五百六十 志七郎、雛に起こされ家臣団信頼する事
「ぴーっぴかちゅん、ぴっぴかちゅん! ぴかちゅん! ぴかちゅん! ぴぴぴのぴっ!」
普段よりも少しだけ早い位の頃だった、枕元から聞こえたそんな声に叩き起こされたのは。
「五月蝿い、近所迷惑だから静かにしろ。飯なら直ぐに用意してやるから……」
流石に眠る時まで聞き耳頭巾を被り続けて居る訳では無いので、ヒヨコが何を言っているのかまでハッキリと解る訳では無い。
けれどもこの鳴き方が空腹を訴える物だと言う事は、此処数日で理解した。
餌の火豆と一緒に貰った飼育手引に依ると、朱雀のヒヨコは餌を与えれば与えただけモリモリ食うのだが、与えすぎるとあっという間に肥え太り成長してから飛べなく成る為、餌の量を飼い主が管理しなければ成らないのだそうだ。
故にこうして空腹を訴える度に、手引に書かれている量の目安を参考に餌を与える様にしているのだが……毎回満腹に成るようモリモリ食わせている四煌戌との落差が有る為、少々可愛そうに思うのも事実である。
と言うか、躾的な意味合いを考えると、強請れば餌が与えられる……と学習させる方が宜しく無い気がするのだけれども、皇家に伝わる手引書の写本に書かれている通りにやってるんだし大丈夫だよな?
行李に餌を入れておくと嘴で啄いて破り勝手に食べる、なんて事も有るそうなので取り敢えず今は大川を遡る船の上で買った秘密箱に仕舞う様にしている。
流石にこの手順を覚えて勝手に開けるってな事は無いとは思うが、餌を勝手に漁るってのは動物を飼えば大概の人が経験する事だと、前世の悪友からも聞いた覚えが有ったので、念には念を入れて手順はヒヨコに見せない様に気を付けて……っと。
おっ、そろそろ貰った分の火豆が少なく成ってきたな、そろそろ買うか採りに行くかして補充し無いとな。
この火豆と言う物は、京の都周辺だと紅蓮洞と言う戦場に行けば幾らでも手に入る物では有るが、俺が単独で行くには少々辛い位の難易度らしいので、一人で採りに行くのは難しいだろう。
今日は午後から安倍の家に挨拶に行って、信三郎兄上からの手紙を宇沙美姫に渡す予定なので、午前中の内に買ってくる事にする。
火豆は前に智香子姉上が『耐火の霊薬』を作るのに使って居たのを見た覚えが有るので、多分『薬種問屋』に行けば手に入るんじゃないだろうか?
帰りの道中食べさせる分も含めて多めに仕入れて置かないとな。
まぁ、智香子姉上が使っていた以上、江戸でも手に入るのは間違い無いし、其処は少しだけ安心か。
あとはもう少しだけ成長してこの子の魂が安定してきたら、名前を付けて契約をしないとなぁ。
「ほら、おまたせ。たーんと食って早く大きく成るんだぞー」
この子用に買ってきた銅の深皿にきっちり豆を数えて入れ、目の前に置いてやる。
ガツガツと皿の底に嘴の当たる音を響かせながら、すごい勢いで餌を啄むその様子を見るに、本当に腹が減ってたんだなぁ。
多分、寝てる俺を気遣って限界まで我慢してたんじゃぁ無いだろうか?
産まれてきてたった数日しかたって無いのに本当賢いよな此奴、餌を待つのもそうだけど、畳の上に粗相したりせず、出しても良い様に紙を引いた場所まで移動してからするんだから……。
そう思いながら、食事の邪魔をしないように頭は避けて背中辺りを軽く撫でる。
毛皮とはまた違う羽毛のモフッとした柔らかい手触りは、割と癖になりそうな心地よさだ。
ぱっと見ると一尺程の丸っこい球体の様な体に小さな翼と足が出ている様な体型のヒヨコだが、触れてみると手首まですっぽりと埋まる位に毛足が長い羽毛に包まれており、中の本体は割と華奢なので触る時には注意しないと駄目だろう。
火属性の霊獣とは言え触るのが厳しい程の熱は無く、羽毛の中に入れた手は冬場に懐炉を触る様な感じで温い感じで、その手触りと相まって何時までも触っていたくなる。
「くぅん」
「おふぅ」
「うぉん」
と、縁側の方から四煌戌達の声がした、丁度ヒヨコも餌を食べ終わったみたいだし、着替えて彼奴等を散歩に連れてってやらんとな。
新しい子にかまけて、彼奴等を蔑ろにする訳には行かない。
犬や猫の多頭飼いの時に、割とよく有る問題なんだと、前世の親友が言っていた覚えが有る。
動物にも嫉妬の感情は有るから、その辺をきっちり手当しないと、先住者と新入りの間で揉め事に成り易いんだそうだ。
幸い四煌戌はヒヨコを餌と見做していきなり食おうとする様な事は無かったが、俺が対応を間違えれば、痴情の縺れでぱっくんちょ……なんて可能性は零では無いだろう。
同属性な所為か、それとも元々面倒見の良い気質なのか、三つの首の中では紅牙が割とヒヨコを気にかけて居り、一寸目を離した隙によたよたと歩き回り、縁側から落ちかけたのを滑り込んで受け止めた……なんて事も有った。
此処数日は出来るだけヒヨコから目を離さず、離れなきゃ成らない時には御祖父様や御祖母様に見てもらっていたが、この分なら少し出掛ける間ならば四煌戌に面倒を見てもらうのも可能なんじゃぁ無いだろうか?
まぁ取り敢えず今日は皆を慣らす為にも、触れ合わせるのが良いだろう。
「うし、散歩行くぞー」
寝間着から普段着用の着流しと羽織を身に着け、ヒヨコを抱き上げて、障子を開けたら紅牙の頭の上に乗せてやる。
「ぴっぴかちゅん!」
「うぉん」
「くぉん」
「ふぁあ」
同属性だからか、真ん中の頭だからなのか、据わりが良いらしく、他の頭に乗せた時は落ち着かない様子を見せるのに、紅牙の上に乗せた時だけは安心した様子でお座りするんだよな。
いや、紅牙の方がヒヨコが安心して座れる様に、頭を必要以上に動かしていないからか?
気を使っていると言うよりは、保護欲が働いている感じで、心なしか紅牙の目線がキリッと引き締まっている様に思えるし、取り敢えず散歩や帰りの移動中は此処を定位置にしても良いかも知れない。
散歩の時は全力で走る様な事をせずとも、半刻位歩けば満足するし、今日の所は様子を見つつ……かな?
おっと、こう言う時にこそ聞き耳頭巾を使うべき時だな。
折角言葉に成らぬ言葉を聞き取る事が出来るんだから、思い込みで勘違いして要らない苦労を掛ける必要も無い。
「一寸そのまま待っててくれよ」
そう一声掛けて、鎧櫃の中に仕舞い込んだ聞き耳頭巾を取り出し頭に乗せる。
「紅牙、そのままヒヨコを乗せてても大丈夫か? 辛いとか気を使ってるとかなら、遠慮せず言って良いんだぞ?」
それから振り返って、ビシッと音が出そうな程に固まったままの紅牙にそう問いかけた。
「くぅ~ん……おん! (えーっと……大丈夫!)」
「ぅわふわふぅ(紅牙のええ格好しぃ)」
「ふぁぁぁあ(正直どうでも良い)」
何故か言葉を掛けた訳じゃぁ無い水鏡と翡翠からも返事が返って来るが……うーん、この反応はどうなんだろう?
本人は大丈夫と言っているが、水鏡の反応からは格好付けて居るだけ……とも感じられるし、同じ身体を共有している翡翠が投げやりな感じの言葉を吐ける以上、大きな負担は無いとも受け取れる。
「お前の方はどうなんだ? 其処に乗ってて疲れないか?」
四煌戌の胴体に手綱を付けつつ、今度はヒヨコに問いかける。
「ぴよぴ! ぴっぴかちゅん! ちゅゃぁ……(大丈夫! 此処温かい! すやぁ……)」
と、そんな返事を返したと思ったら、腹が膨れた所為かそれとも紅牙の暖かさの所為か、瞼を閉じて眠り掛けた。
「わふ、わおん!(大丈夫、任せて!)」
落ちないかな? と心配して起こそうと思ったんだが、ソレより早く紅牙がそんな事を言いだす。
……家臣の言葉は信頼しなけりゃ主である意味が無い、そう判断した俺は、そっと四煌戌の背中を撫で、散歩へと出発するのだった。




