三 志七郎、この世界の理(ことわり)を知る事
その夜は宣言通り大宴会だった。
どうやら、昨夜父親が言っていたように来客ゼロと言うことはなく、宴会場となっている庭先には100人を超える人達が集まり酒宴を執り行っていた。
ただし、時代劇などでよく見かける膳をいつくも並べるようなものではなく、屋敷の庭先で火を炊き肉や野菜、魚などが焼かれてるいわゆるバーベキューのようなスタイルだ。
どうやら戦装束で出かけていった人たちは狩りに行っていたようで、全長10メートルはありそうな巨大な八本足の牛? や、その半分ほどの大きさのそれでも十分巨大と言える猪などが多数積み上げられている。
他にも、一般的なイカや鯛などもあるが、海産物で目を引くのはやはり10メートルを超えそうなこれまた巨大といえるウツボだろう。
ほとんど怪獣じゃねぇか……。
その大きさに圧倒され、俺は顔を引き攣らせた。
「おお! さすがは雄藩猪山の猪河家。これほど大きな牛鬼を死者を出さずに仕留めるとは……」
「こちらの猪豚蛇もかなりの大物ぞ、しかも両目だけを綺麗に射抜いておる。毛並みも良いしこの毛皮も中々の値が付きますぞ」
そんな俺を余所に、そう獲物を評するのは近隣に住む交友のあるらしい他藩の当主達だ。
彼らは庭に敷かれた緋毛氈に車座で座り、家臣たちが持ってくる食べ物を飲み食いしている。
牛鬼や猪豚蛇って、妖怪の類じゃないのか? 食えるのか?
牛鬼は日本の妖怪で、あの不死身の妖怪少年すら自力で討伐出来なかった最強クラスの化け物だったはずだ。俺の記憶が確かなら、牛鬼は討伐した者に取り付き新たな牛鬼と化すというかなり厄介な能力があったと思う。
まぁ、あれは牛の頭に蜘蛛の体で、これは大きさはともかく普通に蹄のある八本足の牛だから別物なのだろう。
猪豚蛇は中国の妖怪で、一噛みでどんな大男でも殺す猛毒を持つ蛇……という奴だったはずだが、ただの大きな猪にしか見えない。
うーん、どうやら和風ファンタジーな世界であることは確定のようだが、思った以上にハードな世界なのかもしれない。
なお、今日は俺のための祝であると言うことから、俺が上座に座らされその左右に両親が座していた。
「これほどの食材を買い集めるとなると、三百いや五百両は掛かりますかな」
「なに、運に恵まれた故でしょう。さすがに我が藩の精鋭たちとてこれほどの獲物を毎日狩ってくるのは無理でござるよ」
この世界ではどれくらいの価値があるかは分からないが、元の世界の江戸時代なら一両はおおよそ10万円程度の価値だったと読んだ記憶がある。
とすると五百両と目算された今夜の宴会費用は5000万円という膨大な金額ということになる。
うぉおお大名すげー。
「はははっ、そう謙遜なさることも有りますまい。しかし、これほどの大物が江戸からさほど遠くない場所に出ているとは……」
「うむ、一度上様に掛け合って大規模な討伐をなさねばならないでしょうな」
「まぁお前様難しい顔をなさって……今日は祝の席でしょう。政の話は後日となさいませ」
「おお、お清の言うとおりじゃな。ささっ、皆様も遠慮せずどんどん召し上がってくだされ、食材はたんとありますからな」
宴席は穏やかな雰囲気で進行し、俺は食事が一段落し母親とともに寝室へと下がったが後も、遅くまで続いたようだ。
「ふぅ、ちと飲み過ぎたかのぅ」
「お疲れ様でした」
その夜、ずいぶんと遅くなった時間に父親が寝室へと戻ってきた。
いつもならば既に意識が落ちている時間ではあるが、どうやら今日は抱き上げられていた時間が長く体力を消費していないためか、未だに俺の意識がある。
そしてどうも近くで起きている人が居るとその気配に反応してしまい眠ることが出来ない。
かと言ってこんな時間に遊びまわるわけにも行かず、とりあえず布団の上で寝たふりを決め込んでいた。
「おお、お清まだ起きておったか。先に眠っていても良かったんだがのぅ」
「何を仰います。身重ならば兎も角、夫が家に居るのに先に寝るなど、武家の嫁に有るまじき所業でしょうに」
「……本当に、わしは良い嫁が居って幸せじゃのう」
「お前様、言いたいことが有るならばはっきりと仰ってください。子どもたちの、何かやらかして言うに言えない、そんな時と同じ顔をしてますよ」
「……本当に、お主には敵わんのう」
「伊達に7人も育てて居ませんよ。で、何があったんですか? まさか今更余所に妾でも拵えて子を成したとかそういう話ですか」
そんな事は無いと確信しているのだろう、母親はからかうような軽い口調でそう言う。
だが、本当に言い辛い事なのだろう、父親は即座に答えることなく、しばし沈黙し改めて口を開いた。
「……わしにも、我が藩の財政にもそんな甲斐性は無い。そうではなく志七郎のことじゃ」
「……初祝で何か有りましたか?」
「わかるか」
「そりゃわかりますよ。初祝の時点では加護を得ている事自体稀なはずなのに、うちの子達は皆揃って生まれながらの加護持ちじゃないですか」
今更驚きませんよ。母親はそう安心させるように優しく声掛けた。
「それも我が家の守護神である天蓬元帥様の加護ならばさほど不思議はないが、兄弟揃いも揃ってそれより格上とされる神の加護だからのぅ。……だが、志七郎はそれだけではないのだ。この子は、生まれながらに多くの技能を持っていた」
一旦言葉を切った父親は、寝たふりをしたままの俺の頭に手を置き、そっと優しく撫でた。
「武神で武芸や、智神で読書など加護神に縁の深い技能ならば、加護篤い事ゆえと理解もできる。だがこの子は術神に分類される死神の加護を受けていながら、術系の技能は一切なく、武芸と学術系の技能をかなり高い段位でしかもありえん数授かっておった」
何かを堪えるように静かに、静かに俺の頭を撫で続ける父親だったが、その手が微かに震えているのを感じた。
ありえない、そう言い切るほどに俺の技能一覧は異常な物だったのだろうか。
……普段の親ばか全開な父親だ、流石に居なかった事にされたり、捨てられたりという事は無いとは思うが、仮にも一領地を預かる藩主である、藩の為、家の為に非情な決断を下したことも皆無ではあるまい。
「……なんだ、そんな事ですか。加護神と技能が食い違うなど、よくあるとは申しませんけど、稀に聞く話ではないですか。それに、過去世で身につけたと思しき技能や技術を思い出す子供の話などそこらに幾らでも転がっているではないですか」
「だが……」
「貴方の先祖には鬼やら妖怪の類だって居るのですから、どんな子が産まれたって不思議じゃありませんよ。加護や技能の事を云々するならば、上の子達だって大概ですよ」
「言われてみれば、そうかもしれん」
「えぇ、そんなに深く悩むようなことではありませんよ。それに過去世の記憶を持って生まれ、西洋や異界の技術を体現する子の話だって聞いたことが有ります。この子はどこかの名のある武将の生まれ変わり、それで良いじゃありませんか」
「……そうだの。義二郎も大鬼もかくやと言わんばかりの体躯に武芸、元服前の十二の時ですらああだったのだ、アレこそ鬼の生まれ変わりであろうぞ」
兄弟の中にやたら大きい人が居たが、名前からするとあれが長男じゃないのか……。
「ええ、えぇ。余所の普通と比べればうちの子は皆普通じゃありませんよ。仁一郎の時など、人の言葉を話す前に犬猫やら、小鳥や馬と話をしていたのですから、初めて見た時には、気が触れたかとおもいましたよ。鏡に映らぬ異能を持つ子も居るのですから、鏡に映る技能などどれほどの物ですか」
「そんなに普通ではなかったのか?」
「他の子らが初祝の時、お前様はいつも国元でしたからね。私からしてみれば、この子は少し大人しいだけで、普通の子供ですよ。たとえそれがどんな子でも、この子は私が腹を痛めて産んだ子です」
母親のその言葉に応えはなく、父親はただ黙って体を横たえる気配がした。
両親が寝静まった後も、俺は長らく寝付くことが出来なかった。