四百九十四 志七郎、悪意を紐解き投降呼びかける事
「おい! いつまで睨めっこしてやがんだ! 早くそいつをぶっ殺せ! 其奴と繋がってからあの犬っころの声が響いてる所為で、外の子供共の洗脳が解けそうだ! 急がねぇと全部パァになっちまうぞ!」
俺の投げかけた言葉に天弓が反応するよりも早く、そんな言葉を吐き出したのはマイケルだった。
そしてその反応はまさに俺の思惑通りである。
「黙れ糞鼠! 他所の世界で罪を犯したお前が、何故この世界に居るかは知らんが、どうせ世界樹を狙う輩の尖兵に成って来たんだろ? 化物に成り下がらず、界渡りが出来るのは猫か鴉じゃ無けりゃぁ七つまでの子供だけだしな」
この世界では鬼や妖怪を含めた化物と言うのは一部の土着化した種族を別にすれば、基本的に他所の世界を管理する神が世界樹を奪う為に放った尖兵だと俺は界渡りの旅路で知る事が出来た。
タイガードラゴンランドの有る世界では、ほぼあの街だけしか見ていないが、ソレでも人攫いを主導する様な屑が一大観光地を取り仕切る領主で居続ける事が出来るのだから、色々と『末期』に近い状態だったのだろう。
そんな世界を管理する神が世界樹を手に入れて一発逆転を狙う……と言うのは有りそうな話では有る。
とは言え、世界樹を使いこの世界を管理する神々も比較的黒い労働を強いられている様な話も聞いた覚えがあるので、他所の神が乗っ取ってどうこうと言うのが本当に現実的なのかは疑問では有るが……。
アナログ手法でギリギリ成り立っている会社にパソコンを導入したら、使いこなせる者が居らず一本指打法で頑張った結果、逆に業績が悪化したなんて話は前世の世界で偶に聞いた覚えがある話だ。
閑話休題……他所の世界から単独で乗り込み、世界をどうこうしようと言うのだ、奴の望む通りの行動を取ればその結果が大規模破壊兵器並に成る事は十分に考えられる。
「大方、復讐が成るって言っても、無関係な者を片っ端から巻き込んで……下手すりゃ火元国の人間丸っとぶっ殺して……ソレで復讐相手も死んだよね? で契約完了とかそんな舐めた話なんじゃぁ無いのか?」
そもそも天弓の話では、その復讐するべき対象が誰かもハッキリせず、ただ悲劇に翻弄された状況でマイケルの宿った笛を手に入れた事で、復讐と言う甘い夢に取り憑かれただけの様に思える。
恐らくは『自分を使えば復讐が出来るぞ』とか吹き込んだのだろう……それも無関係な者を巻き込み、この火元国を……いや、世界を滅ぼす様な事に繋がる可能性すら有ると言う事を伏せて。
最悪、天弓が任されていたと言う村を襲った化物達の群れを誘導したのも、マイケル自身だったという事すら有り得無い話では無い……いや流石にコレは穿ち過ぎだろうか?
「ば! 馬鹿言ってんじゃねぇよ! 俺みたいな小物も小物の小悪党にそ、そんな大それた悪事が出来る訳ねぇだろ! 俺に出来んのは鼠を通して覗きや盗み聞きする程度の物だぜ? 後は馬鹿を騙くらかして上前撥ねる程度の事だってーの!」
人は……いや人に限らず然程の知性を持たない生き物でも、想定外の事柄に直面すると恐慌を起こす物なのはほぼ共通である。
「その馬鹿の中には、生真面目に務めを果たそうとする者も当然含まれている訳だな?」
その時にどの様な対応が出来るかはその者の資質によりけりだが、冷静な時には絶対にやらかさない様な間違いを起こす事が多々ある。
ソレを利用して必要な言葉を引き出すのは、前世に取り調べで散々っぱらやった事だ。
「あったりまえじゃねぇか! 真面目ちゃんなんて、騙して使いっ走りにするにゃぁ一番良い相手だぜ?」
……誘導尋問は卑怯だなんて言われる事も有るが、自白だけで有罪に出来る様な時代ならば兎も角、俺が現役で仕事をしていた頃には明確な物的証拠が無ければ立件見送りで、検察から
『もっと真面目に捜査して下さいよ、給料貰ってんでしょ』
なんて嫌味を言われるのが日常だった事を考えれば、取り調べでの尋問なんてのは、足りない物証を得る為にこそ行われる物だ。
暴力や利益供与なんかの明確に禁止された事は絶対にやる訳には行かないが、宥め賺したり言葉巧みに引っ掛けたりする程度の事は技術の範疇だろう。
実際、俺の言葉に釣られる様にしてマイケルは、言ってはイカン台詞を口にしたのだった。
……いや、流石にコレは一寸チョロすぎるけどな、語るに落ちたと言うのは、こういう状況を言うのだろう。
流石の天弓も自分を指して使いっ走り扱いされた事に全く動揺が無いと言う訳では無い様で、俺に固定されていた視線が微かに揺らぐ。
「や! や! や! 待て! 一寸待て! 騙したつもりは無ぇ! 俺にゃぁそんな大きな事が出来る力なんざぁ本当に無ぇ! 勿論だからってお前の復讐がどーでも良いって話でも無ぇぞ! ちゃんと儀式が出来りゃ結果は付いてくる筈なんだ!」
と、その様子をみて自分の失言に気が付いたのだろう、マイケルは慌てた様子で言い募る。
曰く、マイケル自身が使いっ走りに過ぎず、儀式が完成した暁には自分よりずっと強力な権能を持った存在を呼ぶ事が出来、契約はその者が引き継ぎ確実に果たすのだそうだ。
「ソレってさ……俺が言ったのとどう違うんだ? お前より強い奴がこの世界に観光に来る訳じゃぁ無いだろ? なら……やる事はどう考えてもこの世界への侵略じゃねぇか」
俺の言葉は完全に図星を指した様で、マイケルはウグッと呻き声を上げ口を閉じた。
「無関係な者を巻き込み殺すでは、拙者がされた事と何ら変わらぬでは無いか……儀式が為ればソレをせずとも首謀者を縊り殺す事が出来ると言うのは嘘だったのか……」
これは俺の推測だが、多分マイケルの方からは明確にそうなるとは一言も言っていない筈だ。
『悪魔』や『精霊』の様な超常の存在は『契約』と言う物に強く縛られ、ソレを自分から破る事は出来ないとお花さんの授業で習った覚えが有る。
肉の身体を持つ者とは違い、魂がむき出しのままで現し世に現れるその手の者達は、約束を破ると輪郭を維持出来なく成り、存在そのものが消滅してしまうのだ。
しかしソレにも当然抜け道は有る、と言うか前世の日本でも似たような手法の契約詐欺は良く有る話だった。
契約というのは相手の説明を鵜呑みにせず、また自分の思い込みを信用せず、契約書に書かれた内容をソレこそ小さく小さく書かれている様な注釈までもきっちりと読み込んでから結ぶ物なのだ。
勿論、契約書に書かれた内容と違う説明をして契約を結ぶ……なんてのは言語道断なのだが、その際の会話を録音でもして居ない限り、契約書に書かれた内容が正しいと言う事に成り、結局は泣き寝入り……なんてのは日常茶飯事と言っても良い位に有触れていた。
日常的に契約を遣り取りする人達の間ではICレコーダーの様な手軽な録音装置が出回る前でも、携帯カセットレコーダーを用意し会話を証拠として残すのは当たり前の手法だった。
しかしそうでは無い……所謂『素人』を相手にする時には、その手の引っ掛けとしか言えない様な手法を駆使して、自分達に有利な契約を結ぼうとする輩はソレこそ枚挙に暇が無い。
と言うか、俺の前職はそ~言う薄汚い真似をして稼ごうとする様な屑を取り締まるのが仕事だったと言っても殆ど間違っては居ないだろう。
悪意有る契約者は相手が誤解してようとソレを解消する為の説明をする事は無く、自分に不利な条項は相手に気付かれない様に隠し、場合に拠っては削除する様な真似までするのだ。
そしてソレは超常存在との契約でも同様の手法が使われたりするのだろう。
判り易い例として上げられるのは『三つの願い』と言う奴だ。
物語に拠って様々な変化は有るが比較的良く見聞きしたのは『三つ目の願いを叶えた時魂を奪う』と言う物で、『三つ目の願いを言わない』とか『二つの願いは叶えたまま、契約を無効にする』とかその手のトンチでチャラにすると言う話である。
そう言う『人間の勝ち』と言う物語だけでは無く、悪魔の側が『契約内容を曲解する』とか『より悲劇的な形で願いを叶える』とか『契約違反となる条項を黙って其処に引っ掛ける』なんて話も有ったはずだ。
しかもその手の話は洋の東西を問わず存在していたと思うので、つまり超常の存在とは軽々しく契約を結んでは行けないと言う事である。
「……あんたが其処の糞鼠に騙されたのは間違いない話だろ? それでもまだ強情張って遣り合うのか? 無関係な者を巻き込みたくないんだろ? 大人しく投降したらどうだ」
勝てない相手と真正面から戦うのは愚の骨頂、心を攻めるのが上策だ……俺はそう自分に言い聞かせながら、微かに肩を震わせ初めた天弓にそう言葉を投げかけるのだった。




