五百九十 志七郎、鍛冶場を見学し妖刀の危険を知る事
鎚が刃金を打つ音、鑪の炎が燃え盛る音、休む事無く鍛冶師達の奏でる旋律が響き渡る中を、俺と大叔父貴は難喪仙と一目様の案内で見て回る。
此処に居るのは火元人だけと言う訳では無く、明らかに白人系にしか見えない者や、全身が毛に覆われた山人と思しき者や、犬や虎の様な獣貌の恐らくは獣人と呼ばれる種族の者等の亜人の姿も見受けられた。
「外つ国にも鍛冶を司る神は居るんだけどねぇ。向こうはあたいのお祖父ちゃんよりも古く頑固な神様でねぇ。技は教わる物じゃぁ無く見て盗む物……ってな感じな物だから、余程熱心な子じゃなけりゃ物に成らないのよねぇ」
対して一目様は、懇切丁寧に一から十まで説明する……とまでは言わないが、此処が良い此処が駄目……と外つ国の鍛冶神に比べれば解り易く教える為、態々世界の端っこの島国まで修行しに来る者はそれなりに居るのだそうだ。
うん……職人気質と言えば聞こえは良いが、そうした者の多くは『経験に学んだ』者達で、自分がやっている事を理論として理解していない事が往々にして有る物だと、前世の世界で聞いた事が有った。
確かに技術と言う物の中には、言葉にする事の出来ない骨とでも言うべき物は有るのだが、其処に至るまでの道筋を只見て盗め……と言うのは確かに不親切と言うか何というか、無駄に難易度を上げている様に思える。
が、そもそも職人達すらも、そうした技術に付いて頭で理解しておらず、身体で覚えた経験に従ってやっていると言うのであれば、ソレを論理的に教えろ……と言われても無理が有るだろう。
前世の世界でも、研究者ならば兎も角、現場の職人は代々そう言う方法で受け継いで来た技術なのだから、同じ方法で伝承しようとするのだろうが……。
文明が発展し生活が便利に成れば成る程に若者から根性とでも言うべき物は失われて居り、その方法では継承者と成る者が居らず、結果老齢の技術者が亡くなれば失伝してしまう……そんな伝統技術の話は腐る程に聞いた覚えが有る。
特に土木建築や不動産と言った界隈は暴力団のフロント企業が割と多い関係も有って、俺も色々と聞いた事が有るのだが、大手のハウスメーカーと呼ばれる様な所では、大工を育てる事をしないのだと言う。
釘打ちならば釘打ちだけを、壁材張りならば壁材張りだけを教え、現場でもその職分だけをやらせるのだ。
分業とか専門化とか言うと聞こえは良いが、家一軒を一人で建てれてこそ一人前の大工……と言える業界の中でソレしか出来ない、と言うのであれば何時まで経っても半人前未満の技術者でしか無い。
そして……給料の方も半人前相応の額面しか出さず『嫌なら何時でも他所に行って良いよ、お前みたいな半人前を雇う所が有るならね』と言う訳だ。
同業他社に行こうと思えば、経験年数相応に様々な技術が要求されるし、他業種へと転職と成れば、ペーペーの下っ端からやり直し……結局は今の地位に甘んじる以外に選択肢は無い。
そんなエゲツないやり方が横行していたのだと言う。
しかしそうしたやり方の結果、現場全体を仕切れる技術者と言う者が不足し始めていた……と死ぬ前に聞いた事がある。
現場監督と呼ばれる者の中には机上の勉強だけで資格を取り、実際の現場を経験せずにその地位に就いた者も居り、そうした者はマニュアル通りの対応は出来ても、想定外の騒動に対処出来ないのだそうだ。
そうした事で納期が迫っているのに完成の目処が立たない……そんな現場に乞われて尻拭いをしに行く老練の大工と言うのは割と居たらしい。
が、当然ながら急遽呼ばれる熟練技術者に支払われる賃金が安い訳もなく、下手をせずともそうした者を呼んだ時点で利益は零……下手すりゃ赤字、なんて事も珍しく無いのだそうだ。
そしてそうした熟練大工は、自分の持つ『全てが出来る』と言う事が希少技術であり、ソレを人に教える事で自分の仕事が減る可能性を理解している為、その技術を他者に伝承しようと考える者は少ない。
結果一人前と言える大工は年々減少傾向に有るのだと言うのは、建設業の皮を被った暴力団から聞いた話だ。
また若手の育成と言うのは割と博打の様な物で、技術を懇切丁寧に教え込んだと思ったら、会社に恩返しをする訳でも無く独立されて、利益を食い合う同業他社に成った……なんて話もごろごろ転がって居たりするので、中々に難しい話なのだそうだ。
前世の世界に比べて師弟関係が厳格なこの世界では、師匠の利益を奪う様な不義理をすれば物理的に潰される事も有るらしいが、一目様はそんなの関係無ぇ!とばかりに、努力する気が有る者ならば誰にでも門戸を開いているのだと言う。
「あたいは兎に角、鬼や妖怪を斬れる得物を作れる者を一人でも多く育てるのが第一の仕事だかんね。火元国も今は割と安定してるけど、何時何時また尾田信永みたいな奴が現れるかも解らないからねぇ」
尾田信永? またなんかパチもん臭い名前の奴が居た物だな……まぁ我等が禿河幕府の創始者『禿河家安』も大概なんだが。
しかし話の流れからするとその尾田信永とやらが、この火元国を荒らすなり何なりした事が有ると言う事だろうか?
「あれ? ああ、そか……人の間じゃぁ本名じゃなくて六道天魔ってな呼び方がの方が一般的なんだっけか。あれもねー、元々は只の迷人だったんだけどねぇ。真逆、妖刀に魅入られて魔王一歩手前まで行っちゃうんだから運命って解んない物だよねぇ」
と、打ち込まれたトンデモ無い事実……いやいや、聞いた事無いぞ、そんな話! 家安公は向こうの世界から死神さんが呼び寄せたってのは聞いた覚えが有るが、六道天魔すらもが異世界の人間だったってのか?
「鬼斬童子君も妖刀にゃぁ気ぃ付けるんだよ。アレは容易に人を超える力を与えるけど、最後は当人を乗っ取って世界樹を蝕む化け物に成り下がっちまうヤバい代物なんだからね。安易な力に釣られて手を出すんじゃぁ無いよ」
妖刀を使う者とは江戸で一度、妖刀に類する物として妖笛を持つ者とも京の都へと向かう道中で一度、合わせて二度相対する事が有ったが、その何方もが結末は無残な物だった。
前者は彼女の言葉通り魂をも妖刀に憑いた妖怪に食われ化け物へと成り下がり、後者は武士としての誇りを胸に抱いたまま、憑いていた糞鼠諸共に俺が叩き切った。
もしも奴らを俺が止める事が出来なかったならば、六道天魔との戦いの様な大乱へと発展していた可能性が有ると言う事なのだろうか。
いや、多分……俺が向こうの世界に赴く原因と成った『界破り』も、もし成功していたならばソレと同じ位の大事に成っていたのだろう。
この世界に現れる鬼や妖怪の大半は、外の世界から世界樹を狙いやって来る異世界の神の尖兵だと言う話だし、そう考えたならばこの世界は常に危機に瀕していると言っても強ち間違いでは無い。
そんな世界に生きる者達に安易な力を与え欲を満たす事と引き換えに、世界樹を侵す尖兵へと作り変えるのが妖刀なのだそうだ。
「まぁ、妖刀を手に入れる様な事が有ったなら自分で使おうとは思わず、最寄りの神社に持ち込む様にね。そーすりゃあたいが神器なり霊刀なりに作り変えて授けてやるかんね……ってそーいや、猪山からはもう既に折れた妖刀を預かってたっけか」
猪山から預かった妖刀……と言うのは多分、義二郎兄上の腕を奪ったアレの事なのだろう。
「御師匠様!? アレはオラが昇神した時に最初の霊刀を打つ素材にするって言ってた筈だお! ありゃオラに送られた御歳暮だお! 幾ら御師匠様でもアレを横取りってーのはひでー話なんだお!?」
と、俺の後ろでソレまで黙っていた難喪仙が吠えた、そうか御中元とか御歳暮とか、猪川家から送られているって話だったな。
あれ? そーいや、智香子姉上の作った『時』属性の地金も何処かに御歳暮に送るって仁一郎兄上が言ってたよな? もしかしてそれも難喪仙に送ったんじゃぁ無かろうか?
「あー、わーってるよ。弟子から素材を取り上げる様な真似はしねーってーの。んでも、あんまり上達が遅いと鬼斬童子君が元服するまでに一人前の刀鍛冶にゃぁ成れねぇよ。ま、精々頑張りな」
えーっと、つまり俺が元服した暁には、難喪仙が霊刀を打ってくれるって事だろうか?
期待して良いのか、それとも不安に思うべきなのか……。
此処に来てからは努力を続けているんだろうが、三百年者の引き篭もりだと知っていると、微妙に信頼しきれない……そんな微妙な気持ちに俺は心を揺らされつつ、言い合う師弟を仲裁する為の言葉を考えるのだった。




