五百五十七 志七郎、勝負の行方を見守り腑に落ちぬ物を抱く事
永らくおまたせして誠に申し訳有りません、なんとか執筆出来る程度に体調も回復してきたので、今夜から更新再開致します
今年の風邪はしつこいですねー……って去年も言っていた気がしますOTZ
「なんと! 双方共に見事な出来栄え! 此れは心して翫味せねばな」
「斯様な意地の悪い食材を提示されたにも関わらず、何方も文句一つ言わずとはの」
「然り、所詮は下賤の者と侮っておったが、何方も誇り高き包丁人でおじゃるな」
第二幕は、指定された希少な食材を主とした料理を作り、ソレを京の都に住む公家の中でも指折りの美食家が審査すると言う形の勝負だった。
そして提示された食材はなんと竹、それも筍では無く立派に育った青竹である
アレをどうにかして食える様にしろ、と言うのがお題なのだろう……恐らくは俺を含めこの場に居た者の大半がそう思った筈だ。
だが手持ちの食材や調味料以外に、一つだけ運営側に食材提供を求める事が出来ると言う、勝負の取り決めが言い渡されるや否や、二人共示し合わせた彼のように同じ食材を要求した……それは『米』だ。
竹その物を食わせるのでは無く、竹筒の中で米を炊く事で、竹の味と香りを纏わせた飯を用意すると言う判断を下したのだろう。
無論、ただなんの工夫も無く米を炊いただけで勝てる勝負では無い。
双方、第一幕で使用した食材や調味料、そして決め手の出汁を、共に竹筒の中へと入れる事で『炊き込みご飯』を作ったのだ。
そして今、三人の審査員の前へと運ばれた竹筒が割られ、中から筆舌に尽くし難い、なんとも芳しい香りが辺りに立ち込めた。
上記の言葉は、中から顔を出した飯を目にし、その香りを嗅いだ審査員達の口から漏れたものである。
小皿に取り分けられたソレを、見た目、香り、そして味……と、見ている者が焦れったく成る程に時間を掛け見極める。
「……素晴らしい、何方も竹を食わせると言う課題に相応しい出来栄えだ」
そして深い深い溜息と共に、審査員の一人が二つを食べ比べ終え、そう称賛の言葉を口にする。
「うむ、竹の風味を殺す事無く、かと言って出汁が弱すぎもせず……美味い」
目を瞑り聞き間違えぬ様、口と鼻に意識を集中していたらしいもう一人も、言い放ったのはやはり褒め言葉。
「然り、美味い……確かに美味い。だが、此度の主題を鑑みれば優劣は付きましたな」
しかし最後の一人が口を開いた瞬間、観衆に緊張が走った。
互いに目配せをし、頷き合うその姿からは、何方の勝ちかを読み取る事は出来ないが、それでも恐らくは三者一致で勝者が決まったと言う事だけは誰の目にも明らかだ。
「御三方の中で第二幕の決着は既に付いた物と見受けられますが、此処で第一幕の集計結果が出たので、先にそちらの発表と参りましょうか」
けれどもソレが直ぐに明かされる事は無かった、高まった緊張を嘲笑うかの様な表情を浮かべた嘉多様がそんな言葉で割って入る。
「西! 飯屋! 得票数三百三十四! 東! 鎧屋! 得票数三百四十四! 僅か十票の差では有るが、第一幕は鎧屋の勝利である!」
地響きの様に太鼓が打ち鳴らされ、その轟きに負けぬ力強い声で嘉多様が志郎が一本取ったと高らかに宣言した。
接戦と言って間違いないその得票差に、有る者は悲鳴を上げ、また有る者は歓声を上げて、結果に一喜一憂している。
それにしても敵地と言って良いだろう志郎が勝利したと言うのに、不正投票だなんだと文句を言う者が一人も居ないのは、この京の都という土地では公家と言うのが本当に敬われている証拠と言えるだろうか?
いや地元贔屓とか、向こうには組織票が有るだろう事を考えれば、本来はもっと票差が出ていても奇怪しく無いだけの味の差が有ったと言って間違いない。
ソレが解っているから、誰もこの結果に異を唱えようとはしないのだ。
……と、成ればこの勝負貰ったも同然だろう、なにせ主食材である竹にも米にも差は無く、副食材はそれぞれ第一幕で使った物と同じなのだ。
確かに飯屋の店主は、安い食材を使い相応以上の美味さを作り出す事が出来ると言う点で、志郎よりも良い腕をしていると言えるかも知れない。
だが食材の差は歴然、例えるならば場末の居酒屋で出されている三百円のお通しと、高級料亭で一皿一万五千円で出される珍味と言った所だ。
と言うか、ソレだけの高級食材を自分で採りに行ったからと、採算度外視でぶっ放してるんだから、勝って当然の勝負とすら言えるかも知れない。
まてよ……料理の選定は確かに志郎が行ったが、素材の入手は御祖父様の知恵に依る物だ、となればこの勝負の行方すら、その掌の上と言う可能性も無いか?
下手をすればこの勝負そのものが御祖父様の仕込みと言う事も考えられる。
ああ、そう考えれば結果は見えていると考えて大丈夫だろう『悪意に置いて優る者無し』とまで言われる御祖父様の言う通りに集めた食材を使って負けるなんて事は有り得ない。
そう思って、軽く息を吐き気を抜いたその時だった。
「では第二幕の結果を発表する! 審査員須原五十六対四十四、飯屋。審査員村田六十二対三十八、飯屋。審査員溝口五十一対四十九、飯屋。三者一致で第二幕の勝者は飯屋侠人!」
……ゑ!? いやいやいや、一体どう言う事だってばよ!?
余りにも予想外過ぎる結果に、動揺したのは俺だけでは無い。
回りの観衆からも、ざわ……ざわ……と困惑混じりの喧騒が上がっていた。
「……美味さだけで言うならば、鎧屋の方が美味かった……ソレは間違いない。だが……だぁぁぁが! しかし! 此度の主題は竹! この味を如何に活かすかが勝負の分かれ目であったのだ」
田村と呼ばれた審査員が三人を代表し立ち上がり、その結果を解説し始めた。
その言に依るならば、志郎の竹の中に米と共に入れ炊き込んだ牛蒡やどぜうは……美味すぎたのだ、主題である竹を食ってしまう程に。
対して飯屋が炊き込んだのは、蒟蒻にえんどう豆、そして少量のネギと紅生姜、其れ等は竹の香りを邪魔しないギリギリの量だったと言う。
「鎧屋志郎……お主はより美味い物を食わせたい、そう考え具材を多めに入れたのだろう。恐らく並の食材だったならば、その判断は間違えては居らん。去れど、お主の使った食材はどれも並では無かった」
炊きあがりをそのまま出さざるを得ないぶっつけ本番一発勝負で無かったならば、また違った結果に成っていただろう。
試作し試行錯誤の末に出せる味での勝負では無く、突然提示された食材での即興勝負……その戦いに打ち勝てる程、志郎には経験が足りなかったのだ。
「結果として、お主の料理は繊細な竹の風味が力強い牛蒡の風味に負けてしまったのだ。如何に美味いと言えども、此度の勝負の主題は飽く迄も竹、主従を逆転させてしまっては勝ちを与える訳には行かん……と言う事だ」
諭す様に投げかけられたその言葉に、志郎は悔しそうに唇を噛み、肩を震わせ……
「料理は腕自慢、材料自慢に陥った時点で堕落する、常に食べる者の事を考えろ……親父に散々言われてた事だったのに、ソレを忘れたのが敗因か……」
そう誰に聴かせるでも無く呟いた。
「何言うとんのや、勝負は一本ずつで分けやないか。まぁ、あんだけ良い食材使こうて分けなんやから、ワシの方が腕が良えちゅーんは間違いあらへんなあ」
対してカラッとした笑みを浮かべ、志郎に向かってそう言い放つ飯屋の亭主。
数日前の因縁を感じさせないその態度は、夕日差す川辺で殴り合った相手は、『強敵』と書いて『とも』と読む……そんな昭和の不良漫画を思わせる物に見えた。
「……俺はあんたの料理を不当に貶したんだぞ、なのになんでそんな風に笑えんだ」
志郎は料理人の誇りを踏み躙る様な集りをしていた事を後悔しているのだろう、力無くそう問いかける。
「んなもん、ウチの舎弟に良えだけ どつき回されたんやし、ソレで落とし前付いとるやろ。それに……此処でゴネて猪山と事構えるなんて話になったら、ワシの方が桃山の親分にぶち殺されるわ」
ああ、うん……結局は怖い後ろ盾が居るってのが大事な訳ね。
俺はなんとも言い難い物を胸に抱きながら、互いの健闘を称え合い手を握り合う二人の姿を眺めるのだった。




