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大江戸? 転生録 ~ファンタジー世界に生まれ変わったと思ったら、大名の子供!? え? 話が違わない? と思ったらやっぱりファンタジーだったで御座候~  作者: 鳳飛鳥
大川殺人事件 前編 の巻

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五百二十四 志七郎、心労を掛け予感を感じる事

 化鴨ががもを厨房の裏口から中へと運び込み終えた俺は、甲板で次の獲物を待つと言う矢吉と別れ、自室へと戻る事にした。


 それにしても乗船してからもうすぐ丸一日が経つが、出会ったのは誰も彼も随分と濃ゆい面子だよなぁ……。


 連雀商人の月太郎、公家の嘉多伴次郎、京島原の遊女、乃菊太夫と衣縫奴の二人、河中嶋の商家『和琴(わごん)屋』元女将のお(ふな)、京の鬼切り者の矢吉、この船の船主の川下屋 兵助平とその息子の太助平……


 この船に乗ってから、食堂で見かけたのは以上の八人。


 船の大きさから考えて、従業員が川下屋親子の二人だけとは考えづらいし、偶々食堂に行くのがズレた結果、出会えていない客が居るかも知れない。


 明日の夕方には京の都側の船着き場に着く予定の船旅だし、必ずしも船に乗っている全員と知り合う必要は無いのだろうが、何処かで繋いだ縁が何処で身を助けるかも解らない、折角同じ船に乗り合わせたのだ、顔見知り程度には成っておいて損は無いだろう。


 ……まぁ、あの遊女二人の揉め事の間に入るのは勘弁してほしいが。


 と、そんな事を考えながら、自室が有る甲板の一つ下へと降りる階段の側までやって来た、その時だった。


 甲板の一番前、少し張り出した所に有る恐らくは操舵室……だと思われる小部屋から、火元国には似つかわしく無い白い水兵(セーラー)服を身に纏い頭には水兵帽を冠った、菠薐草が好きそうな男が煙管を咥えたまま出て来て、俺の方へと歩み寄ってきたのだ。


「いや、どうも、お坊ちゃん。船旅は楽しめて居ますかな? 私はこの船の船長で船主の(おがみ) たもつと申します。火取先生には常々並々ならぬ御配慮を賜りまして……是非宜しくお伝え下さい」


 この船は兵助平ともう一人が共同で船主(オーナー)だとは聞いていたが、船長と言う役職はどうやら、この拝保と言う細身の男らしい。


 恐らくは拝と言うのは屋号では無く家名だろう。


 基本的に家名を名乗る事が許されるのは、武家か公家の出の者に限られる……稀に大規模な農村の庄屋なんかが、準士族として家名を許されている場合も有る。


 が、目の前のこの男は多少成りとも揺れの有る船の上でも、体軸が振れていない辺り、船に成れているかどうかを差し引いたとしても、かなりの実力者だろう事は容易に見て取れた。


「……ああ、私の実家は公家ですよ。代々京の都の治安を預かる検非違使と言う職に付くのが慣習の家に産まれたのですが、丘の上よりは船の上が性に合っていましてね。家督は弟に任せてこの船で航路を守る事にしたんですよ」



 俺の表情を読んだ……と言うよりは、同じ疑問を持たれる事に慣れているのだろう、拝殿は人好きのする笑みを浮かべながらそう言った。


 京の都は公家の縄張りで武家は無いと、その事は事前に聞いていた。


 だが考えてみれば治安維持を職務とする者が公家にも居るのは当然の事だ。


 そして幾ら術者の総元締めである陰陽寮が有るとは言え、公家の全てが術者と言う訳でも無ければ、前衛を張る者が一人も居ないと言う訳にも行くまい。


 と成ればそれ相応に武芸を家伝としている公家が居ても何ら不思議な話では無い。


「まぁ性に合わなかったのは、家業よりも家伝の居合術の方もですがね。刀で切った張ったをするよか、此方(・・)を振るう方が余程手に有っていたんだ」


 そう言いながら示したのは、かなりの修練を積んだ事を感じさせる固く大きな握り拳。


 ああ解った、この人、撲震無刀流の使い手で……恐らくは火取の弟子の一人なんだな。


 そりゃぁ、火取の手引で割安料金にも成りますわ。


「それにしても、あの(・・)火取先生が兵助平にくれぐれも宜しく頼む、なんて言って頭を下げたって話だけれども……お坊ちゃん、真逆とは思うけど……先生の隠し子か何かかかい?」


「違います、一応血縁みたいですけれども……伯父と甥っ子ってのが正しいですね」


 更に続けて彼がトンデモ無い誤解の言葉を口にしたので、間髪入れずに否定してあげる、するとどうだろう……可愛い子供を微笑ましく見守る大人の目だったのが、見る見る内に丸で化け物と相対したかの様な恐怖の混じった物へと変わっていく。


「確か先生には御兄弟等居ない筈……と言う事は奥方様の御兄弟の……え? 真逆、あの悪五郎の……いや猪山為五郎様のお孫様?」


 顔を真っ青にして震える声でそう問い掛けたのに、俺は無言で首肯する。


「頼んますから船の上で暴れる様な事はしないで下さいよ! 沈む時は沈みますからね! 間違っても魔王咆哮剣とか裸王剛掌波とかぶっ放さないで下さいよ! 余波だけでも沈みますからね!」


 ……この取り乱し様、真逆御祖父様この船の上でぶっ放したのか?


「いや、今の俺じゃぁそんな大技使える技量は無いし、そもそも何の理由も無く暴れる様な事はしませんよ、分別の無い子供じゃぁ在るまいし」


「……いや、お前(まい)さん子供じゃぁ無いですか、ましてや何か有れば即果し合いが基本の猪山の子でしょう? 本気で勘弁して下さいよ? 船の上で坊っちゃんに何かやらかす奴が居れば、私がキッチリ打ん殴りますんで自分で解決しようとしないで下さいよ?」


 え? 猪山の子ってそう言う認識なのが一般的なのか? いやいや、そんな事をするのは義二郎兄上だけだろう?


 あれ? でも待てよ……俺達兄弟の中で誰が一番世間に名が知れているかと言えば、ソレは間違い無く義二郎兄上だ。


 義二郎兄上は、売られた喧嘩なら例え自分に向けられた物じゃぁ無くとも丸っと買って、喧嘩両成敗とばかりに双方を殴り倒す……なんて事を数限り無く繰り返した……と聞いた覚えは有る。


 鬼熊と呼ばれる江戸州内ではほぼ最強格の妖怪を、単身撃破し『鬼二郎』の二つ名を背負ってから暫くは、名を上げる為に兄上に喧嘩を吹っ掛ける馬鹿は何処に行っても数限り無く居たらしい事も。


 自分から売った(・・・)事は一度も無い、とは本人の弁では有るが……何処まで本当の事やら……。


 ああ、うん、納得した。


 御祖父様の悪名と義二郎兄上の悪名、その合せ技だと考えれば、その反応はまぁ仕方ないかも知れない。


「んー、今の所この船で会った人で、打ちのめさないと面子が立たない……ってな事に成りそうな人は居ないかなぁ? 貴方を含めて九人かな? 他に子供に絡んで来る様な馬鹿が居なければ……大丈夫じゃぁ無いかな?」


 俺から喧嘩を売る様な事はしないし、する気も無い。


 けれども猪山藩猪河家の家名を汚す様な侮辱や無礼が有った場合には、絶対にどうこうしないとは言い切れ無い。


 今の俺は(おおやけ)(しもべ)足る警察官では無く、小なりとは言え大名家の子なのだ。


 その面子が潰れる様な事を仕出かせば、俺自身がどんな処罰を受けるか解った物では無い。


 そう簡単に追放だの勘当だの切腹だの……無体な処罰が下る事は無いだろうが、家を守る為ならば実の子でも切り捨てる事が出来るのが、まつりごとを預かる立場の者としての資質だろう。


 父上は母上の尻に敷かれては居るものの、なにせあの(・・)御祖父様が早期に隠居し跡目を継がせるのを良しとした人物なのだ、其処を間違う様な人じゃぁ無い事は間違いない。


「いや、だから……万が一そーいう状況に成ったとしても、最低限、この船の上に居る間は私の判断を仰ぐ様にして下さいよ……万が一この船が沈む様な事が有れば、流石に無料(ただ)って訳には行かないですからね?」


 と、拝殿は心労遣る方無いと言わんばかりに苦しげな表情でそう言うと、俺の返事を待つ事無く、胃の辺りを擦りながら軽く会釈をして、食堂の方へと歩き出すのだった。


 ……自重はするよ? この船まるっと弁償なんて事に成れば、ソレを自力で稼ぐの流石に無理が有る。


 でも……何かが起きる……そんな気がするんだよなぁ。

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