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大江戸? 転生録 ~ファンタジー世界に生まれ変わったと思ったら、大名の子供!? え? 話が違わない? と思ったらやっぱりファンタジーだったで御座候~  作者: 鳳飛鳥
東街道中戌鞍記 上 の巻

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四百七十四 志七郎、駆け戻り遅きに失する事

「お離し下さい旭様! 幾らこの上なく可愛い我が子とは言え、他所様のお子を犠牲にして逃げ遂せる事は出来ません! それに万が一此処を落ち延びたとしても、あの『暴君』の子を生贄にしたと有らば螺延の地、其の物が灰燼と成りかねません!」


 来た時の三分の一程の時間を使い旅籠へと駆け戻ると、中からそんな女性の叫び声が聞こえてきた。


「お待ち下されお方様! 猪山の……浅雀の暴君の事は拙者もよーく聞き及んで居ります。彼の御方は自身の子に手を出されるよりも、親が己の子供に無体な事をする事を殊の外嫌うとの事、先ずは角咏がくよう様の身の安全が第一に御座います」


 角咏と言うのは、確かあの子供の名前だった筈……と言うか、母親もその護衛も怒鳴り合って……しかもソレが自分の命を捨てるかどうかと言う話をしている状況でも、泣き喚く様な声が聞こえないのは、なかなかに豪胆な気質の子の様だ。


「それに鬼斬童子殿は只の御子では御座いませぬ、あの歳で両の手でも数え切れぬ武勲を重ね、火元国だけで無く世界に出ても通用する武芸に、太祖家安公と同じく精霊の術にも通じていると言う話、其処らの木っ端侍の虜と成る事等有り得ませぬ」


 何となく話は見えたな、要は俺を釣り出して『人質交換』を持ちかけた……と言った所だろう。


 行って戻ってくるまでの時間を普通に勘定したならば、戻ってくるまで蹴りが付いていた……と言うのが悪党共の思惑だったと言うのは容易に想像が付く。


「四煌、昨日と同じ厩で待っててくれ。俺が早く入って行かないと収まらんだろうからな」


 厩まで連れて行って繋いで……とやっている時間は一寸無さそうなので、自分で行って貰うように指示をだし、俺は旅籠の戸口を潜る。


「大体どう言う話に成っているかは想像付くけれど、取り敢えず俺は無事だから安心してくれ。で……実際どう言う状況なんだ?」


 そこで目に入ったのは、子供を抱いたお豆の方を羽交い締めにする旭の姿だった。


「嗚呼……ご無事で御座いましたか……。良かった、本当に良かった……。貴方様に何か有れば、例え我が子が逃げ遂せたとしても、無事には済みません。無茶は為さらないで下さいまし」


 俺の無事を確認し腰が抜けたのかその場にへたり込むお豆の方。


 昨夜も他所様の子供を犠牲にしてまで……と言う様な事を言われた様な記憶が有るが、コレは何方かと言えば、大人としての矜持と言うよりは暴君……即ち母上に対する恐怖の方が大きいんじゃ無かろうか?


 若い頃には色々とやらかしていると言う様な話は聞いた事は有るし、俺が居ない間にも賭場荒らしの様な真似をして幾つかの博徒団体を壊滅させた、なんて事も有ったらしいが……


 何処までの事をすれば、こんな義二郎兄上どころか、一郎翁並の触るな危険(アンタッチャブル)扱いを受ける様に成るのだろうか?


 江戸に戻ったら一度母上に絡む逸話に付いて本気で調べて見ようか? うん、色々と怖い話が出て来る気もするが……


「おお、鬼斬童子殿……実は御方が居らぬ間に、こんな(ふみ)が投げ込まれましてな……」


 亀の甲より年の功と言う事か、俺の顔を見ても然して驚いた様子の無い旭は、そう言って手にした文を差し出す。


 其処には『小僧は預かった、ガキの命と引換えに開放する。他所様の子供を巻き込む様な下衆に当主の資格無し』と、正に『お前が言うな』……としか言いようの無い文言が汚い字で書かれていた。


 ……うん、想像していた通り、俺を誘き寄せて人質に取ったと見せかけて標的を仕留める、と言う策か。


 とは言え、お豆の方が俺の安全よりも自分の子を優先すると言えば、この策謀に大きな意味が有るようには思えないし、何より向こうで毒殺されていた連中の状況と矛盾が生じる。


 つまりは、情報が足りない……と言う事だ。


 それにしても、こうして単独での捜査を余儀なくされると、前世(まえ)の自分が如何に組織の力で生きて来たのかを実感せざるを得ない。


 流石に黙っていても情報が入ってくる……とまでは言わないが、善良な一般市民からの通報も有れば、巡回パトロールで情報を拾って来る事も有る。


 今回の様な場合でも手数が有れば、追跡と護衛にさっきの場所の現場調査と手分けする事も出来た訳で、一人で右往左往するよりは圧倒的に早く情報が集まっていた筈なのだ。


 勿論、俺だって自分の足で稼ぐ様な捜査の経験が無い訳では無いが、所属的(マル暴)に何方かと言えば、麻薬ヤク銃器チャカの取引や、違法賭博の取締なんかのシノギ潰しが主な仕事だった。


 偶に抗争なんかに絡んだ傷害や殺人なんかも有ったりはするが、起こった事件の痕跡調べて検挙すると言うよりは、組織と組織の対立関係から犯人を推測(決め打ち)する方が多かったんだよなぁ。


 下手すりゃ向こう(ヤクザ)の自首を元に裏付け捜査だけをして、余程あからさまな『身代わり』じゃ無けりゃぁ、そのまま『はい解決』なんて事も無くは無かった。


 流石にそう言う事案(ケース)は極めて稀で、無理に真犯人(ホンボシ)上げると、抗争が悪化して民間人に被害が出かねないので、警察こっちとしても()()()としても早期に解決した事にせざるを得ない時だけだが……。


 兎角、俺達は捜査よりは、普段から連中の所に顔を出したりする事で『余計な事件を起こすな』、『お前等ヤバイ商売に手を染めてないだろうな?』、『キッチリ見張ってるんだ解ってるんだぞ?』と圧力を掛けるのがお仕事だった訳だ。


 ……つまり俺は元々、こういう単独捜査に向いた人材じゃぁ無かったんだ。


 荒事だけなら何処かの公園近くの交番の巡査長とでもタメを張る自信は有るし、捜査現場で指揮を取る能力も間違い無く有る筈だが、残念ながら彼の様に論理を無視して結果を嗅ぎ取る様な『動物的な感』は持ち合わせては居ない。


 同じ身体は子供頭脳は大人でも、彼の少年探偵の様に鑑識官すら見逃すような微かな痕跡を見つけ、其処から尋常では無いトリックを見抜く様なぶっ飛んだ推理能力も持ち合わせては居ない。


 ……そんな俺の経験と勘が告げている! このまま此処に居るのは危険だと。


 いや、根拠は当然有る、取り敢えず向こうで死んでいた連中は置いておいて、この宿場で起きていた事だけを考えれば見えてくる物が有る。


 投げ文の通りお豆の方が子供を差し出せば手っ取り早くことは済む。


 其処まで行かずとも俺が戻るまでの騒ぎで、あの火付け未遂が彼女等を狙った物で有る事は旅籠の用心棒は勿論、経営者だって理解するだろう。


 流石に被害者側を番所に突き出す様な真似をするとは思わないが、追い出されるのは先ず間違い無い。


 此処はそこそこの宿賃を取るだけ有って、設備類もキッチリしているし、寝ずの番を担当する用心棒も居る。


 そんな所を追い出されたとなれば、少なくともこの宿場で真っ当な商売をやっている様な宿を取る事は出来ないだろう。


 と成れば他所の宿場まで移動するか、若しくは碌な警備もされていない木賃宿の類を利用すると言う事に成る。


 前者も後者も何方を選んだとしても、襲って下さいと言わんばかりの状況に陥る訳だ。


 状況的に考えてこの宿場にも敵方の協力者が居る可能性は高く、下手をすれば代官なり名主成りがソレである可能性も捨て切れない。


 宿場には幕府の派遣する監督役の宿役人と呼ばれる者も居るらしいが、幾ら幕府の役人と言えども絶対に信用出来る人物で有るとは限らない……中には賂漬けで現地の者達とズブズブの関係を結んでいる事だってありえるのだ。


「御免! 御用改めである! 宿場を荒らす狼藉者とその仲間がこの旅籠に逗留しているとの知らせが有った! 少々話を聴かせて頂きたい!」


 俺の考えを裏付ける彼の様に、戸口の外からそんな言葉が投げ掛けられる。


 ……どう動くにせよ少々遅きに失した様だ。


 恐怖故か絶望故か、幼い子供を抱きしめたまま身を震わせる母子を見て、俺は最悪を想定し刀に手を掛けたまま無言で旭と頷き合い、見世の者の対応を見守るのだった。

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