五百六十二 志七郎、歓迎され景色に目を奪われる事
京の都の最奥部、帝の住まう御所から見て北東――所謂『艮』の方向に聳える霊山『葛葉山』……此処が丸々安倍家の『屋敷』と言う扱いらしい。
「「「「鬼斬童子様、此度は遠国から遥々ようお越しやす。我々一同、御来訪を心より歓迎致しまする」」」
俺達が昼飯を食っている間に、御祖母様の屋敷で雇われている下男が、先触れとして走ってくれた事も有り、葛葉山の山門前には猪山藩の江戸屋敷に詰めている全ての人員を軽く上回る者達が居並び、そんな歓迎の言葉を投げかけてくれた。
此方へと出立する前、江戸では京の都の人間は嫌味ったらしく、遠回しな表現で他人を腐す悪癖を持つ者が多い……と言う様な話を色んな所で聞いた物だが、俺の目から見る限り彼等の目に嘘は無く、言葉通りに歓迎してくれている様に思える。
「親戚関係に有るとは言え、俺の様な小僧一人に盛大な歓迎誠に有難うございます」
その腹の中は読めないにせよ、恩には恩、礼には礼を返さねば、ソレこそ猪山藩猪河家の面子に関わるだろう。
「勿体のう御座います、頭を上げておくれやす。鬼斬童子様はあて等のお姫さんをその身を犠牲にしてまで助けてくれはった大恩人であらしゃる。そんな御方を無碍に扱うなんて出来る筈が御座いません」
「左様で御座います。お姫様が戻らへんかったら……当代様と違うて、近い血縁も居てはらへんし、安倍の御家は間違いなく断絶しとりました。そうなったらあし等の御先もどないに成ったか……」
「御方はうち等にとって……いいえ、京の公家の多くの者にとって大事な恩人でござります。まぁ、事が事やし大声で喧伝する訳にも行かんし、詳しい事知っとるんは安倍の御家に連なる枝葉だけ……そやし此処できっちりおもてなしせなあきません」
家中には数代遡れば安倍の血を引く者が居ない訳では無いが、その誰もが火元国の術者達を統括する陰陽寮の長たる陰陽頭の跡目を継ぐには、術者としての能力が足りないと言うのが事実である。
武家も公家も役職は家に付く物と言うのは共通で、その役目を継ぐに足りる跡継ぎが居なければ、その立場を外されるのは当然と言えるだろう。
そうした場合、名目上の跡継ぎを擁立する事で家名だけを引き継ぐ事は出来るだろうが、役職に伴う特権や権力なんかは失われる事に成る。
流石に失態をやらかしての改易とは違い、財産を丸っと没収される……なんて事にはならないだろうが、収入は激減するだろうし、生活の場である此処の御山を維持する事は出来なく成るだろう。
信三郎兄上を婿として迎えると言う前提で考えるならば、そうした遠縁の娘を養子にした上で娶せると言う選択肢が無い訳では無いが……血筋と言う説得力が落ちる為、役目を担う実力が有ったとしても、貫目が足らんと舐める者が出る事は容易に想像が付く。
やはり安倍陰陽頭家を維持し、陰陽寮が無駄な権力争いで力を落とさない為には、宇沙美姫と信三郎兄上は揃って居なければ成らないのだ。
彼等にとっては最悪『俺』が此方の世界に戻らなくても、その二人さえ居れば万々歳な訳だが……だからと言って恩や義理を忘れる様な者達が末永く繁栄を握り続ける事等出来はしない。
「皆、鬼斬童子様が無事戻られたとの知らせが届くまで、神仙に祈り日々を過ごしとりました。その御方がこの葛葉山を訪ねはったんや、あし等も御百度踏んだ甲斐が有ったゆうもんおす」
彼等の歓迎ぶりを見る限り、この京の都に着いた時点で彼等の方から接待の為の人員が出ていても不思議は無い。
だが俺の一番の目的が、お忍びでとは言え帝に謁見する事だった事も有り、出立前に必ず訪ねてくるので自重するように……と伯父上の方から指示が有ったのだそうだ。
「ささ、旦那さん達がお待ちでござります、わてから離れんように付いてきておくれやっしゃ。下手に逸れて結界に引っ掛かったら、トンデモナイ場所にすっ飛ばされる事もあります故……。今日はこの辺で食べられる最高の品を用意しとりますさかい、夕餉には期待しとおくれやす」
手土産の酒樽を御祖母様の屋敷から運んできた下男達から受け取りつつ、彼等は山門を潜り俺達を先導して歩き出したのだった。
よく整備された緩やかな山道を半刻程登り続けると、急に木々が途切れ視界が大きく広がった。
湖と呼ぶには少々小さく、かと言って池と呼ぶには少々大きい、そんな水面が目の前に姿を現したのだ。
風で辺りの木々が揺れ、木の葉と木の葉が擦れ合う音が鳴り響く……にも関わらず、水面には漣一つ立つ事も無く、水鏡の如く静かに風景を映し出している。
そんな中に建ち聳える黄金に輝く建造物は、前世に見た頓知小僧が活躍するアニメで、時の将軍様が住んでいたと描写されていた様に思えるあの建物を思い起こさせる物に見えた。
高校の頃に修学旅行で行った金閣寺よりも一回り大きく、屋敷と言うよりは城と呼ぶ方が相応しい規模にも思える。
また俺の記憶に有る金閣寺との大きな違いとして、その建物が池のほぼ中心に建っており、静かな水面に映る空の色と相まって、空の上に金色の城が浮かんでいる様にすら見えた。
しかもその艶消しの金色は、江戸城の一角を占める勘定奉行の兼無様の館の下卑た輝きとは違い、一種風格を漂わせる高貴な光に満ちている様に思える。
これはこれで一種の芸術と言えるだろうその光景に、俺は思わず息を飲み見入って仕舞う。
「何度見てもこの風景は美しいわねぇ……此れに比べたら猪山本領のお城は只の荒屋だわ……」
ため息を漏らしながらそう漏らす御祖母様、その言には多分に謙遜が含まれた物だとは思うが、言っちゃぁ悪いが此れと比べる事が出来るのは、俺が知る限りだと上様の御殿位だろう。
当然、安倍家家中の者達にとっても、この風景は自慢の一つらしく、急かす事無く堪能させてくれている。
「見事……としか言い様が無いな。俺は芸術には然程明るく無いが、吉野八郎兵衛の絵画と比べても何ら見劣りしない」
家安公が愛したと伝わる火元国史上最高峰の画家吉野八郎兵衛、彼の弟子筋を名乗る画家は何人も居るが、その名に見合う程の巨匠は今の世には居ないと言われている。
「そら、そうでっしゃろ。この御殿を設計したんは、その吉野八郎兵衛本人でござりますからなぁ。此処も六道天魔との戦いの折には京の都を守る為に戦場と成り申した。その際、一度は焼け落ちたんを戦後改めて建てたんが此れおす」
鬼や妖怪は何故か京の都を攻める時、必ずと言って良い程、南側の開いている方角では無く、この葛葉山の有る艮の方角からやって来るのだと言う。
大江山の鬼の時もソレは同じだったが、山裾で撃退出来た為、中腹に有るこの池が汚される事は無かった。
しかし六道天魔との戦いの際には此処を超えて戦場に成り、京の都まで後一歩で攻め入られると言う所まで追い込まれたのだと言う。
幸いその時には、京の都の公家と陰陽寮の術者達が一致団結し先程の山門を最終防衛線として奮戦し、その後ろを突く形で家安公率いる武家衆が援軍に駆けつけたので、都が戦火に焼かれる事は無かったが、この山は無事では済まなかった。
その後、帝の命で術者達を率いて家安公と共に六道天魔と戦い、莫大な功績と数多の鬼や妖怪の素材を手に入れた安倍家は、其れ等を惜しみなく売り払い、この山を再び安倍家の本領として復興させたのだと言う。
「父祖から伝え聞く話では、元々の御殿はこの池の畔に有ったらしいんやけんど、吉野八郎兵衛は美観と防衛両方の理由から、ああして池のド真ん中におっ建てたんやそうでおす」
天然の水堀と考えれば籠城には良いのかも知れないが、追い詰められた時に逃げ場が無くなるんじゃ無いだろうか?
此処まで攻められた事が有る以上、再びそう言う時の事を考えて建てているとは思うが……地下に隠し通路とか? いや、流石にソレは工事の難易度が跳ね上がりすぎるか。
「さて、そろそろ宜しゅう御座いますか? 旦那さんもお姫さんも首を長うして待っとりますさかいに」
っと、流石に一寸風景に見入りすぎたか……俺達は案内の者に促され、その金色の御殿に繋がる橋へと足を進めるのだった。




