五百五十三 志七郎、穴掘りに負け未熟さ噛みしめる事
「ほれ志七郎、腰が入っとらんぞ腰が! 気合入れて引っこ抜かねば、途中で圧し折れるぞ! 中折れ連発なんぞしとったら、男児の本懐を遂げる事なんぞ出来ぬぞ! そーら頑張れ頑張れ!」
と、御祖父様にそんな下品な言葉で発破を掛けられながら、俺が行って居るのは柳川鍋に置けるどぜうと並ぶもう一つの主役で有る牛蒡を掘って居るのだ。
京の都周辺ではごんぼと呼ばれ、割と色んな場所で栽培されているこの食材は、買おうと思えば幾らでも簡単に手に入る。
にも関わらず、俺が態々京の都の北東に有る七転門と言う戦場に出張ってまで、牛蒡掘りをしているのか……。
それは此処に牛蒡種と言う妖怪が出現し、ソレが花開く前の段階で掘り出せば、其処らの畑で栽培されている物よりも圧倒的に味の良い牛蒡が手に入るからだ。
御祖父様曰く、牛蒡種は『種』と言う名に反して実の部分に当たる妖怪で、所謂『引っ付き虫』と言われる様な形状をしており、近くを通り掛かった人間や他の生き物にくっつき取り憑いて、その精神を乗っ取るのだと言う。
更に厄介なのは、その様にして取り憑いた牛蒡種は、その者の記憶を読み取って住処へと戻ると、その肉体を苗床に増殖するのだそうだ。
結果、一度被害者が出ると流行性の病気や、前世の世界で物語の題材と成った所謂『屍人物』の様な形で大繁殖する事が有る、極めて危険な妖怪らしい。
故に開花時期で有る夏前には、高い懸賞金が掛けられ京の都一帯の鬼切り者達が大量投入され、大規模駆除が行われるのだそうだが、どうしても取り残しは出てしまい、完全に駆逐する事は出来ないのだそうだ。
その辺は北海道で野生化した大麻を、道警や保健所が血眼に成って伐採、駆除を行っているが、少しでも残れば其処から再び繁殖するので根絶しきれない……と言うのと近いのだろう。
まぁ野生の大麻は勝手に採取すれば逮捕されるが、牛蒡種を開花前に採る分には何ら咎められる事も無い。
ただしその時には、必ず一つの群生地に生えている牛蒡は根こそぎ掘る事が義務付けられている。
群生して居れば取り憑かれ無い様に注意する事も出来るが、他の雑草の中に一本だけ混ざっていれば、その危険度は大きく跳ね上がると言う訳である。
そう言う訳で、俺は朝からただ只管に牛蒡を掘っている訳なのだが……、残念ながら今の所途中で折らずに綺麗に引っこ抜けた物は無い。
持ってきた剣先円匙である程度掘ってから抜こうとはしているのだけれども、一寸力を掛けただけでポッキリ逝ってしまうのだ。
多少ならば兎も角、ある程度の大きさの根を土の中に残してしまうと、其処から再び成長して芽を出しまた実が成る……故に折ってしまった場合は再び円匙を手に先端まで掘り起こさなければ成らない。
ならば最初から全部掘り起こしてしまえば良いとも思うのだが、生えている数が数なので、ソレをしていては恐らく全回収は難しいだろう。
「腰を入れて真っ直ぐ一気に引き抜くんじゃ。力尽くでは折れる、迷いが有っても折れる。剣の扱いや女性の扱いと一緒じゃ、丁寧にされど一気果敢に……さすればこう……スポンっと行く物じゃ。まぁ女性の扱いは童貞にゃぁ解らんかもしらんがな」
そんな俺に対して御祖父様は、一切掘り起こす事も無く、無造作に葉と茎を引っ掴むとその言葉の通り、音が聞こえる様な気がする程にあっさり引っこ抜く。
ま、まぁ相手は百戦錬磨の達人にして、火元国中でも並び立つ者は殆ど居ないと言われる程の知恵者、敵わないのは仕方が無い、そう思える……けれども問題は
「わふわふわふ」
「くぅんわぉん」
「ふぁあふぁふ」
四煌戌が掘り返した物の方が圧倒的に綺麗な状態だと言う事だ。
周辺警戒の為に連れて来た彼等だが、土いじりをする俺の様子に、居ても立っても居られないと言う感じだったので、掘らせて見たら見事ご覧の通りだよ……。
いや、犬が穴を掘る生き物だと言う事を知らなかった訳じゃぁ無い。
だが、牛――それもかなり大型の――を越えつつ有る程の体格に成長した四煌戌が、折れやすい牛蒡を綺麗に掘り起こす様な繊細な真似が出来るなんて思っていなかった。
俺が円匙で一本を丁寧に掘り返そうと思えば、その間に四煌戌は三本を掘り返す、ソレぐらい掘る速さに差が有るのだ。
だからと言って焦って掘り方が足りない状態で引っこ抜こうとするから折れる……。
御祖父様のやる様に変な力の掛け方をせず、真っ直ぐ引けば、綺麗に抜く事が出来るんだろうが、上手くやろうと思えば思う程にへし折れる。
「ほれほれ、手早くやらんと此処全部掘り切る前に日が暮れちまうぞ。ワン公共任せで手前ぇは高みの見物か? 手前ぇの小遣いは手前ぇで稼ぐ物だ、部下の上前撥ねる様じゃぁお前ぇ猪山の子失格だぜ?」
むんずとまた一本手近な所に生えてる牛蒡を片手で引っこ抜き、積み上げられた牛蒡の山の上へと放り投げた。
……このあと無茶苦茶掘ったが、結局綺麗に抜けたのは群生地に生えていた最後の一本だった。
「此処までぼっきぼきにへし折れるんだったら、態々掘らなくても狩れる牛蒡でも良かったんじゃぁねぇですかい?」
俺が彫りそこねた牛蒡を丁寧に洗い、ソレで金平を拵えながら志郎がそんな言葉を口にした。
「いやいや、コレも志七郎の修行の一環よ。それに幾ら折れるとは言え珍比良牛蒡よりは、牛蒡種の方が味が深い……彼処のどぜうと合わせるならば此方で無ければ力負けするわい」
二人の話に拠れば、京の都周辺の戦場には『珍比良牛蒡』と言う、目に付く生き物に誰彼構わず喧嘩を売って歩く、牛蒡の変化が出るらしい。
基本高難易度の戦場しか無いこの周辺の戦場に出る妖怪としては、雑魚も雑魚と言える存在で、出現する場所辺りでは年がら年中格上の鬼や化け物に喧嘩を売っては打ちのめされた牛蒡が労せず手に入るのだそうだ。
そんなのが居るならば、態々畑で牛蒡を育てる必要は無い様にも思えるのだが、珍比良牛蒡はその性質上、綺麗な状態で手に入る事は無い為、農作物としての牛蒡にも一定の需要は有るのだと言う。
なお味と言う点で珍比良牛蒡は畑で取れる通常種と然程差は無いらしい。
と、成れば牛蒡種が乱獲されそうな気もするのだが、危険度と労力が市場価格に見合う程では無く、結果として一斉駆除の時でも無ければ、態々手を出す者は居ない……と言うのが現実なのだとか。
「珍比良牛蒡で金平牛蒡作るなんて駄洒落みたいな真似をせずに済んだんだから良いじゃないか」
寒い駄洒落みたいな物を出されたら、余程上手く作られた物だとしても、その名前だけで余り美味いとは感じないだろう。
「あー、でも俺ぁ上位種の組長牛蒡で金平作った事有るぜ? 流石に系統最上位種ともなりゃ、味も歯応えも最上でなー。ありゃぁ美味かった」
珍比良牛蒡は江戸でも出現する場所が有るのだが、そこでは若衆牛蒡や本部長牛蒡、若頭牛蒡に組長牛蒡などと呼ばれる上位種が稀に出るのだと言う。
当然上位で有れば有るほど、その強さは跳ね上がり、ソレに比例して味も良くなるらしい。
「此奴は……本部長より上、若頭にゃぁ届かない位かね? 風味の強さは若頭と同等っぽいが、歯ざわりがちと軟すぎる」
其れ等全てを食べ比べた事が有るらしい志郎は、調理中の金平を一つまみ味見し、そう言いながら鍋の中へと白胡麻を散らす。
「ほい出来た、今日の晩飯は牛牛蒡と金平、牛蒡と綱寒の迷姐酢和え、んで牛蒡の味噌汁と牛蒡尽くしだ、お上がりよ」
そう言いながら渡された御膳に並ぶ料理は、睦姉上のソレと比べても決して見劣りしない、そんな風に思えたのだった。




