五百四十一 志七郎、祖母と交流し差別に悩む事
一部、性的少数者の方に対する差別的とも取られかねない表現があります
作者に差別的意図はございませんが、気分を害する可能性はございます
ネタと割り切ってお楽しみ頂きけますよう、予めご理解とご容赦の程宜しくお願い致します
『京の都』この言葉を聞いて、どんな町並みを思い浮かべるだろう?
普通は古式ゆかしい『京町家』が建ち並ぶ『純和風』のソレを想像する筈だ。
しかし今俺の目の前に広がっているのは、和の風味は残しつつも、洋の技法をふんだんに取り入れた物で、江戸時代の日本というよりは、明治初期に生まれた『擬洋風建築』に親しい物に見える。
「凄いでしょう、この辺『外京』は外つ国の冒険者と言われる者達が多くてね、彼らに合わせた建物が多いのよ」
そんな言葉から始まった御祖母様の話に拠れば、京の都は南側が大きく開いた盆地で、北側の奥に有る『御所』と公家等の邸宅が有る『上京』、古くから彼らに従い生活を支える町人達の住む『下京』に別れており、狭義の意味で京の都とはその中を指すのだと言う。
御祖母様が借りている屋敷や、冒険者向けの宿や借家が軒を連ねている此処等は外京と呼ばれ、その文字通り京の都の外側なのだそうだ。
とは言え、外から来た者にとっては外京も含めて『京の都』と呼ばれている訳で、その辺を気にするのは古くからこの地に住みながら確たる地位を持たない下京の者達ばかりらしい。
実際、時折擦れ違う明らかに外つ国の者と分かる金髪や桃色、碧色等の彩りの髪色をした者達は、御祖母様と顔見知りなのか軽い挨拶を交しながら歩いているが、どちらにも其処に人外や余所者に対する差別意識の様な物は含まれていない様に思える。
「ほら、此処まで来れば色々と見えるでしょう?」
そう言う御祖母様が連れて来て呉れたのは、外京の更に外輪に位置する屋敷から、更に外へと抜けた先に有る小高い丘の上だ。
言われた通り街を振り返って見れば、くっきりと区分された街並みがはっきりと見て取れる、その中でも特に目を引くのは、上京と下京を隔てる城壁の西側に聳え立つ巨大な九重の塔だろう。
高さで言えば江戸城の天守閣よりも更に高く見えるその塔が、兄上達の言っていた『奇天烈百貨店』なのだろう、平屋か高くても二階建て程度の建物しか無いその中で、目測で十丈を優に超えるだろう建物は一種異様にさえ見える。
高層ビル群の無い時代に見る『東京タワー』の勇姿……とでも言えば、その圧倒的な存在感がお分かりいただけるだろうか?
俺も開業当時の姿を見知っている訳では無く、写真等で見た事があるだけだが、ビルの中に図抜けた姿を見せる『スカイツリー』よりも、余程異様とも言える風体を感じさせる物だった。
此方の『塔』の方は作りとしては、純和風といえる作りなのだが、やはりその大きさが異様に見える。
其処から意図的に視線を外して廻りを見回して見れば、今居る東側の丘とは街を挟んで反対側、京の西側にかなりの面積を有している様に見える無数の鳥居が居並ぶ『神社』や、南側の割と大きな池の上に浮かぶ寺とも神社とも付かぬ不思議な建築物が目に入った。
ただ、どちらも共通して此処からではなんとか概要が見えるだけ……と言う様な距離にも関わらず、邪氣とでも言うべき嫌な気配がぷんぷんと感じられる辺り、京の都周辺に有ると言う『七つの戦場』の内の二つなのだろう。
「あの場所なら今の志七郎さんでも十分に稼げるでしょうけれども、一人で行く様な事をしては駄目ですよ? 京の戦場は江戸州のそれと違って人が戦い易い様に整えられた場では有りませんからね」
曰く、此処の戦場は地獄の釜の蓋が弾け飛び、京の都に鬼や化け物が溢れ出した時に、それらを陰陽術士達が多くの犠牲を払いながら無理矢理押し込めた場所なのだそうだ。
対して江戸州の戦場は多くの武士達が、鬼や化け物を片っ端から叩き切った後、人の都合が良い様に外の世界からの接点を誘導する様に構築された物で、その成り立ちが違う故に在り方もまた違うのである。
何時かもっと俺が成長し、ソレこそ世界に名を馳せる程の武士と成った頃にまた来よう。
「さ、次は街の中を案内しましょうね。んーまだお昼には少し早いし、小物でも見に行きましょうか」
己の不甲斐なさを感じてか、未だ見ぬ戦いへの武者震いの類か、それともそのどちらでも無い別の何かなのか……強く強く握りしめられた拳に気が付いたのは、御祖母様にそう促され歩を進めだした時だった。
外京の輸入雑貨屋を覗き、硝子で出来た手の平に乗る程の小さな虎の置物を買って貰い、次に入った洋風雑貨の見世でお返しに張子細工の『首振り虎』を買った。
別に御祖母様を『張子の虎』等と揶揄しての選択と言う訳では無い。
御祖母様は自分の本性が虎だからと言う事か、殊の外『虎』に纏わる物に愛着が有るらしいのだ。
なんせ買って貰った硝子細工も、当初俺は馬を模った物を手にとったのだが、実際に購入する段には何故か虎に成っていたくらいだし……。
兎角、『小遣い銭は自分で稼げ』が我が家の家訓では有るが、孫に何か買ってあげて甘やかしたいと言う気持ちは相当に持ち合わせているらしく、彼方の見世、此方の見世と、俺が何かを気にする度に買い与えようとしてくる。
幾ら身体は幼いとは言えども、一度は三十路も半ばを回った事の有る多少は分別と言う物の分かる大人が中に入っているのだ、流石にそれら全てを貰い受ける様な恥ずかしい真似はしない。
……が、だからと言って全部断るのも、それはそれで御祖母様に恥をかかせる事に成るので、見かけた中では割と『好み』と言える細工物を手にした訳だ。
で、お返しに何かと俺が問いかけた結果、彼女自身が選んだのが張り子の虎だっただけの話である。
うん、今度御祖母様に会いに来る機会が有れば、何処か別の場所で虎グッズでも見繕おう、そう決心しながら下京との堺となる路に差し掛かったその時だ。
「あ~ら、鬼斬童子殿じゃぁ無いの。お久しぶりねぇ、こんな所で会うなんて奇遇じゃなぁい?」
と、野太い声が投げかけられたのだ。
彼? それとも彼女と呼称するべきだろうか? 其処には振り返って見れば、身の丈六尺程の絢爛豪華な着物を纏ったオカマが、高島田に結った頭に何本も刺さった簪を揺らしながら立っていた。
「貴方は……千田院藩の蒲田殿、お久しぶりです」
個人の武よりも、銃を揃えて火力で圧殺する戦術を得意とする千田院藩伊達家の家臣、その中に有りながら鉾を扱わせれば単独武勇でも義二郎兄上に決して劣らぬ腕を持つ人物で『カマ鉾の紅白』こと蒲田 紅白氏だ。
「ほぉーんと久しぶり。貴方の事ぁ噂には聞いてたのよ? 何でもとんでもない化け物と戦って、異界にぶっ飛ばされたって話じゃぁ無いの。しかも其処から界渡りをキメて戻ってくるとか、ほんとにアタシがもう一寸若けりゃほっとかないんだけどねぇ」
深い深い色の紅を点した唇をぺろりと舐め、舌舐めずりをする様は、そう言う趣味の有る者ならば艶かしいと感じたかもしれない、だが残念ながら真っ直ぐな性質の俺には、背筋が寒く成る物にしか見えやしない。
「か、蒲田殿はどうして京の都に? やはり何かの主命でしょうかね? いや、言えない話なら良いんですが!」
色んな意味で身の危険を感じる視線から逃れる為、俺は声高にそう話を逸らす。
「いーえ、今回は私用なの。四条中町公って呼ばれる御公家様がいるんだけどね、その御方が火元国中のアタシ等オカマの元締めなのよ。んで、今年は四年に一度のオカマ祭りの年なんで、その準備の為に先入りしたってわけ」
……なんだろう、その悍ましい祭りは。
いや、別に差別するつもりは無い、彼? 彼女? うん、彼女と呼称しよう。彼女等は自分の在り方に正直なだけの、普通の人間だ。
他人を傷付け搾取する様な人の屑とでも言うべき者達とは違う、真っ当に生きている者達だ。
ノンケでも構わず食っちまう……なんて事さえ無ければ、無害な人達だ。
……それでも巻き込まれる前に用事を済ませてさっさと帰りたい、そう思うのは俺が間違っているのだろうか?
なお、筆者はオカマバーでのバイト経験の有るバイセクシャルで、オカマ・ゲイ・ニューハーフ等、LGBTの方に対する差別意識は無い物と思っております
……オカマって言葉自体が差別語扱いなんやね今は




