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大江戸? 転生録 ~ファンタジー世界に生まれ変わったと思ったら、大名の子供!? え? 話が違わない? と思ったらやっぱりファンタジーだったで御座候~  作者: 鳳飛鳥
東街道中戌鞍記 上 の巻

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四百七十六 影

「えーい、忌々しい爺ぃめ! 幾ら田地阿家が門川の家臣だったと言っても最早遥か昔の話では無いか! 何時までも主家面しおって! それに猪山に浅雀だとぉ? 折角此処までお膳立てしたのに台無しでは無いか!」


 代官屋敷へと戻った谷梅はそんな事を叫びながら、屋敷に屯している若い衆に当たり散らす。


「しかし御代官様、幾ら武勇に名高き猪山の者とは言え、所詮は小僧……火付けを装って釣り出したり何だりと、少々気を回しすぎでは御座いませぬか? 昨夜の内に旅籠の者達諸共叩き切ってしまえば済んだ話かと……」


 猛り狂う谷梅を宥めつつ、そんな疑問の言葉を投げ掛けたのは、ここに屯する博徒達の親分、桐乃助きりのすけである。


「戯け! あの子供(ガキ)は天下に名高き鬼斬童子ぞ! お前の所の連中なんぞ一山幾らで纏めて斬られるわ! 実際、碌に足止めも出来ず一人も無事に帰っては居らんではないか!」


 例えその発言が如何に癇に障ろうとも、名主格とは言え町民階級に過ぎない桐之助は、藩主に代わりこの地を治める代官に逆らう事は許されない。


 とは言え、多少なりとも腕に覚えが有るのだろう桐之助は、此処十数年碌に刀も振らず肥え太ったのであろう谷梅に、自身達が子供に負けると言われて腹を立てるのは当然である。


「幾ら二つ名持ちっても……ねぇ。追いかけたは良いが、然程も行かぬ内に見失ってさっさと戻ってきたってだけじゃぁねぇですかい? 向こうに行かせた奴等は稼いだ銭を片っ端から博打に突っ込む様な馬鹿だが、氣も使える組でも腕っこきの連中ですぜ?」


 ……つまりこの宿場に残っている連中は、彼処に居た馬鹿共より腕は落ちると言う事か。


 ソレならばこれ以上介入する必要は無いかも知れない。


 志七郎様を釣り出した連中の中に見た覚えの有る顔が居た故、万が一を考え連中の水瓶に附子の根を仕込んでやったのは少々先走りかとも思ったが、結果だけを見れば間違いでは無かった様だ。


 此度の忍務に置いて求められているのは志七郎様の英雄譚、若しくは滑稽噺だと聞かされている、故に女子供が犠牲に成る等と言う笑えぬ結果は潰されて然るべきだろう。


 恐らくは手を出さずとも、多少の手傷を負う事は有ったとしても負けると言う事は無かっただろう。だが、戻ってきた時には既に助けるべき者達の命が無かった……では話に成らぬのだ。


 普段の只々殺めるだけの汚れ仕事としか言えぬ忍務と変わらぬ、年端の行かぬ子供を英雄に祀り上げる詰まらぬ忍務と当初は思ったが……。


 うむ、放って置いても騒動に巻き込まれる人助けが習い性の者が、本物の英雄に成るのを陰ながら手助けすると言うのは中々に悪く無いかも知れない。


 けれども英雄には相応の試練が必要だ、彼の手の回らぬ所で起き、彼の目の前で終わる悲劇を潰す事こそが我等の役目だと言う事だろう。


「犬の鼻を舐めるでないわ。奴らは数里の距離など物ともせず、臭いを辿り獲物を追いかけるのだ。奴らから逃げようと思えば、半日は川の中を歩くなどして臭いを消さねば成らぬ。儂は若い頃に山犬共に追いかけられた事が有る故良く知っておるのだ」


 武芸等まともに修練もして居ないこの谷梅と言う男が、何故代官等という重責を担う事が出来ていたのか、今まで疑問だったが多少合点がいった……この男、臆病者なのだ。


 臆病であるが故に相手を侮らず、臆病であるが故に周到な手管手練を以て目的を達し様とする。


 恐らくは螺延の御家騒動自体がこの男の手で仕組まれた物なのでは無かろうか?


 志七郎様があの母子等を保護し浅雀の殿様に繋ぎを取る事を決めなければ、浅雀の行列が抜けていく裏で概ねの目的は達成していた事だろう。


 幾ら天下泰平の世と言われて長いとは言えども、鬼や妖怪、山賊野盗に殺められる者が居ない訳では無い。


 現場さえ抑えられなければ代官と言う立場を利用し、母子の行方そのものを闇から闇に葬る事は決して難しい事では無いだろう。


「其処まで言うんでしたら、例の……あの先生にお願いしたらどうでやす? 田舎道場たぁ言え撲震(ぼくしん)無刀(むとう)流と言やぁ火元国だけで無く、世界に名の知れた流派でがしょ? 流石に小僧の一人二人に負ける事ぁ無ぇでしょうよ」


 おっと……此処の雑魚だけで無く、少々歯ごたえの有る者も居るらしい……果たして上忍殿が戻るまでに、露見する事無く守りきれるだろうか……。


「うむ、確かあやつには博打の負けを貸し付けて有った筈だな。娘が中々器量良しだった故にその内(かた)に貰ってやろうと思っておったが……奴らを始末すればちゃらにすると言えば、まぁやらぬとは言わぬじゃろ。仕留めれぬとしても数で押せば良いか」


 何ともまぁ、代官と言う仕事は早々腐敗出来る程暇では無い筈なのだが……此処まで見事な悪代官と言うのは逆に珍しいのでは無かろうか?


 きっと性根は腐っているが事務方としては優秀なのだろう、でなければこんな愚物を代官に任命した者が余程無能と言う事になってしまう。


 さて、覗き見はこの辺にして、下忍達を集めて最悪の事態に備えておくとするか……。




「御免、拙者、猪山の御隠居様の命にて動いている忍、故あって御注進に罷り越した」


 目的の人物が部屋で一人寛いで居る所に、天井裏からそう声を掛ける。


「ぬ? 猪山の隠居と言えば、上様の相談役、猪河為五郎殿の事か?」


 流石は小藩といえども藩主と言う事か、並の者で有ればいきなりこの様な言葉を投げ掛けられて、狼狽える事無く落ち着き払った様子でそう問い返して来た。


「左様に御座る、本来で有らば斯様な無礼な注進はすべきでは無いとは重々承知しておりまするが、火急の事故ご容赦願いたい」


 猪山の悪五郎は隠居の後、国許や江戸の隠居屋敷に留まらず、上様の命を受け火元国中を放浪し悪事成す者を人知れず成敗している……事実かどうかは知らないが、世間に流布している便利な噂だ。


 その話の中では、二人の腕の立つお供と小間使い、美人の女忍の五人に、時折々に数名が増えたり減ったりして居る……と伝え聞くが、まぁあの御人の事余程の達人でも無ければ足手纏いにしか成らぬ以上、意図的に流された噂なのだろう。


 兎角そんな話が数十年に渡り世間に流れているのだから、ソレをこうして利用するのは然程難しい話では無い。


「上様相談役殿の手の者と有らば、話を聴かぬと言う訳にいかんな。ソレだけの大事な要件と言う事であろう。それに此処でお主を追い返せば、その話が上様の耳に入るは必至。となれば我が家に如何なる咎めがあるかも解りはせぬ」


 まぁ講談で語られる程に多くの問題を解決して来たと言う訳では無いだろうが、あの御人が火元国中を好き勝手に放浪し、その行く先々で騒動に首を突っ込み、ソレを上様に奏上しているのは事実らしいので、彼の判断は間違って居ない。


「実は我等が密かに御護りする御人が、御方組下の者達の企てに巻き込まれましてな。ソレが下手を打てば戦にも成りかねぬ危険な話で御座いまして……内々に始末を付けねば百では効かぬ人が死ぬ……と、そう判断した次第に御座います」


 死者百人以上と言う言葉で、身を入れて聴く気に成ったのだろう、脇息に預けていた身体を真っ直ぐに引き起こし此方を射抜く様な視線で見上げる。


「詳しい話を聴かせて貰おう、忍の者に姿を現せとは言わぬ。一体何がどうなって其処までの大事だと判断したのだ? それほどの大事ならば打つ手を間違えれば当家が消えて無くなる……とそう言う事なのだろう?」


 この短い言葉のやり取りだけでそう思い至る辺り、この方も立派な傑物なのだろう。


 後の問題は間に合ったかどうか……だが、彼の御人が英雄の器だと言うので有れば、きっと間に合う筈だ。


「……事は武士原の宿での事に御座る」


 そう思いながら、語り始めるのだった。

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