五百四十七 志七郎、土産を探し手土産を考える事
改めて建物の中を見渡して見れば、本当に色々な物を扱う見世が、広大な階床が狭く見えるほどにひしめき合っている。
どうやら各階を移動する為の階段側に掲示された階層案内に書かれた業種は、飽く迄も大まかな物に過ぎないらしい。
なんせ比較的安い輸入娯楽品を扱う筈の一階に、小さな物でも十両は下らない高価な宝飾品の類である秘石を扱う沙蘭の見世が有るのだ。
いや……違う。
見世に展示された商品を見る前に、彼女に声を掛けられたので気が付かなかったが、秘石は上客に売り利益を稼ぐ為の品で、もっと沢山積み上げられ展開されているのは、向こうの世界の絵本だ。
一寸法師や桃太郎、浦島太郎に金太郎、此方でも御馴染みの御伽草子系の絵本も有れば、シンデレラに白雪姫、人魚姫やらピータパンなんかの童話系の物まで選り取り見取りである。
ただどれにも共通して言える事が有った。
ソレは前世に俺が子供だった頃に本吉の家で見た紙芝居や絵本で見慣れた絵柄では無く、芝右衛門や本吉が好みそうな、所謂『萌え絵』という奴に見えると言う事だ。
桃太郎と表紙に書かれているからこそソレと分かるが、俺の目にはハッキリ言って男装した少女にしか見えない。
むしろあの姿で男の子だと言い張るのであれば、桃太郎というよりはホモ太郎と言った方がしっくり来る感じすら有る。
一寸法師も浦島太郎も、それぞれ御姫様に愛される物語と有ってか、俺の目には何処かのホストでも雛形に描かれている様に映る有様だ。
其れ等に比べれば童話系の違和感は多少マシでは有るが、それでも少女漫画の様な綺羅綺羅とした絵柄は、ソレを好まぬおっさんの感性を持つ俺には少々目に痛く映った。
まぁ絵柄の是非は兎も角、印刷技術が段違い過ぎるこれらの絵本は、大枚叩いて買う価値の有る土産物では有るだろう。
実際、俺が一寸居た間だけでも、何人かが小判を出して、其れ等の本を手にして帰っているのだ。
しかし客の大半が蒲田殿の御同類に見えるのは、恐らくオカマ祭りの為に火元国中からそう言う者達が集まっている時期だからだろう。
……取り敢えず他所を見て回ろうか、オカマの団体さんの中に突っ込んで有れ等を買い求める勇気は俺には無い。
帰りにまた寄って、人が引けてたら一冊位は売上に貢献していくのも良いだろう。
そう判断し、俺は上階へと続く階段に足を向けたのだった。
父上と仁一朗兄上には北方大陸産の火酒を、義二郎兄上は何時帰って来るかも解らないし、信三郎兄上には取り敢えず船で買った本で良いだろう。
りーちには東方大陸の商売繁盛の縁起物だと言う亀を模した焼き物――紐を通して根付として使えるらしい――で良さそうだし、そろそろ元服の年頃を迎えるぴんふには洋物の艶本辺りがネタ的にも実用的にもアリだな。
とは言え、後者は流石に御祖母様が同道してる時に買う訳にも行かないし、扱ってる見世の場所を把握したら、後日こっそり買いに来よう。
歌や蕾お忠も含めた母上達女性陣には、南方大陸から輸入された香料入りの石鹸を纏め買いした。
後は江戸家老の笹葉には先代当代共に、土産を用意して置いた方が良いだろうか?
先代には父上達と同じ火酒で良いかな? 当代は極度の猫好きなのは間違いないし、何処の物かは書いて無いが、猫の頭を象ったガラガラ? マラカス? 兎角そんな感じの楽器にしよう、そろそろ子供が出来ても奇怪しくない頃合いだしな。
他の家臣達は個別に用意するのではなく、皆一並びの品を纏めて用意すれば良いだろう……ただ前世と違って、こう言う時に一箱幾らの菓子なんかが選択肢に入らないのが割と面倒に感じる。
肉桂味の生八ツ橋は俺個人としても割と好きな土産物だし、京都方面に出張した時には、だいたいアレを買って帰れば文句を言ってくる者はほとんど居なかった。
その数少ない例外だったのは本吉の奴で、曰く『生八ツ橋はイチゴ味に限る』だそうだ、奴の推薦する店のソレは美味かったし、署の女性警察官達の評判は良かったが、まぁ……少数派の戯言として流して良い範疇だろう。
兎角、交通事情の宜しくない此方の世界で、土産物として生菓子と言う選択は有り得ない。
干菓子の類なら多少は日持ちするかも知れないが、それだって湿気て駄目に成る事を考えれば不適当だろう。
そう考えると向こうの世界で買った不銹鋼のぐい呑は、重さを別にすれば割と当たりだったと言える。
「無理に此処で買わなくても良いんじゃないかしら? 折角京の都に来たのだから、外つ国の物では無く、此方の名産品と言う手も有るわよ? 御茶とか御香とかね」
暫く悩みながら店内を彷徨いて居ると、御祖母様がそんな言葉を投げかけてくれた。
この奇天烈百貨店の品揃えは輸入品が多数有り、火元国中で此処以外で手に入れるのは難しい物ばかりなので、此処で買う事ばかりを考えていたが、言われてみれば確かに京の都らしい物を外で買うと言うのも十分アリだ。
江戸や猪山の国許では手に入らない品と言う意味では、どちらにも同等の価値が有ると言えるかも知れない。
御茶や御香その物は江戸でも当然売られているが、良い物を向こうで買おうと思えば輸送料も上乗せされて、その値はどーんと跳ね上がる。
運ぶ手間は掛かるが、同じ値段を払うならば間違い無く上物を手に入れる事が出来るだろう。
他にも染め物や織物、漆器なんかにも公家御用達の良い品が有るらしいし、その辺の中から良さ気な品を買い求めるのも手だな。
「私は京に住んで長い訳でも無いし、その辺の趣味の物は余り興味が無かったから、詳しくも無いんだけれども……安倍の家に嫁いだ娘に相談すれば、良い店を紹介してくれるんじゃないかしら? 貴方と宇沙美は従兄妹なのだし無下にはされないでしょうしね」
宇沙美姫には信三郎兄上から預かった手紙を渡すと言う目的も有るし、そうで無くとも伯父の地元に来て挨拶の一つもせずに帰るなんて不義理をする訳にも行かないので、此方に滞在中に一度は訪ねる予定では有った。
公家の中でも上から数えた方が早い様な家格の安倍家御用達……なんて見世では流石に値が張りすぎるだろうが、家人が普段遣いする様な品で有れば、家臣への土産でも贅沢が過ぎると言う程にも成らないだろう。
「うん、ソレ良いかも知れません。近いうちに行くつもりでしたし、その時に紹介をお願いしてみます。御祖母様、有難う御座います」
三歩程後ろをゆったり歩いていた御祖母様を振り返り、そうお礼の言葉を口にすると、
「じゃぁ、安倍の御家を訪ねるのに相応しい手土産を用意しないとねぇ。京菓子が無難でしょうけれども、此処で珍しい御酒なんかを買っていくのが良いかしらねぇ? あ、その時は私も御一緒しますからね」
そう、嬉しそうな笑みを浮かべ返事を返した。
同じ主君を頂く武家同士でも他家に嫁へと出た娘の所を、母親がさしたる理由も無く訪ねるのは余り良い事とはされていない。
自分の娘が粗末に扱われているのでは無いか? と非ぬ疑いを掛けている……と世間様に誤解を受ける事が有るからだ。
男親ならば御役目故と言い訳も立つが、子供を生み育て家庭を守る事こそが女性の役目と世間一般に浸透している以上はソレも通用しない。
故に女性の社交と言うのは、芝居小屋だったり茶屋だったりで、偶然出会った風を装って行うのが常なのだと言う。
未だ幼く自由に出歩く事の出来る立場では無い宇沙美姫とは、そうした形で会う事は出来ない為、御祖母様は彼女とはそう何度も会う事は出来ていないらしい。
今回は江戸から来た俺を案内すると言う、これ以上無い大義名分が有るので、大手を振って会いに行けると喜んでいる訳だ。
家と家の間に横たわる柵は前世の世界に比べ圧倒的重い物なのだと、改めて知らされた思いを感じながら、俺は嬉しそうに手土産を探し歩み始めた御祖母様を追いかけるのだった。




