死神の言うとおり家族との交流を避けている事を肯定する言葉に過ぎなかった。
「アンタは生まれ変わる前、厳しい教育の過程で身内の愛情を読み違えたッス。さっき見たとおり、アンタは間違いなく家族に愛されていたッス。それだって、もっと前に気付く機会はあった筈ッス」
「……」
反論したいのにその言葉が出ない。
「一族の名誉、その事だけで教育を押し付けていたならば、アンタの成績が下がった時ひどく叱責した筈ッス。良い大学というレッテルの付いた子供が欲しいだけなら、低ランクの大学に行く金なんか普通ださねぇッス。なんだかんだでアンタは、甘えてた癖にそれを否定して逃げてただけの甘ったれッス!」
死神の言葉は俺を打ちのめした。
生前の俺は、死神の言葉通り家族との会話を避け、ただ創作物に逃げ、仕事に逃げ、そして死に逃げたのだ。
俺の目から見ても優秀な兄と比べられるのを恐れて……。
だが思い返してみれば、俺を兄と比べ否定する言葉は家族の口から一度たりとも聞いたことはない。
そうか、俺は有りもしない物に恐怖し、それを恐れるあまりに家族との繋がりを否定していたのか……。
「そして、アンタは今又同じことを繰り返しそうになってるッス。転生者であり、大人の精神を持っている子供を、家族が拒否し否定することを恐れてるッス。さっきも言った通りアンタが子供の自分を受け入れ、家族を受け入れなければ、アンタの魂は肉体に定着できず命を落とす事になるッス」
「……だが、俺にはどうすれば良いのか解らない。家族とどうしていけば良いのか解らない」
家族を受け入れる、口で言うのは簡単だ。だがそれを実行するには具体的にどうすればいいのか解らない。
「……難しく考え過ぎッス、アンタは本当は知ってる筈ッスよ。思い出すッス、アンタが生まれ変わる前、その子供の頃を……。アンタがまだ本当に小さな子どもだった、両親やお兄さん、お爺さんも曾お祖父さんもアンタを可愛がってくれた頃を」
言われるまま、記憶のページを繙いていく。大学時代、中高校生、小学生、そして……俺は、ひとつの思い出に突き当たる。
「‥‥ああそうか、あの時は楽しかったんだ。親父もお袋も兄貴も、爺さんも曾祖父さんもまだ生きてた婆さんも、皆みんな笑ってた」
裃姿で千歳飴を持った俺と、それを取り囲み笑っていた家族達。
あの時は俺もまだ家族と共に笑っていたんだ。
「思い出せたようッスね……。まったく、完全に時間外労働ッス。もうあの世に来ちゃダメッス。ちゃんと今度は天寿を全うするんッスよ」
薄れゆく意識の中、ふと帽子の影で見えなかった死神の顔が見えた気がした。それは、何かをやり切ったそんな笑みを浮かべていたように見えた。